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社長令嬢にとっつかまりまして。  作者: 雪村陽
第二章 戸塚高校文化祭
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第六話 なんてやつだ

 クラス会が終わって、さあ帰るかと立ち上がると、オニセンが出て行った反対側の教室のドアが開いた。"魔王先輩"こと陽菜子先輩現る、である。決して本人の前でその呼び方はするまいが。

「一緒に帰りましょう、優也さん」

 陽菜子先輩がそう言うと、魔王のしもべたちが俺に群がって来た。俺の足をグリグリと踏みながら笑顔で「こんにちは!」と挨拶する奴もいれば、箒で俺の頭をペシペシと叩いて「俺もご一緒したいなあ」とか言っている奴もいる。ヘッドロックをしているのは……またお前か。後頭部にあたる博史の胸板だけで、そうとわかってしまうのは考えものだ。

 どうぞどうぞお前らが一緒に帰ってください、と言ってやりたいところだが、陽菜子先輩に朝礼の一件を問い質さなければならない。

「ちょっと待ってろ、今――」

 陽菜子先輩が近寄ってきた。そして、俺の頭を叩いている箒の柄をがっしりと掴む。陽菜子先輩の表情をよく見てみれば、口元はニッコリしているが、目は真剣そのものだ。

「朝礼の時は、仲がよろしいんでしょうと、大目に見ましたが……」

 バキ。

――あ、折れた。

 否、折った。いや、『折った』という表現もおかしい。『陽菜子先輩が掴んだ箒の柄の部分が握りつぶされ、支えを失った箒は二つに分かれて床に落ちた』という表現が妥当だ。握りつぶされてバラバラになった部分は、今なお陽菜子先輩の手の中にあり、ミシミシと音を立てている。

「優也さんが怪我をしたら……ただではおきませんよ?」

 直後、俺を囲っていた男たちは「ひいいいい!」と俺から離れ、カタカタと震えていた。ヘッドロックを解いて唖然としている博史に目を向け、「あれ片手で握り潰せる?」と聞いてみれば、「いや無理」と返ってくる。

 陽菜子先輩は木屑を近くにあったゴミ箱に捨てると、「さあ、帰りましょう」と言って、手を差し伸べてきた。男たちは〇チョウ倶楽部さながらに「どうぞどうぞ」と俺を促す。

「え、これ握れって?」

 血の気が引いていく。ゴリラの如きその握力に、俺のか弱い手が耐えきれるわけがない。

「友達なのですから、手を繋ぐことぐらい。ね、いいでしょう?」

 そのまぶしい笑顔が怖い……ってか、友達で手を繋いで帰るやつなんて見たことねぇんだけど。


 陽菜子先輩と一緒に――もちろん、手は繋いでいない――校門まで行くと、村上さんが校門の外で待っていた。

「お待ちしておりました。どうぞ」

 リムジンのドアを開けてくれて、中に入る。陽菜子先輩も続いて入り、鼻歌交じりにお茶を用意し始めた。

「なんなんだよ、あれ」

 陽菜子先輩に苛立ちを込めて聞いた。

「あれ、とは?」

「結婚を前提にお友達としてお付き合いするってやつ。そういうことは言わないって約束しただろ!?」

 陽菜子先輩は大きく首を傾げた。

「恋人とも夫とも言っていないではないですか。わたしは優也さんと結ばれることが夢ですので、その一歩を踏み出せたということで、皆さまに優也さんとお友達になったことを報告したかっただけです」

 このおバカさんは、結婚を前提にと持ち出した時点でアウトなんだってことを理解していないようだ。悪気がない以上、それについて責める気にはなれず、質問を変えることにする。

「なんでわざわざ『お友達です』って報告する必要があるんだよ」

「優也さんとは学年が違いますので、なかなかお側にいられないでしょう? わたしの知らない間に他の女性が優也さんを誑かさないよう、少しは効果があるのではと思いまして」

「……冗談はよしこちゃん」

 額に手を当て天を仰いだ。マジで怖いです、この人。

 再度陽菜子先輩を見ると、陽菜子先輩は眉を顰め、訝し気に俺を見ていた。

「なんだよ」

「よしこちゃんって誰ですか」

「は? 誰って言われても……」

 陽菜子先輩は、ずいと俺に顔を近づけて睨みつけてきた。その目は姉さんとひと悶着があった『あの時』のように、メラメラと燃えている。

「言い淀みましたね。誰なんですか? 答えて下さい」

「いや、だから――」

「今朝、お姉様とは別に女性がいましたね。あの方ですか? それとも元恋人ですか?」

 俺は『冗談はよしこちゃん』について、延々と説明する羽目になった。何が悲しくてこんなことをせにゃならんのか。

「なんだ、そういう冗談ですか。全く面白くないですけれど、どう反応すればいいか見当もつきませんけれど、そんな優也さんも大好きですよ」

――面白いと思って言ったわけじゃないっつーの。

 それでも、こう言われてしまうと、なんだかグサッとくるものがある。

 陽菜子先輩はニッコリと笑って続けた。

「ああ、本当によかったです。学校中のよしこさんを探し出して、問い詰めなければいけないところでした」

 俺がブルッと震えあがったその時、リムジンが停まった。どうやら着いたようだ。

 村上さんがドアを開けてくれて外に出ると、青葉商店街の入り口だった。車内から手を振る陽菜子先輩に俺が応じると、村上さんはリムジンのドアを閉め、「お疲れさまでした」と運転席へ向かって歩き始めた。

「村上さんから、俺のことは諦めたほうがいいって陽菜子先輩に言ってくれませんかね」

 俺がそう頼むと、村上さんは足を止めて振り返り、目を細めた。

「わたしは、お嬢様の味方でございますから」

 期待はしていなかったが、やはりそうか。村上さんも俺と陽菜子先輩がくっつけばいいと思っているらしい。しかし、どうもそれが腑に落ちない。

「葉山家としては、名家に嫁いでくれたほうがうれしいんじゃないですかね?」

「重ねて、申し上げます。わたしは、お嬢様の味方でございますから」

 何よりも、陽菜子先輩の意向を重視するということらしい。

「森田様。どうか、『お金持ち』ではなく『陽菜子お嬢様』として、曇りのない目で見て下さいませんか。それで、お嬢様をお嫌いと仰るのであれば、わたしは諦めましょう」

 そう言って、村上さんは運転席へと戻り、リムジンを走らせた。

「くそっ」

――何もかもお見通しってか?

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