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蛍火送り  作者: 椎井 慧
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 そう、これは妹のハルカに会いに行く為の外出であった。

『――ご乗車誠にありがとうございます。次は終点・立川。立川です。お忘れ物のないよう――』

 終点の駅だ。三十分ほど鈍行電車に揺られてたどり着いたその街は蛍の住む街よりも遥かに栄えており、老若男女、多くの人が忙しく行き交っている。蛍は人混みを縫うように歩き、いくつかある改札のうちの一つを通ると、改札脇で立ち止まった。振り返るとヒカルがきょろきょろと辺りを落ち着きなく見回している。

「あんな駅ビル、前はなかった。改札も増えたんだね。僕の知ってる街じゃないみたいだ……すごい」

 感嘆と驚きの入り交じった表情で興奮ぎみに鼻をふんふんと言わせている。きょときょとするヒカルの背後からサラリーマンが真っ直ぐ彼に向かってきた。

「ちょっとヒカル、よそ見してるとぶつか……あっ」

 蛍がそう言って手を伸ばしかけると、サラリーマンはちらっと蛍を見ながら何の躊躇もなくヒカルの身体をすり抜けた。

「おぉ」

 ようやくヒカルが自分の身体をすり抜けたサラリーマンに気付く。

 行き交う人々はそこにいるヒカルに気付きもせず、次々に彼の身体をすり抜けていく。その異様な光景に蛍は息を飲んだ。

「(あぁ、本当にこの人は幽霊なんだ……)」



 蛍はなるべく違和感のないように声をひそめて、周囲からは姿の見えないヒカルに声を掛ける。

「……どっちに行くの?」

「あ、たぶんこっち」

 ヒカルは南口と書かれた方を指差し歩き出した。駅を抜け、頭上にモノレールの走る道沿いを歩いていく。ゴォッとモノレールの走る音が二人を追い越していく。

「モノレールは変わらないんだねぇ。ほら、動物が描いてあるんだよ。ハルカが好きだったなぁ」

 睫毛の長いキリンや笹を食べるパンダの描かれたモノレールを見送り、交差点を曲がる。

「この辺はあんまり変わらないのかな……あれっ? ここの古本屋さん無くなってる……。よく漫画買ってたのに」

 古本屋があったらしい交差点を渡り、ほどなくすると小さな商店街に行き着いた。祭りでもあるのだろうか、たくさんの赤い提灯が等間隔で道にぶら下げられている。買い物をする主婦たちとすれ違いながら道の狭い商店街を行くと、静かな神社が姿を現した。

「この神社」

 はた、とヒカルが立ち止まる。

「ハルカといつも遊んでた神社なんだ」

 木々がそよぎ、どこからか子ども達のはしゃぐ声が聞こえる。近くに幼稚園か保育園があるのだろうか。

 ヒカルが鳥居をくぐり中に歩みを進める。蛍は黙ってそれに付いていった。

 ここが、ヒカルが事故に遭ってしまった神社なのだろうか。それにしては何もなさすぎる。石造りの鳥居。二、三十段ばかりの階段。その上の大きな境内。何の変哲もない風景だ。あまりにも、何も――。



「何もないね」



 蛍の思考に被せてくるようにヒカルが言った。

「人が死んだなら花ぐらい供えてあってもいいよね。あはは……」

 力なく笑い声をあげたヒカルの瞳は全く笑っていない。蛍は掛けるべき言葉が見つからず、口をつぐむしかなかった。

 無言で境内への階段を登り始めたヒカルの後について石段を一つずつ昇る。彼は今、どんな気持ちでこの階段を登っているのだろうか――?





「――ハルカ?」




 足元をぼんやり見つめながら階段を登っていた蛍がヒカルの声に反応して顔をあげると、制服を着た女子とすれ違った。ほんの一瞬しか顔が見えなかったが、右目の下にヒカルと同じ泣きボクロがあるのだけは視認できた。

「ハルカ……。ハルカ! ハルカだよね!? ねぇってば!」

 必死に妹の名を呼ぶ彼の声は、目の前の女子には全く届いていないようだ。見かねて思わず蛍が女子を呼び止める。

「あ……あのっ」

 振り返った女子の顔を見て、蛍はぐっと声を詰まらせた。

 真白な肌、右目の泣きボクロ、茶色の瞳。ヒカルにそっくりだ。そして何よりも一番驚いたのは――。



「(歳上……!?)」



 振り返った彼女は明らかに蛍よりも歳上の大人びた高校生だったのだ。『ヒカルより一回り歳下』という事前情報からまだ幼稚園児ぐらいの妹を想像していた蛍は、ともすればヒカルよりも大人っぽい目の前の彼女がヒカルの妹だとはにわかに信じられなかった。



「――なにか?」

 訝しげな表情で彼女が尋ねてくる。とにかく何か言わなければ。

「あの、え、と。ハルカ……さん、ですか?」

 突然自分の名前を呼ばれた彼女はさらに険しい表情になる。

「……? どうして私の名前を……」

「いや、その……。じ、実はお兄さんと友達、でして。えーと」

 お兄さん、という言葉が出た瞬間にハルカの眉がぴくりと動いた。その表情は怒りにも見てとれる。さすがにヒカルと友達と言ったのは嘘がバレバレすぎてまずかったかもしれない。額に汗が伝う。

「……あなた、いくつ?」

「え」

「歳。いくつ?」

「あ、じゅ、十三の中学二年生、です」

 それを聞くとハルカは階段をトントンと登り、蛍の横に並んだ。今まで気付かなかったが、ハルカは華奢ながらも背が高く、ヒカルとそう変わらない身長であった。そんな彼女は蛍を見下ろす形で威圧感たっぷりに睨み付けた。

「兄は十四年前に死んだわ。前世でお友達だったのかしら? ……何のつもりか知らないけど、随分と悪趣味な遊びね」




 十四年――。

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