第三十七話 GOサイン
母さんが作ったモッチドノエルが飛ぶように売れて、この十二月はペリドットの月次売上げ史上最高額が叩き出されそうな勢いである。サンタコスプレでモッチドノエルを売ってくれた陽菜子先輩の尽力によるものが大きく、母さんが「ずっとここにいてくれないかしら」と言い出してしまう始末だ。うちの店のコンセプトに合っていないと思うのだが……まあ、クリスマスぐらい羽目を外したっていいだろう。
青葉商店街のみんなは、陽菜子先輩を温かく迎えてくれた。「愛する優也さんのためですから!」とモッチドノエルを頑張って売っている陽菜子先輩を見て、みんな好感をもったようだ。その代償として、俺はあちこちで冷やかされる羽目になったわけだが。
そうしてクリスマスは慌ただしく過ぎ、打倒リーブスという現実に引き戻された。
ゲンさんに俺のプランを説明したところ、「やってみろ」と承認をもらうことができ、今俺は、集会所で青葉商店街のみんなの前に立っている。また、俺の隣には、俺をサポートしてもらうため、陽菜子先輩が座っている。
陽菜子先輩の前にあるノートパソコンの画面には、俺が作ったパワーポイントの資料が表示されていて、それはそのまま、ホワイトボードにプロジェクターで投影されている。
「――こうして、ターゲットを特定の地域に絞り込むことにより、宅配業者の営業店へ直接荷物を持ち込めば、当日中に配送ができるようになります。肉類や魚類は足が早いので、保冷剤や氷などで対処する必要が生じますが、そこはご協力いただきたいと思います」
一通りの説明を終えて、俺が「質問はありますか?」と聞くと、すぐに一人、手があがった。八百屋の風間さん――博史の親父さん――だ。
「正直、俺は反対だな。うちのような店はさ、お客さんが品物をじっくりその目で見て、納得のいったやつを買っていくわけじゃないか。実際どんなもんが送られてくるかわからんのに、買おうとするか? うちだけじゃない、肉や魚だってそうだろ」
――来た。落ち着け、俺。
「その通りだと思います。ですが、商品の質はどうか、大小はどうか、そういった不安を度外視してまで、買ってくれるお客様もいるんです」
「なんだって?」
俺が答える前に、和菓子屋の時子さんが「子育て家庭ね?」と代弁してくれた。「どういうことだ?」と聞いた風間さんに、時子さんは小さくため息をつく。
「ちょっと考えてみなさいよ。小さい子供を抱っこ紐で抱えて。野菜やら果物やら、重い物が入った袋をを両手に持って。それがどれだけ大変なことか。ベビーカーだって、狭い店内だと歩きにくいし、商店街自体、人がたくさん行き交うから危ないでしょう?」
説明が途切れたところを狙って、俺は時子さんに乗じた。
「このあたりに住んでいる人は、都心への急行電車が出ているにもかかわらず、不動産価格が比較的安いことから、子育て家庭がたくさんいるそうです。そういうお客様に、ニーズがあるとは思いませんか?」
「なるほどな」と風間さんは感心した様子で頷いた。第一関門クリアだ。
次に手を上げたのは、ラーメン屋店主の魚住さんだ。
「うちらみたいな、飲食店はどうするんだよ。関係のない話なんじゃねえのか?」
「ショップページのトップ画面に、飲食店の絵も描かれます。そこをクリックすると、お店紹介ページに移行する仕組みになっています」
陽菜子先輩が、俺の説明にあわせてプロトタイプのお店紹介ページを表示してくれた。
「このように、飲食店にも関心を持ってもらえるような仕組みにします。また、ネットショップで購入するとポイントがついて、そのポイントを使って、飲食店で利用できる割引クーポンを発行できるようにします。ポイントの負担については、ゲンさんと相談して、みんなに納得していただける形にするつもりです」
俺の説明に、「よく考えてるじゃねえか」と魚住さんは納得してくれた。
――よし、いい調子だ。
続いて手を上げたのは、クローバー薬局店長の橋本さんだ。
「青葉商店街全体のショップとして販売するんですよね? 在庫管理はどうするんですか?」
陽菜子先輩はすぐに在庫・価格管理用の画面を開いてくれた。
「こちらは在庫・価格管理を行う画面です。各お店に権限を設定し、自店の商品のみ在庫と価格の設定ができるようになっています。事前にネット販売分の商品を仕入れ、朝の段階で在庫・価格の設定をしていただきます。万が一欠品が生じたような時には、店頭販売分で調整をするか、在庫設定の変更をお願いします」
「なるほど。売上も店ごとに管理できますか?」
「売上管理の画面も作成します。未着手で画面をお見せできませんが、お店情報と商品情報をIDで紐づけることで、どのお店の売上になるかは明確になるので、ご安心ください」
「でしたら、問題ありません」と、橋本さんも好感触だ。
「他にありますか?」
俺がそう聞くと、「やってみたらいいんじゃないか?」という声が出て、みんなそれに同調し始めた。GOサインが出る、と期待がこみ上げたその時。
「わたしは反対ね」
そう強く言ったのは、時子さんだ。先ほど、俺のプランを肯定的に受け止めてくれている印象だっただけに、驚きを隠せなかった。
「ど、どうして――」
「どうしてって、こんな難しそうな内容、一朝一夕でできるようなものはないでしょう? 学校の勉強はどうするの。お店のお仕事だってあるでしょう。葉山さんも、今年は受験生でしょう? これじゃあ商店街のことだけにかかりっきりになりそうじゃない」
全く想定していなかった反対意見だった。返答に窮していると、陽菜子先輩が答えた。
「わたしのことでしたら、ご心配には及びません。常日頃の勉強から、行きたい大学へ行けるだけの学力は備わっていますので」
「でも優ちゃんは……」
「優也さんは、青葉商店街の皆さんのことを、『第二の親父』と仰っていました」
どよめきが起きた。ちょっと恥ずかしい。
「優也さんがそこまで仰るほどに、優也さんにとって、青葉商店街はとても大切な場所なのだと思います。勉強よりも、もっと大切なものがここにあるんです。どうか、青葉商店街の力になりたいという優也さんの気持ちを、見守ってあげてくださいませんか。喫茶店のお仕事は、わたしも頑張りますので」
陽菜子先輩はそう言って立ち上がり、深々と頭を下げた。
「頭を下げるのは、わたしの方よ。ありがとうね。わたしも、できる限り協力するから」
その時子さんの言葉が、GOサインとなった。みんなが拍手で俺のプランを歓迎してくれている。
「ありがとな」
陽菜子先輩にそう言うと、陽菜子先輩は俺に微笑を向けた。
「夫を支えるのは、妻の役目ですから」
以前なら腹立たしかった言葉が、今は心地よく感じられた。俺も陽菜子先輩を支えられるようになりたい――そんなことを考えていると、ゲンさんに頭をポンと叩かれた。
「おめえら、ノロケは外でやってくれな? 熱くて敵わねえよ」




