精霊
昨日の夜、ロンじいの話に引き込まれて興奮してしまい、なかなか寝つけなかった。
そして夢の中にまでも、昨日聞いたおもしろおかしい冒険の話が紛れこんできていたので目が覚めてからも夢心地で、今日という日が新しい冒険の始まりなのではないか、という浮き足だった気持ちのまま、わたしは早起きしてロンじいの庵を飛び出した。
「じいちゃ。行ってくる!」
ロンじいの返事を待たずに元気よく庵を飛び出して村を抜けて海岸までやって来たまでは良かったが、まだ日が昇ったばかりの時間だったのでお目当ての子供達の姿はこの小さな港がある入江にはなかった。
その代わりに幾人かの村人が小さな帆船の上で今日の漁に出るために忙しそうに働いていた。
「あれ?……ロンじいのとこの娘っ子じゃないか。こんな朝早くからなにしとるんじゃ?」
港にいた漁師のひとりが小さなエヴァを見つけて声をかけた。
「んと…………人を探しておるんじゃ。」
「あん?誰を探してるんじゃ?………ロンじいになんかあったんか?」
「じいちゃは家におるから大丈夫じゃ。わしはアントン達を探しておるんじゃ。おんちゃ見なかったか?」
「あぁ、アントン達か。今日は見とらんの。まだ早いからな。」
アントンというのは、この村に住むエヴァと同年代の子供達の中でもっとも年長の子で、ガキ大将的な存在だった。
いつもアントンを中心に五、六人の子供達がこの辺りの海岸の崖や海辺で楽しそうに遊んでいた。
エヴァはアントン達が楽しそうに遊んでいるのを横目にいつもひとり何するでもなく近くでみんなの様子を眺めていた。
おそらく、この頃からエヴァが持つコミュ症の症状が出ていたのかもしれない。普通この年頃の子供達はなにもしなくても友達になれるし、仲間の輪に簡単に溶け込むことができるはずなのだが、エヴァにはそれができない。
これはコミュ症の人が持つ一つの特徴なのだが(わたしは歓迎されていない。あるいは最初から嫌われている。)そう思い込んでしまうらしい。
「…………まだ寝とるんかな……?」
そうひとりごちて、海へと出港して行く漁船や小さな帆船を眺めていた。
ひとしきり漁船が海に出て行ってしまうと、エヴァは浜辺にちょこんと座って、しばらくの間、遥かな地平線まで続く真っ青な海を眺めていた。
この海の先には、この島より何倍も大きい大陸という大地があるらしい。そこにはこの島に住む人達より何倍も何倍も多い人達が大きな大きな建物を建てて住んでいるという。
そして、その大きな大きな町には昔のロンじいと同じ冒険者という人達が住んでいて、ある時は仲間と力を合わせて巨大なドラゴンと戦い、ある時は王女様を助けるため残忍な海賊と戦い、そして、ある時は莫大な宝物を探して世界中を巡る旅をする、そんな夢のような日々を送っている人達がいるという。
エヴァは大人になったら、ロンじいと一緒にその大きな町に行って二人で冒険者になり、大冒険の旅に出ると心に決めていた。
「じいちゃ?大きくなったら一緒に冒険者になってくれる……?」
そうわたしが聞くと、ロンじいは決まって「…えーよ。えーよ。わはは。」と顔をほころばせて笑いながら答えてくれるのだった。
そんなことを考えて座っていると、後ろからつむじ風がサァッと吹いてエヴァの青黒い艶のある髪をフサァとはねあげた。
そして、なんとそのつむじ風は緑色の淡い光を放ちながらエヴァの目の前で止まったのだ。
「あっ!?風ん子やん。」
エヴァには生まれた時から普通の人達には見えないものが見えていた。風ん子の他にも、海に潜ればそこには青色に光る水ん子が見えたし、山に入れば黄色に光る土ん子が見えた。
ロンじいと夕飯を食べるため鍋に火をかけていると赤色に淡く光る火ん子が部屋のなかを舞踊るのが見えた。
もっと幼い頃、火ん子が部屋のなかを舞踊る様子をロンじいに話すと、ロンじいは吃驚した顔をして、それは精霊だと教えてくれた。
「せいれい………?」
「……ほうじゃ。精霊じゃ。遥か昔の人はみんな見えたそうじゃ。じゃけど、今の人には見えん。心が汚れたからじゃと言われとる。エヴァの心が綺麗な証拠じゃ。凄いのぉ。」
「…すごいん……?」
「ほうじゃ。今では選らばれた人達にしか見えん。ほんに、稀なことじゃ。」
「ほんじゃあ、じいちゃにも見えんの…?こんなに綺麗なのに……。」
「見えん。じゃがな、このことはわしとエヴァだけの秘密にせないかんよ。まちごうても人に言ったらあかん。わかったかの。エヴァ。」
「えーよ。じいちゃとエヴァの秘密じゃ。」
この後、じいちゃと指切りげんまんをして、このことを絶対にじいちゃ以外の人に話さないと約束をした。
そして、目の前にいる風ん子を見ていると、座っているお尻がムズムズしだした。
「あやや!土ん子も居たんか。」
パッと立ち上がって下を見ると黄色に淡い光を放つ土ん子がそこにいた。
ところが、遠くのほうで人の話し声が聞こえてきたのをきっかけに土ん子がスゥと砂のなかに消えてしまった。上を見ると風ん子もいつの間にか消えていた。
「消えてしもうたやん。」
そう呟いて、話し声が聞こえてきた方を見ると、そこにはアントンを先頭に六人の子供達が入江の端にある三段岩の方に向かっているのが見えた。いつもアントン達が遊んでいる場所である。
わたしはアントン達を見つけるやいなや、すぐに走り出した。かなり距離があったがすぐに追いついた。
わたしは当時から身体能力が同じ年頃の子達と比べて断然に優れていた。もちろん足も早く、アントン達に向かって猫のように近づいて大声で呼びかけた。
「おーーーーい。アントーン。ちこっと待ってくれぇー。」
そう呼びかけると、みんな一斉に振り向いて、わたしに注目している。アントンは目の前まで走ってきたわたしの顔を見て怪訝な顔をしていた。
「…………なんじゃ!?なんか用か?」
ロンじいに言われた通り、あまり上手くできなかったが精一杯の笑顔で言ってみた。
「んと……………わしを仲間に入れてくれんかなぁ……?」
アントン以外の子達は互いに笑顔で顔を見合せて、わたしを歓迎してくれている様子であった。
だけどアントンは少し渋面をつくり一歩前に出て。
「……ダメだ!エヴァは仲間にせん!」
そう言い放った。
「なんでじゃ!なんでじゃ?アントン仲間にしてくれぇ。」
わたしは自分より頭一つ大きいアントンに掴みかかるように詰め寄ると、アントンは吃驚して一歩下がり後ろにいた五人の子達に同意を求めるように振り返りながらこう言った。
「ほんに仲間になりたいんか?」
「なりたい。なりたい。ほんになりたいんじゃ!」
わたしは腕をブンブンと振り回し、地たんだを踏んでアントンに頼んだ。すると、アントンは腕を組んでなにか考えるような素振りをして。
「……………わかった。それでは、これよりアントン海賊団入団テストを執り行う!」
そうアントンがそう叫ぶと、後ろの五人の子供達からやんややんやの喝采が沸き起こった。
「にゅうだんテスト……?」
わたしはわけがわからず、そう呟いてアントンや他の子供達に促されるまま、その後について行くのだった。
ありがとうございました。




