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7 入国審査

7 入国審査


 出入り口は前方なので最後尾にある我々エコノミークラスが外に出られるまでにはやや時間がかかった。


 ようやく飛行機の外に出られたので「空港についたよ」とメールしようとしたら、携帯電話が鞄の中で迷子になってしまって見つからない。しかたない。あとにしよう。


 空港の通路を人の流れに従って歩いていると、どうしてだか違和感がある。いろんな案内書きが英語だからだろうか。


 いや違う。


 なんだか周囲の人が大きいのだ。


 小学校という、慣れ親しんだ世界において、あたしはガリバーだ。六年生でクラスの後ろのほうに並ぶような女の子は、生徒はもちろんのこと、ほとんどの女の先生よりも大きい。あたしたちより大きいのは男の先生だけ。


 もしかしたらここでなら、あたしは子供に見えるのかもしれない。子供でいられるのかもしれない。


 入国審査は、「EU」と「EU以外」に分かれていて、あたしはもちろん「EU以外」の列についた。


 飛行機旅とは並ぶことと見つけたり。どれほど行列が嫌いだろうと、退屈だろうと、気が急いていようと、待つしかない。


 周囲にいる人のアジア人比率がぐっと高くなったので、日本人当てクイズをやって退屈を紛らわした。日本人かなと思ったらさりげなく手元を観察し、菊印パスポートを持っているか否かで合否判定。アジア人はいっぱいいるのに、日本人だけなんとなくわかる。水の流れに晒されて角が丸くなった小石みたい。他の国の人達は、もっと濃くて、もっと生々しくて、もっと不揃いな気がする。何がなのかはうまく言えないけれど。


 入国審査の順番が来た。ここは最後の正念場だ。子供一人旅は入国させてもらえない事態もあるらしい。理由を聞いてびっくり。人身売買を疑われるんだとか。


 もしも入国できないなんて言われちゃったら、あたしはすごく困るのだ。だって帰りの飛行機の手配なんてできないんだから!


 ようやく順番がきて、もろもろの書類を入国審査官に提出した。あたしが相対することになったのは、寄宿学校の厳格な校長先生の役が似合いそうな細身のおばさん。あたしは彼女をミンチン先生と命名した。


 ミンチン先生は難しい顔で書類をひとつひとつ眺め、「フーなんちゃらなんちゃら?」と尋ねてきた。


 落ち着いてちゃんと聞けば簡単にわかる質問。なのにどうして動揺してしまうのか。あたしは「パードン?」と二回聞き返し、ようやく迎えには誰が来ているのだと聞かれているとわかった。想定問答集の中に答えがある。


「みっみっミス・シンディ・フェルトン。シーイズ、マイ、アーント」


 これはやっぱり、私の蟻ではないわけで。アーントは父の姉妹なわけで。


 おじさんにそこを突っ込んだら、また眉の間に苦悩の象徴を寄せて「いいからそう言っとけ」と、はなはだおじさんらしくない答えが返ってきた。子供が一人で海外旅行をするためには、渡航先の国に親類がいるのが条件と何かで読んだような気がする。だからそういうことにしたのかな。それとも。


 ミンチン先生が難しい顔でなおも何かを尋ねてくる。また聞き取れなくて、聞き返してるうちに頭が真っ白になって、英文と日本文の両方で書かれた想定問答集をそのままミンチン先生に突き出してしまった。


 ミンチン先生は出来の悪い答案を眺めるような顔で問答集をとっくりと眺め、やがて書類一式を返して寄越すと「行っていい」という仕草をした。


 そしてあたしの顔を見てニタリと笑った。あたしの緊張ぶりがよほどおかしかったらしい。こっちには笑いごとじゃないんだけどな、もう。


 人の流れに従って進むと、ベルトコンベアが幾つもある場所にたどり着いた。バゲッジ受け取りだ。成田空港でお別れしたコロすけ鞄と無事に再会。会いたかったよ。


 次は手持ちの札との確認、と思いながら歩いてたら、そのままするっと出口まで来られてしまったので拍子抜け。嘘でしょう。日本の国内線では手持ち札との確認があったのに。いいんだろうか通っちゃって。


 出口には出迎えの人が大勢いた。白い紙がいっぱいこっちを向いていて、それぞれの紙の中で誰かの名前が踊っていた。ひとつひとつ丁寧に自分の名前を探した。


 ところが「エマ」という字がどこにもない。声を掛けてくる人もいない。


 入国審査を抜けて軽くなった心が、再びじわじわ重くなりはじめていた。ミス・シンディはどこなのか。まだなのか。そうだ、遅れるというメールが来ていたりしないだろうか。肩掛け鞄を開けて携帯電話を探した。


 そのときだった。


 衝撃があって、わけがわからないうちにめまぐるしく視界が変わった。気がついたら背中がしたたか痛かった。


 混乱しながら体を起こすと、黒いジャンパーの背中が走り去っていくところだった。その手にあたしの肩掛け鞄。ようやく、体当たりされたのだ、そして鞄をひったくられたのだと、理解した。

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