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社長令嬢にとっつかまりまして。  作者: 雪村陽
第三章 青葉商店街の危機
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第四十三話 配送業者を探せ!②

「社長さん自ら……ですか?」

 名刺を受け取り、なおも疑ってそう尋ねると、俵さんは小さく笑って答える。

「うちはこの通り、小さな会社だからね。社員の手が回らなけりゃ、こうやってわたしが直接お客さんと話をすることだってあるさ。さて、引越しのご相談、ということでいいのかい? 名前は森田優也君で間違いないかな?」

 俵さんは手前に置いてあったバインダー――顧客情報を書き込むための用紙が挟まっている――を手に取り、ボールペンを走らせた。

 何という僥倖だろう。たわら引越しセンターのトップが、こうして目の前にいる。

 俺は居ても立っても居られずに、気がつけば会議用テーブルに両手と額をつけていた。

「折り入ってご相談があります! どうか、五分! 五分だけでいいんです! お話を聞いていただけませんか!」

 そう懇願すると、「な、なんだい藪から棒に!」と戸惑う俵さんの声が聞こえた。ゆっくりと顔を上げ、驚いた表情の俵さんをじっと見ていると、俵さんはバインダーを置き、やれやれと言わんばかりにため息をついた。

「ま、聞くだけ聞こうか」

 ようやく手に入れたチャンス。込み上げた喜びを抑え、ネットショップの立ち上げまでの経緯を簡潔に話し、お願いしたい配送業務について詳細を伝えた。

「配送業者の三社にも頼んだのですが、あまりにも高くて、うちではやって行けそうになくて……こちらにお伺いした次第なんです」

 怒鳴られる心の準備をしつつ、息も詰まる思いで俵さんをじっと見つめた。俵さんは俺の説明に口を挟むことなく、腕を組んで俺を見続けていたが果たして――。

 少しして、俵さんは「ぶはっ」と突然噴き出し、「いやぁ」と後ろ首を掻いた。

「笑ってすまなかったな。鬼気迫る勢いで頭を下げるもんだから、駆け落ちか夜逃げの相談でもされるのかと身構えてしまったよ」

 俵さんは引越しを前提に話を聞いていたわけだから、そういう発想もありえるか。

「しかし少年。君が言った条件であれば、配送業者が高い値をつけるのは当然だよ」

 笑い涙を拭ってそう続けた俵さんに、「やっぱり実績の問題ですか」と聞くと、俵さんは「いや」と否定した。

「結果論としてはそうなんだが。大手の配送会社は、料金の回収がシステムとして出来上がっているんだよ。そのシステムに当然、値引きの条件も組み込まれているわけだ。君が言った条件は、システムとしては例外に当る」

「でも、現場のことを考えれば、配送は楽に済むわけですし」

「問題はそこじゃないんだ。料金の回収をシステムで行う以上、イレギュラーを受け入れるにはリスクが生じる。わたしは配送会社で働いた経験があるからわかるんだが、例えば……そうだな。信頼のある実績を持つ通販会社との契約が成立した時に、特例の値引きを受け入れたときのことなんだけどさ――」

 俵さんは思い出し笑いをして、続ける。

「どうしてそうする必要があったのかはわからないが、その方法が滑稽でね。そこの通販会社のID、かつ荷物が百六十サイズで登録されたときに特例の値引きが適用されるっていうロジックを作ったのさ。しかし、コンビニ受け取りのサービスが百二十サイズ以下の荷物でなければ受けられなくてな。通販会社からクレームを受けたらしい」

「つまり、わざわざシステムをいじるリスクを背負ってでも契約したいと思わせるほどでなければ、俺の言った条件の値引きはできない……ということですか」

「そういうことになるね」

 引っ越し業者には引越し業者のシステムがある以上、引き受けることはできない……という話にもなるのだろうか。

「そこをなんとか、考えてもらえませんか」

「……ん? 何か勘違いをしていないかい。うちは小さい会社だからね。システム云々に縛られるような会社じゃない。君の商店街の八百屋さんと同じさ。状況次第で安くするし、他所より高いと言われればそれより安くする。融通が利くんだ」

「じゃ、じゃあ!」

「三日後にちょうど会議がある。そこで議題にしよう。結果は追って連絡するよ」

 第一段階は突破した、といったところだろうか。

「ありがとうございます」

 飛び上がりたくなるような嬉しい気持ちを抑えて、神妙に頭を下げる。これまでの冷遇ぶりを考えれば、この上なく大きな前進だ。

「まだ礼を言われても困るぞ。君たちの商店街の事情には同情するが、うちも商売だ。儲からない、割に合わないとなれば、お断りするからそのつもりでいてほしい」

「俵社長としては、どうお考えでしょうか」

 しばし虚空を見つめた俵さんは、やがて立ち上がり、「楽しみに待っていたまえ」と俺に笑いかけた。


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