第三十九話 休む間もなく
「さて……と」
部屋に戻って時計をみると、午後四時を回っていた。そろそろ、ゲンさんが運送業者との交渉から戻ってくるころだ。
運送業者にいつでも来ていいと言われ、ゲンさんは元旦である今日足を運んでいた。「早ければ早い方がいい」というゲンさんの判断だ。近くに営業店がある運送会社は他にも二社あるし、その上、根気よく交渉を重ねる必要があるのだから、その通りだろう。
ゲンさんの事務所に着いて、「おう来たか」と迎えたゲンさんの疲労は色濃かった。
「少し休んだ方がいいんじゃないですか?」
「そうも言ってられねえや。これ、見てみろ」
見ると、ゲンさんが今日訪れた運送会社の配送料金表のようだ。
「たっけぇ……」
思わず呟いた。荷物は直接営業店に持ち込み、さらに配送地域もこの辺に限定されるというのに、この料金はあんまりだ。
「持ち込みによる値引きはあったがよ。他の交渉は全部突っぱねられちまった。会ったのは営業所の所長なんだが、こいつがえっらそうなやつでな。大企業だか何だかしらねえが、何様だってんだ」
こんなに不愉快そうなゲンさんも珍しい。よほど腹に据えかねる対応をされたのだろう。
「すみません。ゲンさんも忙しいのに」
そう謝ってみたものの、配送業者との交渉はゲンさんに任せるしかなかった。学生である俺が行ったところで、門前払いされるか、小馬鹿にされるだけだろう。
「なあに、気にすんな。おまえだけの問題じゃねえんだから。じっくりいこうじゃねえか」
俺は頷いて、再度受け取った配送料金表を見た。一定金額以上購入してくれたお客様は送料無料としたいのだが、もしこの配送料を受け入れてしまったとしたら、五千円以上購入してもらわないと難しいのではないだろうか。
そうなると、例えば、送料無料にして食材を買いたいお客様は、約一週間分の食材をまとめて買わなければならないことになる。せっかく買った食材を腐らせてしまうことになりかねず、頭の痛い買い物になってしまうだろう。
「値引きに応じてくれない理由は、何か言っていましたか?」
「……まあ、座れや」
俺がゲンさんの向かい側のソファに座ると、ゲンさんはお茶を一口飲み、「実績だよ」とため息交じりに言った。
「出荷件数の話ですか?」
「ああ。百件や二百件、継続して出荷できているようなら、話は別らしい」
配送条件がシンプルになれば、交渉次第で、安い価格でも配送してもらえるはず。そう想定していたのは、甘かったということだろうか。
「それにしても、高い気がするのですが」
「当日配送ってのが、やっぱりネックらしい。限りがある便数に、不定数の荷物を当日無理矢理押し込むわけだから、それを考えれば、この料金表が妥当なんだってよ」
配送をいかにして安く済ませるか――ネットショップを成功させる鍵がここにあるような気がした。
「引き続き、よろしくお願いします」
俺が両手を膝に置いて頭を下げると、ゲンさんは「おう、任せとけ!」と元気よく応じてくれた。
新学期。いつもの学校生活が始まった――というわけには当然いかず、俺は休み時間をすべてネットショップ運営の準備と勉強に充てて過ごしていた。
――注文が来た商品を用意してもらうための店舗別リストを出力して……ん?
人の気配を感じて顔を上げてみると、じっとこっちを見ている里香がいた。
「よう。なんか久しぶりだな」
俺がそう言うと、里香はムッとしたような顔をした。
「気を使ってたのよ。大変だろうなぁって思ってさ」
「は?」
「わたしを誰だと思っているのよ」
――新聞部のエース様……ああ。
「知ってたのか」
「当然でしょ。で、どうなの? 大丈夫なの?」
「わからん。やるだけ、やってみるさ」
「そうやってすぐ一人で背負い込んで……ちょっとぐらい、頼ってよ」
「って言われてもな。青葉商店街の問題だし。お前に頼むのはお門違いだろ」
里香はぷうっと膨れっ面をして、俺の鼻をつまんできた。「んご!」となって、慌てて里香の手を払いのける。
「何すんだよ!」
「なんかムカつく!」
「知るか! なんで首突っ込んでくるんだよ。お前には関係のない話だろ?」
「な、なんでって……」
里香は一瞬戸惑ったように見えたが、すぐにまた膨れっ面になり、俺が机の上に広げているノートをトントンと指で叩いた。
「とにかく! これ、何やってるのよ」
「青葉商店街でネットショップ開くための準備を進めてるんだよ。今、受注から発送までの流れを図式化しているところだ」
里香は興味深そうに俺のノートを見た。
「ふーん。これ全部優也がやってるの?」
「陽菜子先輩がシステム作ってて、大沼も決済絡みのところで協力してくれてる」
「葉山先輩が? え、だって葉山家ってリーブスの――」
「いろいろあったんだわ。今陽菜子先輩は、青葉商店街の一員だ」
里香は少しの間固まっていたが、急にニヤリと笑って俺の顔を覗きこんできた。
「ねえ、わたしも混ぜてよ。なんだか、面白そうじゃない」
「面白そうってお前――」
「だって、あの大企業を押しのけてやろうって言うんでしょ? うまくいったらさ、新聞部で一面書かせてくれそうなネタになるじゃない!」
里香にとって、血が沸く展開なんだろう。お気楽な奴である。
「つっても、別に頼むことなんて――」
「うちの新聞部、ネット上にも記事あげてるんだよ? ショップのレイアウトとかさ、協力できることない? HTMLで作ってる部分なら任せてよ!」
――あるかもしれない。
村上さんという強力な相談相手がいるものの、開発はすべて陽菜子先輩が請け負っていて、大変そうだった。里香と分担して作業できるならば、陽菜子先輩も助かるだろう。
「じゃあ、陽菜子先輩に聞いてみてくれるか? 開発の方はさっぱりわからねぇんだわ」
「オッケー! じゃあ行ってくるね!」
「ありが――」
俺が礼を言う前に里香は駆けだし、教室を出て行った。




