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――ほっぺたが冷たい。気持ちいいなぁ。……耳元で声がする。名前……を呼ばれてるのかな? でもまだ寝ていたい――。
「ケイってば!!」
うっすらと目をあけると、ちょっとむくれたヒカルの顔が目の前にあった。
「~~~~ッ!?!?!?」
声にならない叫び声をあげ、蛍が飛び起きる。ヒカルから距離を取りつつ慌てて辺りを見渡す。……いつもと同じ自分の部屋だ。
「な、なんでヒカルがここにいるのよ!」
いるはずのない人間が目の前にいる驚き。しかも自分の間抜けな寝顔を見られたと思うと、どこぞのホラー映画よりよっぽど恐ろしい。
「幽霊なんだから、突然現れたっておかしくないでしょ?」
そうじゃない。壁をすり抜けたのか何なのか知らないが、そういうことを聞いてるんじゃない。年頃の女子の部屋に無断で入るなんて一体どんな倫理観なのかと、そう聞いているのだ。
「今何時だと思ってるの? 寝坊したのは蛍の方でしょ」
不機嫌そうに眉をしかめるヒカルの顔越しに壁掛け時計を見ると針は10時を指していた。窓の外を見るととっくに日は上り、じりじりとアスファルトを熱している。
「あれ!? うそ、ごめん!」
もっとヒカルのことを教えて。そう言った蛍の要望通り、今日はヒカル所縁の場所を二人で回ろうということになっていたのだった。
「すぐ! すぐに準備します! すぐに!」
急いでベッドから出ようとしたが、タオルケットに足をとられてビタン! という豪快な音と共に床に顔を打ち付ける蛍。
「に゛ぁッ!」
あまりの勢いに出したことのない、変な声が出てしまった。
「何してんの……」
はぁ……と呆れ顔でため息を吐くヒカルは、蛍の横にしゃがみこんで打ち付けた顔を両の手で包み込んだ。ひんやりとした手が、打ち付けて赤く熱を持った顔面を冷やす。
「……気持ち良い」
「そ? 死んでてよかったぁ」
そう言いながら穏やかに笑うヒカル。死んでてよかった、なんてことはないと思うが、そんな冗談を言えるぐらいには気を持ち直せたみたいだ。
「……そういえば」
強打して赤くなった鼻頭をヒカルに冷やされながら、蛍の頭にふと一つの疑問が浮かんだ。
「どうしてヒカルは私に触れるの?」
思い返せば昨日、駅ですれ違った人々は皆ヒカルの身体をすり抜けていた。
「そういえば。なんでだろう?」
「わかんないんだ」
「そりゃ僕だって何でも知ってるわけじゃないよ。むしろわかんないことの方が多い」
「そうなの?」
「うん。そもそもこの『蛍火送り』自体、誰から教えてもらったのかわかんないし」
「神様……とか?」
「うーん。神様なんているのかなぁ」
確かに、もしも本当に神様がいるならもっと手っ取り早く生まれ変わる方法を知っていそうなものだ。もしかして世の中の幽霊は皆『蛍火送り』をしないと生まれ変われないのだろうか?
うむむ、と難しい顔付きになり考え込み始めてしまった蛍の鼻をヒカルがぎゅっと摘まむ。
「まぁ、考えてもわかんないし。とりあえずケイは準備しよ?」