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帰りの電車の中で、ヒカルはハルカとの思い出話を聞かせてくれた。
ハルカはうさぎが大好きで、うさぎのぬいぐるみや玩具をよく集めていた。そんな妹の四歳の誕生日に、ヒカルはうさぎのキーホルダーをプレゼントしてやった。桜の花を耳につけた可愛らしいうさぎだ。プレゼントを貰ったハルカははしゃぎ回って喜んだ。
「いっしょうの、たからものにする!」
プレゼントを貰ったハルカは母親に自慢しに台所まで走っていき、しばらくしてまた走って戻ってくると鼻を鳴らして得意気に言った。
「おにいちゃん、こういうのをなんというか、しっていますか?」
「何て言うんですか?」
「かほー、といいます! これはハルカのかほー!」
そうしてハルカの家宝と認定されたうさぎのキーホルダーは、同じくハルカのお気に入りのポシェットに取り付けられ、毎日どこへ行くにも一緒だったのだ。
そんな二人の思い出のキーホルダーを妹は十四年経った今でも身につけている。その事実を知ることができただけでも、今日は大収穫だ。そう言って屈託のない笑顔を見せるヒカル。
一方の蛍は、心の片隅で何かが引っ掛かっていた。記憶のない妹がずっとキーホルダーを大切にする理由とは。それに『お前が代わりに死ねばよかったのに』なんて行き過ぎた思い込み。もしかしてハルカは――。
「――蛍?」
地元駅の改札口をくぐり抜けたところでよく聞き慣れた声に呼び止められ振り返ると、そこには幼馴染みの宗太がいた。
「あ、宗太。部活帰り?」
「あぁ。お前、ここ何日か部活休んでるらしいじゃん。どうかしたのか?」
「あー……。うん、まぁ。ちょっと足怪我しちゃって」
「ふぅん……」
怪我、と言う割には足のどこにも包帯や湿布のない蛍をじろじろ疑い深い目で見る宗太。完全に疑われている。もうちょっとマシな嘘は吐けないものか、と自分で自分を叱咤する。
「ま、いいわ。それより明日、お前の誕生日だろ。ちゃんと空けとけよ」
「え?」
「何、自分の誕生日も忘れてんの? 近所のチビ共が蛍の誕生日パーティやるって張り切ってたぞ」
……忘れていた。ここ数日の現実離れした出来事のおかげで、自分の誕生日のことなんて頭の隅にもなかった。昔から蛍や宗太を含めた近所の子供たちは、誕生日やクリスマスなど何かイベントがあると集まってパーティをするのが恒例となっている。しかし今は正直な話、自分の誕生日どころではない。『蛍火送り』の期限は刻々と迫っているのに――。
「明日昼に迎え行くから、準備して待ってろよ。じゃあな」
宗太はひらりと手を振った。蛍も手を振り返しながら、どうしたものかと悩んでいると横でひっそり会話を聞いていたヒカルが話し掛けてきた。
「明日、誕生日なんだ?」
「う、うん。でもそんなことしてる場合じゃないよね。『蛍火送り』あと何日でやらなきゃいけないんだっけ」
「三日。でもいいよ。せっかくの誕生日なんだし、楽しんでおいでよ」
「けど……」
「歳を重ねられることも、それを祝ってくれる人がいることも幸せなことだよ。だから、ね」
ヒカルのその言葉はとても重く、蛍の心の奥底に沈んでいった。