三段岩
三段岩。このメイクーン島の入江の西端にある大きな岩が三つ重なったような構造を持つ崖の呼び名である。
そこは昔から若者達にとって格好の遊び場として使われていた。
一段岩はほんの二メートル、二段岩は少し高い五メートル、崖のてっぺんにある三段岩はなんと十五メートルという村の若者達でも二の足を踏むような高さのダイブポイントである。
アントン達によってここに連れてこられたわたしはすぐに入団テストがどんなものか理解した。
そして、わたしはここに連れてこられ、この三段岩を見た瞬間に、去年の夏祭りの日にロンじいにこの場所に連れてこられた時のことを思い出した。
この村では、盛大に開かれる夏祭り最後の日の夕方に、その年に成人した男女の成人の儀式として、この三段岩のてっぺん、十五メートルの頂きからダイブして勇気を示すという、この夏祭り最大のイベントが開かれる。
去年の夏祭りでこの成人の儀式に参加した若者は三人。女性一人と男性二人であった。この三人の若者の雄姿を見ようと、ここ三段岩のまわりには村に住むほとんど人達が集まり、いまかいまかと待ちわびていた。
そんな中、一番目に現れた若い女性は二段岩からダイブして大きな拍手喝采を浴びた。
二番目に現れた若い男はとても気の弱そうな若者で、前の女性と同じ二段岩に現れて、顔を真っ青にしてぶるぶると震えながら足からダイブして、盛大なブーイングを受けていた。
そして、最後に現れた若い男性のパフォーマンスに、わたしは忘れることができないほどの衝撃を受けた。
その若者が十五メートルの頂き、三段岩のてっぺんに現れると、二百人近い村人達は盛大な盛り上がりを見せた。わたしもその姿を見てドキドキしていた。
しかし、若者はてっぺんから手を振ると後ろに下がり見えなくなってしまった。
「……いなくなってしもうた。」
そうロンじいに言った瞬間。なにかが勢いよく崖の上から飛び出した。
それは飛ぶように両手を広げて空中に飛び出した若者の姿だった。
彼は助走をつけて三段岩のてっぺんから飛びだすと美しい放物線を描いて頭からズバンッと大きな水しぶきを上げて水中にダイブしたのだった。
そして、その若者が海上に浮かび上がると、一瞬無音になった会場から割れんばかりの拍手喝采が沸き起こった。
わたしもあらんかぎりの声をはり上げてなにかをわめいていた。
そして、あの時あの場所であの若者は英雄になったのだと思った。
わたしはアントン達にこの三段岩の前に連れてこられると、あの時のことを思い出し、顔が熱くなり、心臓が飛び出さんばかりにバクバクと鳴り出した。
「入団テストの前に、アントン海賊団全員で見本を見せてやる。エヴァ。よう見とけよ。」
アントンが三段岩の前でエヴァにそう言うと、子供達が我先にと一段岩に登り、海に飛び込み始めた。
ひととおり子供達がダイブし終わると、アントンが二段岩の上に現れた。
「エヴァ。よう見とけよ!」
そう言うとアントンは足からザブンッと二段岩の上から海にダイブした。
浮かび上がると、アントンは子供達からやんややんやの喝采を浴びた。この年頃の子供達の中で二段岩から飛び込めるのはアントンだけらしかった。
「……どうじゃ!エヴァ。二段岩とは言わん。一段岩から飛び込んで見せ!」
それを聞くと、エヴァは弾かれるように崖の裏手に向かって走り出した。
「……なんじゃ。あいつ!?」
子供達は不振がって互いに顔を見合せた。それもそのはずである、一段岩でも二段岩でもない崖の裏手に走って行ってしまったのである。
エヴァは子供達が一段岩から飛び込むのも、アントンが二段岩から飛び込むのも見てはいたが見えてはいなかった。
そして、アントンが飛び込んだ後「………二段岩とは言わん。一段岩から飛び込んで見せ!」という言葉を聞いた瞬間にエヴァの熱くなっていた脳みそは沸騰した。
三段岩のてっぺんめがけて走り出したエヴァには不安とか怖れの感情は一切なかった。大量にあふれ出した脳内物質のせいだろう。
そして三段岩のてっぺんにたどり着くと、崖の上から顔をピョコンと出してアントン達の様子を伺って見た。わたしの顔を崖のてっぺんで見つけたアントンと子供達は驚愕の表情で口を開けて見つめていた。
「ぅうっしっしっししし‥‥‥‥‥。」
口を両手でおさえたがおかしくておかしくて笑い声はおさえられなかった。
助走をつけようと思い、崖の先端から少し下がると、わたしの熱意に引き寄せられたのか目の前に火ん子達が舞っていた。
走り出すと、崖の先端に土ん子達が集まっていた。
土ん子の助けも借りて、崖の上からおもいっきり飛び出すと、風ん子達が集まってきてふわりと浮かしてくれた。
両手を広げて美しい放物線を描き水面に近づくと、水ん子達がわたしを迎え入れる準備をしてくれていた。
そして、わたしはスブンッと小さな水しぶきを上げて着水した。
頭から着水した瞬間、ドンッという強い衝撃を受けてわたしの視界はそのまま暗転してしまった。
―――――――――目が覚めると、いつもの庵のいつも寝ているフトンの上でわたしをのぞきこむように見つめていたロンじいと目が合った。
「‥‥ありゃ!?‥‥‥夢じゃったかな?」
三段岩のてっぺんから飛び込んで、あの若者のようにヒーローになったはずだった。
「………お、おう。目が覚めたか……エヴァ。よかった。ほんに、ほんによかったのぉ。どっこも痛うないか……?」
よほど嬉かッたのか、ロンじいは顔をくしゃくしゃにして泣きだしてしまった。
「……ん?………痛うない。」
少し首が痛かったがそう言った。だけどその時、崖から飛び込んで着水したときの衝撃を思い出した。
「じいちゃ。……あれからどうなったんじゃ?」
アントンはエヴァが苦手だった。なぜか?と聞かれれば。ただ、なんとなくと答えるしかない。
エヴァはいつも一人ぼっちだった。
なにが楽しいのかわからないが、ひとりでぶつぶつ呟いたり、大声を上げたり、きゃっきゃっと笑い転げたりして、いつもひとりで楽しそうに遊んでいた。
いつも自分達の近くで遊んでいるのに、一度も仲間に入れてくれとは言って来なかったし、そんなそぶりも一切見せなかった。
そんなエヴァが仲間に入れてくれと言ってきた。少しだけ悪い予感がした。
その悪い予感はエヴァが三段岩のてっぺんから顔を出して笑っている姿を見た時、確信に変わった。
そして、笑っているその姿を見てアントンはエヴァの(―――なにを考えているかわからない。)所に苦手意識をもっていたのだと気づかされた。
自分で助けるか、村人を呼びに行くか迷っている間にエヴァが飛び込んでしまった。それも頭から。
足がガクガクと震え出した。パニックになりながらも、とにかく誰か呼んでこようと思い、泣きながら走り出した。エヴァが死んでしまったと思った。
泣きわめきながら村まで走って助けを呼びにいった後のことはあんまり覚えていない。
そして、これは後から聞いた話だが、結局エヴァは数人の村人達によって助けられて生きていたらしい。
だけど、村人達がエヴァを助けるために三段岩に行った時、信じられない不思議なことを目にしたという。
そこでは、少し隆起した青く光る海面の水の上にエヴァの小さな身体が青い光に包み込まれるように寝かされていたらしい。そしてなんと、寝ているエヴァのまわりには色とりどりのたくさんの光る玉が飛び回っていて、それが極彩色のまばゆい光を発していたという話であった。
その話を聞いた時、アントンはエヴァが生きていてよかったと思う一方で、もう二度とエヴァには近づくまい、と心に誓うのだった。
ありがとうございました。




