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社長令嬢にとっつかまりまして。  作者: 雪村陽
第二章 戸塚高校文化祭
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第五話 文化祭準備始動

「さて、来月はお待ちかねの文化祭だ! おまえら、てっぺん獲るぞ!」

 クラス担任の"オニセン"こと大田克己先生が握りこぶしを上げてそう煽ると、俺を除くクラスのみんながワァッと盛り上がった。ちなみにオニセンの由来は、昼飯におにぎりばっかり食べているからだ。当の本人は『鬼の先生』の略と勘違いしていて、威厳ある体育教師を自負しているからか、その呼ばれ方を喜んでいるが。まあ、知らぬが仏である。

「元気があってよろしい! 一人虫の息のやつがいるようだが、今は放っておいてやろう!」

 オニセンの言う『虫の息のやつ』というのは、当然俺のことだ。クスクスと人を小ばかにしたような笑い声が聞こえる。ああ、もう、うんざりだちくしょう。

 朝礼を終えてからというもの、教室の移動時間や休み時間になるたびに、どこの誰だかわからない奴から説明を迫られ、叩かれ、くすぐられ、散々な目に遭った。昼食は校舎裏で隠れて食べようと下駄箱に行けば、手紙が入っていて、それを開けると『爆発しろ!』の一言。俺がスマートフォンを持っていたら、LINEとやらでぼっこぼこにされていたんだろうか。

 来月に控えている文化祭について話し合うため、この五時限目はクラス会議が開かれている。家業手伝いでろくに参加できない俺がここにいても意味はないのだが、一応授業時間ということで出席せざるを得ず、こうして自席の机上に突っ伏していた。

 オニセンが「ウォッホン!」と大げさに咳ばらいをして続ける。

「みんなも知っての通り、文化祭の出し物は、エンターテイメント部門と飲食部門、この二つに分けられる。それぞれの部門で文化祭実行委員の監視や調査の下に順位が決められ、上位に入れば賞品がもらえるぞ!」

 歓声が上がった。去年の一位は学食一日食べ放題券だったか。今年は何になるやら。

 エンターテイメント部門――合唱やダンス、お化け屋敷、迷路など――では、客数が評価の対象になる。

 飲食部門――喫茶店や屋台など――では、利益が評価の対象だ。団体で決めた予算を文化祭実行員に報告し、最終的な売上額に予算を差し引いた額が大きいほど上位になる。

 ちなみに飲食部門では、毎年熾烈な争いが繰り広げられている。実際に利益を上げれば、すべて自分たちに還元されるため、上手くやれば大稼ぎができるものだから、みんな必死にもなる。赤字になれば、自己責任だ。

「今年の賞品は何ですか!?」

 博史の期待に満ちた声がした。食欲旺盛な博史は、今年も学食食べ放題なんじゃないかと楽しみにしているのだろう。

 オニセンの不敵な笑いが聞こえてくる。

「聞いて驚け……! 今年の優勝賞品は……『ガチンコ太郎』の焼肉食べ放題だ!」

「「「うおおおおおおおおおおぉぉぉ!!」」」

――いいなぁ、焼肉。

 もちろん、文化祭準備に参加できない以上、賞品を頂戴するつもりはない。

 俺の学校生活は、ずっとこんな感じだ。合唱コンクールでは放課後の練習ができないせいで口パクだし、体育祭では、食材の下ごしらえを朝早くからやらなければならない都合上、朝練に参加できず、足を引っ張ってばかり。クラスのみんなに申し訳なく、打ち上げに参加したことなんか一度もない。

 みんなが盛り上がっている外で、ぽつんとその様子を眺める。それが俺の立ち位置だ。

「さて、クラスの文化祭代表を決めたいわけだが、誰か立候補者はいないか? ふむ、いないか。うーん、これは困ったなあ」

 俺は顔を上げてオニセンを見た。いまの話し方は明らかに不自然だ。手を上げるのを待つ様子もなかったし、『困ったなあ』の言葉に全く困っている様子がなかった。

 突然、「はい!」と里香が手を上げる。

――え、お前やるの?

「わたしは、森田優也君を推薦します!」

――違った。てか、おい、ふざけんな。

 まあ冗談だろうと思って、また机上に突っ伏したが、一斉に拍手をする音が聞こえた。驚いて顔を上げると、みんなが俺の方を見て手を叩いている。

「おい、冗談だろ? 無理だって!」

 いきり立って拒んだが、里香が追撃をしてきた。

「ふふーん。今朝、いい写真が撮れたんだよねぇ。タイトルは何にしようかなぁ。『恋人の前で姉に破廉恥行為!』とかどうかなぁ?」

――悪魔かこいつは!

 俺の反応から不穏な空気を察したのか、里香は「ごめん」と頭を掻いて続けた。

「冗談、冗談。今のはふざけ過ぎたね。でも、クラスの代表は優也にやってほしいんだ」

「だから、無理だっつってるだろ。家の仕事があるんだよ」

「仕事は、わたしたちがお手伝いするよ」

――は?

 仕事を手伝う、というのも然ることながら、それよりも気になったのは『わたしたちが』という言葉だ。周りを見ると、みんな頷いている。

「俺の代わりに、みんなが母さんの手伝いをやるっての?」

「うん」

 あっけらかんと答えた里香に、再び怒りがこみ上げてきた。

「できるわけがねえだろ! うちはいつだってギリギリでやってんだ! 払えるようなバイト代なんか――」

「バイト代なんかいらないよ。みんな、そうだよね?」

「働いてもらう以上、正当な対価を支払う必要があるんだよ!」

「ボランティアだよ」

 時間が止まったように感じた――ボランティアだ?

 お調子者の里香が真剣な表情をしている。どうやら本気だ。

「家族じゃあるまいし、そこまでするのはおかしいだろ……」

 ガタッと椅子の足がこすれる音がした。その方向に視線を移すと、博史が立っていた。

「友達じゃ、駄目なのかよ。友達に協力することが、そんなにおかしいか?」

 いや、そんなこと言われてもな。博史や里香は、俺のことを友達と思ってくれていたかもしれないが、他のみんなもそうだっていうのか?

 里香が博史に続いた。

「優也さ、学校で勉強して、帰ったら仕事して、その繰り返しじゃない。そんなの、寂しすぎるよ。だから、みんなで話し合ったの。どうしたら、優也が楽しい思い出を残せるかなって。それで、優也にクラス代表になってもらおうって、みんなでそう決めたの」

「……里香が言い出しっぺか?」

 気持ちは嬉しいが、同情はお断りだ。里香にそう言うつもりで尋ねたが、里香は首を横に振った。じゃあ博史かと視線を移すと、「俺じゃねえよ」とそっぽを向かれてしまう。

 オニセンが「あー」と言って、申し訳なさそうに話し始めた。

「実はな、森田。お前のお姉さんに頼まれたんだよ」

 俺は思わず立ち上がった。

「姉さんが!?」

「ずっと自分ばかり好きなことをやってきたから、せめて、この文化祭でお前にいい思い出を作ってあげられないかってな。部活動はしばらく休みをもらって、仕入れや仕込みとかの難しい仕事は、全部引き受けるらしいぞ。自分から説明すると言っていたが……収集がつかなくなりそうだったからな。すまん、謝っておいてくれ」

 オニセンは「ふう」とため息をついて、続ける。

「お前が大変なことは、みんなわかってる。先生もな。森田の家の店に行ったことがあるが……ああいうのを空間づくりというのかな。心を落ち着かせてくれる、いいお店だったよ。食事もおいしかった。知っているとは思うが、このクラスでも森田の店に足を運んだ者は結構いてな。お前が真剣に働く姿に感心していたぞ。だから森田。文化祭をお前に楽しんでほしいというのは、クラスの総意なんだ。もちろん、押し付けるつもりはない。だが、少し考えてみてくれないか」

 来てくれていることには気づいていたが、店の雰囲気を壊すわけにもいかないから、話しかけることはしなかった。まさか、そんな風に思っていてくれていたとは。

 結局、俺が卑屈になっていただけなのだろう。見てくれている人は、ちゃんといる。そのことに気付かされ、目頭が熱くなった。

「家族と商店街会長に相談してみます。少し、考えさせてください」

 

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