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社長令嬢にとっつかまりまして。  作者: 雪村陽
第三章 青葉商店街の危機
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第四十八話 俺を支えていたものは

 広告を配り終えた翌日の早朝六時。すべての店の在庫設定が完了していることを確認して、『改装中』から『開店』へ切り替える。たくさんの苦労をしてようやく開店するというのに、こうしてボタン一つで始まってしまうのだから、なんだか味気ないものである。

 その日の一時限目は、授業の内容がまるで頭の中に入ってこなかった。俺の中でかけがえのない存在を、もうすぐ失ってしまうかもしれないと思うと、心臓が激しく脈打ち、胃がキリキリとして、とても正常ではいられなかった。

 一時限目の終了を告げるチャイムが鳴り、トイレに行こうと立ち上がると、「森田ァ!」とノートパソコンを抱えた大沼が、血相を変えて教室に飛び込んできた。その後ろには、同じく取り乱した様子の陽菜子先輩もいる。

 胸騒ぎがして、体が震えあがった。脳裏を掠めたのは『不具合』の文字。そしてその『不具合』は、大沼と陽菜子先輩の様子から、並々ならぬものであることが予想できた。

「み、見ろ!」

 大沼がすでに起動してあったノートパソコンを開き、ネットショップの管理画面が表示される。そこに並ぶいくつかの注文――いや。

――うっそだろ……?

 いくつかどころではない。注文件数は六十四件。午前十時過ぎの時点で、予定注文数を上回っていた。急いで在庫管理画面を開いてみれば、並んでいるのは『0』の数字。

 俺と大沼は顔を見合わせた。緊張した頬は徐々に弛緩し、湧き上がる興奮に体が熱を帯びる。ゾワリと痺れるような感覚が胸いっぱいに広がり、やがて唇が震え始めたその時。

 パァン! と、高らかなハイタッチの音が教室内に響き渡った。

「「っしゃあああ!」」

 勝利の雄叫びと共に、みんなの歓声が上がった。後からパソコンを覗きこんできた里香は、両手で口を抑え、ぽろぽろと涙をこぼしている。

「電話! 電話を貸してくれ!」

 それだけですべてが通じたのか、大沼から渡されたスマートフォンはゲンさんの店の電話番号を発信していた。スマートフォンを耳に当てた直後に、「おう」とゲンの声。

「ゲンさん! 見た!? 見た!?」

「優也か。ああ、見たよ。後のことは任せとけ。出荷まで、こっちでやっておく」

「これで青葉商店街大丈夫だろ!? もう心配ないよな?」

「そこまではまだ言えねえが……客対象の地域を広げることもできるしな。伸びしろはまだまだある。きっちりやってれば、大丈夫だろ」

 拳を握りしめ、感動に体を震わせていると、「一度しか言わねえぞ」というゲンさんの声が聞こえた。

「たいしたもんだよ、おめえは。お疲れさん」

 そこで電話が切れた。脱力感が半端ない。

「森田、これを見ろ」

 大沼が言って、お問い合わせ管理画面が開かれた。そこに書かれている多くは、『次はいつ入荷しますか?』や、『購入できないのですが』といった類の質問である。

「まだまだ、期待できるな」

 今度は陽菜子先輩が、「こちらも見て下さい」と注文詳細の一覧画面を開いた。その画面を、繋いだマウスで下へとスクロールしていく。

『いつもお世話になってます! 応援しています!』

『足が悪くなって、青葉商店街へ行けなくなったので、助かります』

『橘さん、お体の具合はいかがですか? ご自愛くださいね』

 以上は、注文時にお客様が書いてくれたコメントである。他にも、青葉商店街への応援メッセージがいくつか見られた。

「これは……」

「青葉商店街の皆さんが積み重ねてきた努力に、わたしたちは支えられていたのでしょう。これほどに、お客様から愛されているなんて……素敵な商店街ですね」

 瞼の裏に、商店街のみんなの姿が浮かび上がった。丁寧に医薬品の説明をする橋本さん、「らっしゃい!」といつも元気よく挨拶する魚住さん、子供に可愛らしい和菓子をサービスする時子さん、男前と褒められて値切ってしまう風間さん、豪快にマグロをさばく新之助さん――。

「ありがとう……ありがとう……」

 支えてくれた全ての人へ。俺は感謝の言葉を呟き続けた。

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