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社長令嬢にとっつかまりまして。  作者: 雪村陽
第一章 貧困息子と裕福令嬢
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第四話 結婚しますとは言ってない。

 リムジンに乗せてもらえたとはいえ、教室についた時間はいつもよりも少し遅かった。村上さんが気を使ってくれて、話がまとまるまで遠回りをしてくれたようだ。

 そんなわけで、すでに里香は教室で俺を待っていた。俺を見つけるや否や、鷹ような勢いで俺の両肩をむんずと掴む。

「ねーえ? あれ、どういうことー?」

「ああ……いろいろとあって――よう、博史」

 里香のうしろから、俺の友人、風間博史がゾンビのように歩いてきた。筋骨隆々で男前、かつ野球部のレギュラー。誰が見てもハイスペックなのだが――。

「……てめえの血は何色だぁ!」

 博史は唐突に俺の胸ぐらを掴んできた。この熱血ぶりのせいか、周りから少々距離を置かれている残念な奴である。うちの店の並びにある八百屋の息子で、お互いに協力――例えば、足りない食材を仕入れたりとか――し合っている関係上、仲が良くなった。

「何色って赤だよ、離せよ!」

「ふざけんな! 俺の……俺の心の女神さまを二人とも弄びやがってぇ!」

 博史は姉さんと陽菜子先輩のファンだ。太陽の女神と月の女神とか、よくわからん事を普段から口走っている。

「ほんとに何でもないんだって! 誤解だよ! ちゃんと話すから、離せって!」

 里香がニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んできた。

「葉山先輩に『夫の何なのですか!』とか言わせといて、誤解? あの状況、あんた不倫した旦那様にしか見えなかったけど?」

「だからそれは……むぐ」

 博史のヘッドロックが俺の言い訳を阻んだ。

「うらやまけしからん!」

「ギブ……! ギブだって!」

 里香は「葉山先輩の挨拶、楽しみにしてるよ!」と小走りに教室を出て行った。

「やべ! 朝礼か!」

 博史の慌てたような声がして解放されると同時に、じっとこちらを見ている長谷川楓が視界に入った。

「ケホッ……ったく。長谷川も一緒にいくか?」

 長谷川はコクリと頷き、持っていた鞄を机の上に置くと、とてとてと駆け寄って来る。

「珍しいな、遅刻ギリギリで来るなんて」

 三人体育館へ向かいながら、博史が長谷川に聞いた。

「うん。学級委員長って言っても、ほとんど先生のお手伝いだから。今日は朝礼だから、授業の準備ないし、ゆっくり来たの」

 長谷川は学級委員長だ。引っ込み思案なせいで押し付けられた感はあるが、きちんと仕事をこなしている。小柄で可愛らしく、座敷童のような女の子である。

「ったく、長谷川をこきつかいすぎだよな。こんなかわいい女の子を!」

 よくもまあ、こういうことを臆面もなく言えるものだ。長谷川を見ると、「えへへ」と気恥ずかしそうに頬を赤らめている。

「さっきは、どうしたんだ?」

 長谷川は、聞いた俺の顔を「え?」と見上げた。

「いや、こっち見て、ぽわーっとしてたから」

「あ……うん、ちょっと、うらやましいなぁって」

「は? ヘッドロックされたいの?」

「ち、違うよ!」

 長谷川は慌てた様子で両手を振り、全力否定して続けた。

「ああやって、自分の気持ちをまっすぐに言い合える友達って、わたしにはいないから」

「んー……ストレートすぎるのもどうかと思うけどな」

「おい、俺に言ってんのか?」と博史に言われ、俺は「さあ、どうかねぇ」と答えたが、この時に思い浮かべていたのは陽菜子先輩の事だ。

――本当に大丈夫だろうな。


 全校朝礼は体育館で行われている。窓ガラスから注ぐ朝日の光を浴びて、俺たち生徒は整然と並び、校長先生の話を右から左へと聞き流していた。

 校長先生の挨拶が終わって、いよいよ陽菜子先輩の挨拶だ。友達関係ということで話がまとまったとはいえ、あの陽菜子先輩のことだ。何をしでかすやらわからない。

 時候の挨拶、生徒会活動報告、文化祭のスケジュールや注意事項等、陽菜子先輩は一度も躓くことなく演台に置かれた用紙を読み上げた。その姿は凛とした大人の女性を思わせ、俺の知っている陽菜子先輩とはまるで別人のように感じられた。

「……生徒会からは、以上です」

 ほっと胸を撫で下ろした。陽菜子先輩の行動は読めないとはいえ、基本的には誠実な人なのだ。約束を違えるはずがない。信じていたよ、陽菜子先輩。

――ん?

 陽菜子先輩は立ったまま、舞台袖へ向かう気配がない。いままでの真剣な表情とはうって変わって、艶やかに微笑んでいる。

「皆様に、わたしから報告がございます」

 背筋が凍った。嘘だ。きっと言い忘れたことがあるんだろう。そうに違いない。

 やがて陽菜子先輩は、静寂にすっと溶け込んでいくような、穏やかな声で話し始めた。

「わたし、葉山陽菜子は、二年C組の森田優也さんと、結婚を前提に、お友達として、お付き合いすることになりました」

――え? ……なんつった?

「わたしたち二人を、温かい目で見守って下さい。どうぞ、よろしくお願いいたします」

 ペコリと頭を下げた陽菜子先輩を見ながら、先ほどの言葉の意味を理解しようと試みる。

――結婚を前提にお友達としてお付き合い? 結婚が前提のお友達? ……え?

 その言葉は俺の思考回路を彷徨い続け、一向に出口が見える気配がない。

 俺が阿呆なんだろうか。周囲はキャーキャーとうるさかったり、俺の首を絞めてきたりと、何かを理解して行動しているようだが。

 なぜか俺は胴上げをされ、ドスンと床に落とされた。それにとどまらず、男どもは腕ひしぎ十字固め、アキレス腱固めとあらゆる技を仕掛けてくる。ヘッドロックをしているのは……またおまえか、博史。

 俺は考えるのをやめた。何を考えたところで、今俺が置かれているこの状況がすべてだ。

 ふっと笑い、心の中で呟く。

――あばよ。俺の平穏な高校生活。


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