表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
社長令嬢にとっつかまりまして。  作者: 雪村陽
第二章 戸塚高校文化祭
9/51

第九話 お金の重み

「……いいお店だね」

 輝夫さんはゆっくりと店内を見渡すと、微笑んで言った。

「どうも」

 素っ気なく返してしまった。俺の金持ち嫌いも筋金入りである。

「コ、コーヒーいれてくるね!」

 姉さんが言って、逃げるようにコーヒーメーカーへ向かった。サイフォンは母さん専用で、俺と姉さんがコーヒーを作るときはコーヒーメーカーを使う。すでに多めに作ってあったから、持ってくるまでに時間はかからないだろう。

 俺は「どうぞ」とテーブルセットの一つに座るよう輝夫さんと陽菜子先輩を促した。

「朝早くから申し訳ない。ちょっと大仕事があってね。ようやく少しだけ時間がとれたから、慌てて陽菜子に連絡させたんだ。会えて本当によかった」

 輝夫さんはそう言うと、「これを」と菓子折りを俺に差し出した。

「ありがとうございます。むしろ、タイミングとしては助かりました。これから、学校の文化祭の事で忙しくなりそうだったので」

 話している間に、姉さんが「どうぞ」とコーヒーを輝夫さんと陽菜子先輩の前に置いた。二人は会釈して、コーヒーに口をつけると、輝夫さんが「ほう」と感嘆の声を漏らす。

「これはおいしい。ブレンドだね?」

 俺は頷いて答える。

「はい。母さんの自慢の一品です。母さんがいれると、もっとおいしいのですが」

「どういった配合なんだい?」

「それは、企業秘密です……というよりも、母さんしか知りません」

「そうか、それは残念だ。さて、謝礼の件を」

 俺は「へ?」と素っ頓狂な声を出してしまった。てっきり、さっきの菓子折りがそうなんだろうと思っていた。

「三百万円を謝礼金としてお渡ししたい」

 その金額に、思わず息を呑んだ。

 それだけあれば、収入の足を引っ張っている借金が軽くなり、生活は楽になる――そんな邪な考えをを振り払うように首を横に振って、「いやそんな大金は」と言うと、輝夫さんが続けた。

「これぐらいは当然なんだ。五年前、妻を亡くしてからというもの、大切に育ててきた愛娘でね。君には、感謝してもしきれない。本当にありがとう」

 頭を下げられてしまった。どうしたものかと考えていると、輝夫さんはさらに続けた。

「そうそう、君は娘と仲良くしてくれているようだね。君のような男が側にいるなら安心だ。実は、娘には早く婚約者を見つけてほしくてね。それで誕生日パーティーを開いてみたものの、わたしが良かれと思って呼んだ者たちをすべて断って――」

「お父様!」

 ようやく口を開いた陽菜子先輩が、饒舌な輝夫さんを遮った。

「なんだ、少しぐらいいいだろう」

「謝礼のお話が済んだら、すぐにお帰り下さるという約束です!」

 輝夫さんはコーヒーをすべて飲み干し、立ち上がった。

「全く、反抗期で困ったものだよ。謝礼の件は、君だけでは判断が難しいだろう。ご家族と話し合ってみてくれ。金額が不足ということになったら、気軽に連絡してほしい。村上が対応してくれるだろう」

 輝夫さんは俺に電話番号のメモを渡すと、「では」と会釈をして、店を出て行った。

「……一緒に行かなくていいのか?」

 陽菜子先輩に聞くと、陽菜子先輩は頷いて言う。

「わたしはこのまま、学校へ向かいますので。あの、先ほどのことは気にしないで下さい」

「ああ。陽菜子先輩も、いろいろ大変だな」

 そう言いつつ、輝夫さんが残したキーワードから、すでに葉山家の事情を察していた。

 亡くなった輝夫さんの奥さん。陽菜子先輩に婚約者を見つけてほしいという輝夫さんの意向。婚約者足りえる男性を呼んだ誕生日パーティー。

――輝夫さんとしては、跡取りの孫がほしいってところかね。勝手な話だな……ん?

「三百万円……三百万円……」

 姉さんが何かにとり憑かれたように呟いている。それほどに、俺たちにとってそのお金はとんでもない大金だ。

「……では、わたしもそろそろ失礼しますね」

 陽菜子先輩は鞄を持って一礼すると、店を出て行った。いつもなら「時間まで待ってます!」と言いそうなものだが。

 陽菜子先輩が出て行ってすぐに、母さんが二階から降りてきた。時間を見ると、まだ七時になっていない。目覚まし時計が鳴る前に、起きてしまったようだ。

「聞いていたわ。ごめんね、この姿じゃ出られなかったから」

 寝癖でボサボサになった髪に手櫛をしながら、母さんはカウンター席に座った。

「どうすればいいと思う?」

 俺がそう聞くと、母さんは苦笑いをして言う。

「任せるわ。優也があの子を救ったんだから。もらうなら、貯金するのよ」

 借金があるというのに、わが身は二の次の母さんである。おかげで決心がついた。

「もらったら、借金にあてよう」

「だめよ。それは優也が――」

「俺は将来、この商店街を守るんだから。そのためには、店をもっと軌道にのせて安心したいんだよ」

「……好きにしなさい」

 母さんはため息をついて、また二階へと上がっていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ