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社長令嬢にとっつかまりまして。  作者: 雪村陽
第三章 青葉商店街の危機
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第四十四話 配送業者を探せ!③

 あれからすでに一週間が経った。会議の日程は過ぎているというのに、俵さんからは何も連絡をもらっていない。

「他のところにも当たったほうがいいのではないでしょうか」

 朝の店内清掃をしながら、陽菜子先輩が言った。

 俵さんとの面会を終えて以降、俺は陽菜子先輩がテスト工程に費やす時間を作るため、店の仕事に専念していた。保険の為に訪問していないところへ行ったほうがいいかもしれないとは俺も考えたが、「楽しみに待っていたまえ」という俵さんの言葉を信じることにした。きっと、前向きに検討してくれているはずだ。

「今俵さんが尽力してくれているはずだから、もう少し――」

 トゥルルルル、と電話が鳴って、姉さんが業務用の電話に出た。

「はい、ペリドットです。……はい、ええ、少々お待ちください」

 姉さんに「優也、たわら引越しセンターの人から!」と呼ばれ、慌てて電話を代わった。

「はい、森田です」

「本当にこの時間に起きてるんだね。たいしたもんだ」

 やはり電話の主は俵さんだった。

「俵社長も、早いですね」

「ちょうど忙しくなり始めたころだからね。例の件、今日の十七時半頃に来れるかい?」

「もちろんです」

「それじゃ、詳しくはその時に。よろしく頼むよ」

 俵さんは電話を切った。とりあえず、お断りの電話では無かったことにホッとする。

「すまん、今日は店出てくれないか? 今日の十七時半、会うことになった」

 そう陽菜子先輩に頼むと、陽菜子先輩は少し考えて答えた。

「わたしもご一緒できませんか? システムに影響する話があると困りますので」

 確かに、先方の要望次第では、現状のシステムを変更する可能性があるかもしれない。

「わたしが店出るよ。今日は部活早く切り上げるね!」

 姉さんがそう言ってくれたので、「すまん、頼む」とお言葉に甘えることにする。推薦の話が決まるかどうかという時に、姉さんに頼るのは心苦しいが、ここは正念場だ。陽菜子先輩の力も借りて、できるだけ良い方向に交渉を持っていきたい。

「夫婦力を合わせて頑張って!」

 姉さんがからかって言って、陽菜子先輩は「まあ、お姉様ったら!」と顔を赤らめた。

 俺はどうなんだって? もう慣れた。

 指定された時間にたわら引越しセンターへ陽菜子先輩をつれて訪問すると、前回と同じ部屋に通された。そこには、会議用テーブルの椅子に座っている俵さんと、もう一人年配の女性が座っていた。

「やあ、来たね……って、ええええ!?」

 俵さんはガタッと立ち上がり、陽菜子先輩をまじまじと見た。陽菜子先輩は動揺した様子を見せながらも、ためらいがちに頭を下げて言う。

「あ、あの、葉山陽菜子です。青葉商店街ネットショップのシステムを担当しています。よろしくお願いします」

「ああ、よろしくね。えらいべっぴんさんだねえ……この子も商店街の?」

 俵さんが俺に視線を移して聞いた。

「俵さんもご存知かもしれませんが、リーブス経営者の……あの葉山家の娘さんです」

 俵さんは口をあんぐりとさせた。そのまま硬直して動かず、年配の女性はしびれを切らしたのか、「社長、早くしてください」と促した。

「ああ、ごめん。いやぁ……君たち、面白いねぇ」

 俵さんは再度椅子に座った。俺と陽菜子先輩がの向かい側の席に座った直後、年配の女性が「宗像と申します」と名刺を差し出し、「ご依頼の件ですが」と切り出した。

「こちらで引き受けるには、三つの条件があります。まずはこちらを。その料金でよろしければ、次のお話に進めたいと思います」

 宗像さんは一枚の用紙を俺に差し出した。記載されている料金表に、俺は思わず拳を強く握る。安い。少なくとも、大手三社の配送業者よりは。この価格なら、四千円……いや、三千八百円までを送料無料にできる。

「こちらは問題ありません」と俺が答えると、年配の女性は頷いて続けた。

「では残りの条件を。まず、三月から四月の上旬にかけて、こちらは繁忙期になります。この期間は、動かせる人員が限られるので、出荷数を押さえていただきたいのです」

「具体的にお伺いしていいですか?」

「そうですね……このあたりは、わたくしどもの庭と言えるほど土地に理解がありますが、それでも、ご指定の時間内の配達となれば、一人当たり六十件がせいぜいでしょう。稼働できる人数は恐らく一人だけ。六十件以内に抑えていただけますか」

 理想の出荷件数より大幅に少ないが、一か月と少しだけの間なら問題ないはずだ。在庫数を調整して、もし件数が六十件を上回ってしまったら、その分だけ商店街の人員で直接配達すればいいだろう。

「わかりました。そのように調整します」

「では最後に。荷物を持ち込むとのことですが、こちらとしては、正直なところ、外部の車が会社内を出入りすると非常に困ります。どこか、荷物をまとめて置いておける場所を用意していただけますか。トラックを止められるスペースがあることが前提です」

 持ち込みを断わられるとは。どうしたものかと考えていると、陽菜子先輩が口を開いた。

「集会所はどうですか? 集荷の時間帯には恐らく使わないですよね?」

 たしかに、あそこなら車も置ける。ゲンさんが復帰したら相談するか。

「一旦、持ち帰らせて下さい。葉山が言うように、うちの商店街が集会所として利用している場所があります。そこなら、使えると思います」

 俺が答えると、宗像さんは「よろしくお願いします」と笑顔を見せた――って、これ。

「……引き受けて下さる、ということですか?」

 そう聞いた俺に、「何をいまさら」と俵さんが笑って立ち上がった。

「少し待っていてくれないか」

 俵さんが部屋を出て行くのを、俺は呆然と見送った。嬉しい気持ちはあったが、思っていたよりもすんなり決まってしまった衝撃のほうが大きい。

 しばらくして、俵さんは小さな女の子を連れて戻って来た。同一人物とは思えないほどに、俵さんの表情はでれっとしている。

「かわいいですね!」

 陽菜子先輩が頬を緩ませてそう言うと、俵さんは「だろう?」と胸を張った。

「わたしの娘だ。今年で四歳になる。このつり上がった眼が、またかわいいんだ」

「ですよね! なんだか、ツンカワって感じです!」

 初めて聞いた単語だが、言わんとすることはわかる。見た目は利発そうなのに、「ママぁ……」と怖がって俵さんの後ろに隠れるところなどを見ると、つい顔がにやけてしまう。

 俵さんは女の子の頭を撫で、母性を感じさせるような微笑を浮かべて言う。

「わたしはね、君たちを応援したいと思ったんだ。その理由がこの子なんだよ。わたしは仕事柄、帰りが遅くなってばかりでな。文筆家をしている旦那を頼りにしているんだが、本当に申し訳なくてね。せめて買い物をと思うんだが、そんな時間もなかなかない。ネットで食材を買えるとなれば、わたしとしてもありがたいことなんだ」

 なるほど、「楽しみに待っていたまえ」の言葉には、そんな裏があったのか。

 俵さんが女の子を抱きかかえて続ける。

「話は変わるが、わたしの親は転勤族でね。引っ越しが多くて、その度にガタイのいい男たちがドタドタとやってきて。それが嫌で嫌で、そういう女性のために引っ越し屋を始めたんだが……今は大手も女性を雇って、女性向けのプランを始めているだろう? 業績はだんだん悪くなってね。そんなときだったから、渡りに船さ。わが社は全力で君たちを応援しよう。成功を祈る!」

 その言葉に強く胸を打たれた俺は、俵さん右手を両手で握り、唇を強く結んで、しっかりと頷いた。


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