黒鉄(くろがね)諸島
―――――――晩夏の夕暮れ。
オレンジ色に染まった石畳の道は、丘陵の上にある城壁の門へと続いていて、夕暮れの太陽はその城壁と眼下に広がるブラックプール湾をも真っ赤に染め上げていた。
僕は真っ赤に染まった城壁を見上げて、ゆっくりと石畳の坂道に沿って歩を進めていた。
登ってきた石畳の道、その眼下にはかなり大きな港湾が広がっていて、一枚帆のロングシップが数十叟、停泊している。
そしてその港湾を中心にして夕陽の色に染まった屋根と、石造りの建物が扇状に、そしてこちらに向かってせりあがるような形で、このブラックプール港湾都市の街を形成している。
そして、その石造りの城壁には城門にあるような古く大きな木製の開かれた門戸があり、それをくぐると、その先はかなり大きな広場になっている。
そこでは、幾人かの武装した兵士達がそれぞれ向かい合って木剣と木の盾を手に声を互いに掛け合いながら、剣術の訓練を行っていた。
僕はその気迫のこもった木剣の打ち合いを横目で見ながら邪魔にならないように足早に通りすぎて、正面にある石造りの大きな建物。冒険者ギルド事務所の両開きの扉を目の前にして立ち止まり、中の様子を伺っていた。
この建物は百数十年前に、この黒鉄諸島周辺地域を治めていた豪族モントリール家が、当事この辺りの海域を荒らし回っていたウォーヴァイキングと呼ばれる海賊対策のために建てた砦だった。
モントリール家没落後、冒険者ギルドがこの砦を買い取り、ギルドは砦を改築改修して、ここに、黒鉄諸島自治区ブラックプール冒険者ギルド支部を設立。
港湾都市ブラックプール及び黒鉄諸島全域の治安維持のために、この砦がギルド事務所、兵舎、訓練所として利用されるようになった。
僕は、元々は砦であったというギルド事務所の重厚な木の扉をゆっくり開いて、中にそっと入った。そこはかなり大きいホールになっていて、たくさんの屈強そうな冒険者達で賑わっていた。
このブラックプール冒険者ギルド事務所の大広間は、冒険者達の情報交換の場所となっていて、冷えたエールや軽食を出すことから、さながら立ち飲み酒場のような様相を呈していた。
僕は小さく息を吐き、扉を音が出ないようにゆっくりと閉めて、少しうつむいて、ゆっくりとこの賑わいの中を奥にあるギルド事務所の受付カウンターへと歩き始めた。
できるなら知り合いに声を掛けられることがないようにと願いながら、歩を進めていると。
「――――――おいっ、ハルト。」
後ろから声をかけられた。聞こえてはいたがいっそうにうつむき、聞こえないふりをして歩を進めた。
「……ちょっおい。お前無視すんのか!?」
右肩をガッチリとつかまれたので、これは逃げられないなと思い、ゆっくりと振り返って出来ていない愛想笑いを、この相手に浮かべた。
この愛想笑いを向けた相手というのが、できる限り避けたい人達の中の一人、同期のアレキサンダー‐ロスである。
身体が大きく。運動神経も良く。イケメンで社交的なので同期の中ではリーダー的な存在なのだが、致命的に頭の悪い嫌な男であった。
この冒険者ギルドの兵舎で共同生活していた頃は、なにかとちょっかいを掛けられたものだった。
一年半程前、僕はこの目の前のアレキサンダー‐ロスを含め、三十五人の見習い冒険者と共に、このブラックプール冒険者ギルドという特殊な冒険者ギルドに入隊して見習い冒険者となり、同じ兵舎で共同生活を初めたのだった。
このブラックプール冒険者ギルドは、内陸各所にある冒険者ギルドとは少し違う経緯でつくられた特殊なギルドであった。
というのは、黒鉄諸島周辺を治めていたモントリール家没落後、この地域は、農業、工業、商業ギルドのなかの有力者達によって設立された、黒鉄諸島自治区十一人委員会によって統治されるようになる。
統治する上での最重要課題。(海賊ウォーヴァイキング対策として、ブラックプールに置く常駐兵力をどうするか)という問題に対して十一人委員会の一人、当時の冒険者ギルド長官ハンニバル‐ヨウが、冒険者ギルドに属する冒険者達を黒鉄諸島自治区十一人委員会の支援のもとに、それを育成して、このブラックプールの半常駐兵力としてはどうか。という提案を原案にして、かつてのモントリール家の砦に、本格的な冒険者訓練所や寄宿舎がつくられることになったのである。
そのため、このブラックプール冒険者ギルド支部に属する冒険者達はすべて、ギルド冒険者であると同時に、港湾都市ブラックプールと黒鉄諸島全域を守る常駐兵力の役割をも担っている。
常駐兵力という役割も担っているために、この冒険者ギルドの人員募集方法は、他の冒険者ギルドとは異なっている。
ブラックプール冒険者ギルドでは、設立当初から入隊するために四月と十月、年にニ回、簡易的な面接と試験を受けることが義務づけられていた。
その上で、第三等冒険者になるには、入隊から六ヶ月は見習い冒険者として、過酷な訓練と座学を受けなければならなかったのである。
第三等冒険者と言うのは、冒険者に与えられるランクを差し、第三等とは冒険者としては最低ランクに属する者に与えられる称号のことである。
冒険者のランクには、上から上等冒険者、第一等冒険者、第ニ等冒険者、第三等冒険者とあり。僕はまだ第三等冒険者にも成れていない見習い冒険者なのであった。
そんなことを考えながら、愛想笑いを浮かべていると。
「……なんだ。また、その薄ら笑いかよ。相変わらず卑屈な面してんな。こう見えても俺は、ハルトのことを心配して言ってるんだぜ。まだ、パーティーに入ってないんだよな?」
と言って、肩をガッチリ掴んで、酒臭い息を吐きながら、顔を近づけてきた。
「……う、うん、ま、まぁね。」
「おい、おい。おれらの中でな、お前だけだぞ。いまだにパーティーにも入れないで、港の荷揚げ人足なんかやってんのはよ。情けねえと思わねーのか?」
そう言って、馴れ馴れしく肩を組んでくるアレクからなんとか逃れようとすると。
「もう、酔っぱらいおって。あれやろ。いきものがかりやろ。アレッくん!」
突然、横入りしてきたのは、同期のユウナ‐ヴァシュロンであった。アレク率いるパーティーに所属する天然娘である。
「あん? なんなんだ、そのいきものがかりってのは。ユナ!?」
「いきものがかりは、いきものがかりやろうが。アレッくん‥‥‥ちがうんか‥‥?」
「‥‥‥あの、それって、言いがかり‥‥?」
「そうや、そうや。いきものがかりやのうて、いいがかりやった。やっぱり、ハルくんは頭がええのお。なはは‥‥。」
アレクは頭を抱えて、ユウナの方を向くと。
「お前の話を聞いてると、こっちまで頭がおかしくなっちまう。ユナ!ちょっと、お前向こう行ってろ!」
「やだっ!」
「ああぁ‥‥。ユナの相手をした俺が馬鹿だった。」
「アレッくん。言うとくけどな、そういうんを、パワプロ?いや、ハロプロ‥‥?言うんや。」
「それを言うなら、パワハラじゃ!この馬鹿が!」
「なんやと!馬鹿言うもんが、アホなんやからなぁ!」
「アホはお前じゃ!」
アレクとユウナは僕を完全に無視して、向かい合って口喧嘩をしだしてしまった。
そして、僕はその様子を横目で見ながら、その場を静かに静かに離れるのだった。
ありがとうございました。