第四十話 優也プロジェクト
七畳しかない俺の部屋へ、陽菜子先輩、大沼、そして里香が毎晩のようにやって来ていた。部屋が狭く感じられて、非常に窮屈である。
しかしだ。参加してくれた大沼と里香が、大活躍をしてくれている。
大沼は、決済代行会社とのやり取りだけにとどまらず、ネットショップで販売する商品データ――商品名、商品説明等――をとてつもない集中力で作成してくれている。その速さ、そして正確さに、ただただ驚かされるばかりだ。
里香は、ショップページのデザイン等、陽菜子先輩の補佐をしている。さらに、自前のカメラで商品の写真を撮り、購入ページ用の画像データを作成してくれていた。
里香は「優也プロジェクトチーム、始動!」などと意気込んでいたが、あながち大げさとも言えないほどの、みんなの仕事ぶりである。
「優也さん……すみません。売上管理画面なのですが、まだ着手できていなくて。このままですと、二月末に間に合わないのですが」
陽菜子先輩が申し訳なさそうに言ってきて、俺はカレンダーとにらみ合い、しばし思案する。そして、思いついた代替案を提示してみた。
「売上情報をエクセル形式で出力するだけならどうだ?」
「ええ、それでしたら、すぐできると思います」
「よし。出力した後は、手作業でやるか。しばらくはそれで。出力する対象の期間だけは設定できるようにしてもらえないか」
こんな感じで、ちゃんと俺も頑張っている……多分。いかんせん、この三人が優秀過ぎて、俺自身が霞んで見えてしまう。
時計をみると、夜九時になろうとしていた。
「そろそろ帰ったほうがいいんじゃないか? 家の人心配するだろ?」
里香にそう促すと、里香は「うーん」と少し視線を上げて考える様子を見せ、「むふっ」と俺を見て笑った。次いで、上目遣いで俺を見る。
「優也ぁ、わたし今日帰りたくないのぉ。優也の部屋に泊めてぇ?」
「そういう冗談はいらねぇからさっさと――」
俺が言い終わる前に、陽菜子先輩が里香の首根っこを掴んだ。こうも器用に、笑顔を崩さず青筋を立てられる人を、俺は陽菜子先輩以外に知らない。
「玄関まで送りますので、さっさと帰りましょうね」
「いーやー!」という悲鳴は無視され、里香は陽菜子先輩に連行されていった。
「ったく、ふざけてっから……自業自得だっての」
そう言って頭を掻くと、「おい」と大沼に声をかけられた。
「貴様には、あれがふざけて見えるんだな」
「――は? それ以外にどう見えるんだよ」
「俺には、ただ哀れにしか見えん」
「哀れ? まあ、哀れっちゃあ哀れだけど……」
妙に噛みあってないような気がするその会話を、大沼が「ふん」と終わらせると、着信音が鳴った。大沼はスマートフォンを取り出して少しいじり、「しまった」と呟く。
「どうした?」
「決済代行会社に提出した書類に、一部記載漏れがあったらしい。源三さんに確認をとりたいが……この時間ではあれだな。明日にするか」
「いや、ゲンさんは最近夜十時過ぎまで仕事してるっつってたから、事務所にいると思うぞ。行くか? 俺も運送業者との交渉がどうなってるか、確認したいしな」
問題は、やはり運送業者だった。相手の譲歩を引き出すまでには至っておらず、カレンダーを見れば、今日は二月六日だ。そろそろ後がない。
これから広告を作り、配って回らなければいけないわけだが、その内容には当然、いくら購入すれば送料が無料になるかも明記したい。運送業者が決まらない以上、五日間ぐらいは費やすであろう配布作業のスタートが切れないのだ。
廊下で陽菜子先輩に会い、「ゲンさんのところへ行ってくる」と伝え、俺と大沼はゲンさんのいる酒屋へと向かった。
誰も歩いていない夜の商店街。照明は足元が見える程度の数に抑えられていて、そのうちの一つが今にも消えそうに点滅している。里香の家は歩いて五分ほどのところにあるとはいえ、送ってやったほうがよかっただろうか。
ゲンさんの酒屋に着くと、裏口が少し開いていたので、中に入る。すると、何か様子がおかしい。表のシャッターは下ろされているというのに、店の電気がすべてつけっぱなしになっていた。そして、ここにゲンさんの姿は見当たらない。
怪訝に思いつつも、二階へ上がる。事務所の電気はついておらず、真っ暗だった。二階にもゲンさんはいないようだ。
――どこかへ出かけたのか……まてよ?
そもそも、あのゲンさんが裏口を開けたまま二階へ行くなんて不用心なことをするはずがないし、開けたまま出かけるはずもない。
俺と大沼は顔を見合わせた。明らかにこれは何かおかしい。
慌てて一階へ下りようとした時だ。一階中央にある円形の棚に並べられている酒、その向こう側に、倒れている人影が見えた。
「――ゲンさんっ!」




