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12 お父さん

12 お父さん


「へっ?」


 間抜けな声が出てしまった。


「お父さんがいたら、お母さんはもっとエマの面倒を見ることができたはずです」


「いやそれはどうだろう」


 お母さんが忙しいのは、天職にめぐりあってしまったからだ。すべてを捧げて打ち込める仕事が、どこまで凝ってもきりがない手間がかかる世界だったからだ。


 お父さんはあまり関係ないような気がする。いても、あの調子なんではないかと。


「では、エマはお父さんをどう思っていますか。お父さんがいたらとは思わないのですか。いないことを恨んでいませんか」


 驚いた。いきなりど真ん中。こういう人、案外いない。


 それとなく探られた経験なら、山のようにあるけどね。結婚はしたのか、生きてるのか、いまどこにいるのか、どうして一緒にいないのか。


 おかげで誤魔化すのだけはうまくなった。


 なにしろあたしも答えを知らないのだ。


 あたしは自分のお父さんを知らない。どこの誰かも、安否も生死も。あたしがここにこうして存在するからには、十三年前には実在していたのだろうという程度にしか。


 お母さんという貝からは、名前ひとつ写真一枚こぼれてきやしない。おじさんも、このことに関してだけはどうしても答えない。「絵真が大人になったら」としか。


 そのうちあたしも尋ねるのがいやになってしまった。答えないという答えの裏側にありそうなものを想像してしまうと。


 シンディの口調には余計なお節介もぎらぎらした好奇心もない。ただ真剣だった。だからあたしも「お父さんのことを聞かれたときマニュアル」から適当な対処方法をひっぱりだして済ませるにはいかない気がした。

「わからない」


 シンディがお父さんの関係者である可能性を考慮した上で、真剣に考えて、それでも出てきた答えはこれだった。


「だってあたし、お父さんのこと知らない。どういう人なのかも、どういう事情があったのかも。なんにも知らない。だから恨みようも慕いようもないの。空白なの」


「空白……」


 シンディはそれ以上なにも言わなかった。表情は変わらない。だけどどうしてだろう。あたしの答えはシンディを傷つけた。そんな気がした。


 不意にシンディが「ちょっと待ってください」と、声を尖らせた。


 あたしは思わず背筋を伸ばした。


「父親について何も聞かされてないのなら、なぜ、ここで、父親に会えるかもしれないと考えたのでしょう」


 鋭いなシンディ。あたしは首を縮めた。


「ごめんなさい。かまをかけました」


 子供がこういうことするのいやがる大人は多い。怒るだろうか。


 シンディは、奇妙な動物を見るような目で、しばらくしげしげとあたしを見ていた。


 その感情は、すくなくとも怒りではないみたいでなんでほっとした。


 やがてぽつりと言った。「……あなたによく似た子を知っています」


 どういう意味だろう。あたしに似た子? 親戚とかだろうか。


「やっぱりお父さんイギリス人なんですね」


「……」


「……あたしの推理では、たぶん間違いないんだけど。違いますか」


「なぜそうした考えに至ったのですか」


「話したら、教えてくれますか」


「……その推理が正解かどうかだけは教えましょう」


 最初のきっかけは、ささいなことだった。友達の何気ない一言。「絵真ちゃんって背が高くて色が白くて、なんだか外人さんっぽいね」


 そのときは笑って終わった。確かにあたしの体の特徴には、日本人らしくない要素がいくつかある。気づいてたけど気にしてはいなかった。日本人ばなれしているとまではいかない程度だったからだ。


 でも、それから何日かして、鏡の向こうの自分と目があったとき、ふと思ったのだ。


 あたしはお母さんに似ているけれども、まったく違うところもある。集合写真で目立つ髪の色。日焼けすると真っ赤になる肌。魔女みたいな鼻。学年で三番の背の高さ。似ていないところばかりが、なんだか日本人から遠くないだろうか。


 そしてもうひとつ、あたしの生まれる半年前までお母さんがロンドンにいた、という事実。それがどういう意味なのかとわかる程度にはあたしも知恵がついた。


 それらの要素をしゃかしゃかした結果、お母さんはこの国でイギリス人のお父さんと出会い、あたしが発生したのではあるまいかという結論が出てきたのだ。


 だけどシンディは言った。


「それだけでは根拠に足りないです。エリコが語学学校に通っていたことを思えば、非英語圏の国から来た白人かもしれない」


「あっそうか!」


 その可能性は思いつかなかった!


 びしばし膝を叩いて悔しがるあたしをよそに、シンディは肩をすくめた。


「まあ、この国の人ですけどね」


 なんだ。合ってたんじゃん。あたしはちょっと口を尖らせた。


 もうちょっと漏らしてくれないものかと期待をこめて見つめたけど、それ以上のことは教えてくれる気はないみたい。


「あっそうだ。あともうひとつ!」


 もう話しませんよという顔でシンディはこちらを見た。


「ひとつだけだから。お父さんって、鷲鼻でしたか?」


「ホワット? ワシバ……?」


「わしばな。こういうの」


 空中に独特のラインを描いてみたけれど、わからないみたいだ。


「こういう鼻のこと」


 で、あたしの鼻を指した。


「あ、こういう鼻でもある」


 指をシンディに向けた。シンディの鼻は、まるで型をとって写したみたいにあたしの鼻とそっくりだった。


「ああ……ワシ! ホークス!」


「そうそう。ホークスのノーズ」


 自分の鼻にちょっと指で触れて、シンディは、静かに答えた。


「……そうですね。彼はこういう鼻でした」


 そうなのか!


 お父さんは鷲鼻の人なのか。じゃあ……ちょっと可能性が高くなった。


 にまにましそうになったので、思わず頬を押さえた。


 ふと気づくと、シンディはじっとあたしを見てた。観察するみたいに。心を透かして覗きこもうとするみたいに。


「……どうして、どんなことを聞くのですか」


「いやべつにっ……なんでもない」


「そうですか」


 それ以上つっこまれなかったので、ほっとした。


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