第三十六話 サンタさんは大切なものを奪っていきました。
「う……ん……」
俺の体が揺すられていた。うっすらと目を開けてみると、明かりがついている。夜遅くまでネットショップ運営の勉強をしていたものの、明かりをつけたまま寝てはいなかったはずなんだが。
「起きて下さい、優也さん」
眠気を忘れてガバッと身を起こしたのは、その声の主が陽菜子先輩だったからだ。次いで、有り得ないというか、馬鹿げた状況に目を疑う。陽菜子先輩がサンタ服で俺を起こしに来やがった。
「メリークリスマス! どうですか、優也さん! 似合ってますか?」
朝っぱらからサンタコスプレの感想を求められた俺の気持ちを、どうかお察しいただきたい。
「うん、そうだな。似合ってるな」
「本当ですか!? ドキドキしますか!?」
「ああ。陽菜子先輩の脳内が、心配で心配で、ドキドキしてる」
昨日の涙は、一体なんだったのやら。切り替えの早い人だ。
不貞腐れた陽菜子先輩を無視して、ジリリと鳴り始めた目覚まし時計の頭を叩き、ベッドを下りて体を伸ばす。そうして再度陽菜子先輩を見ると、ニヤニヤと笑っていた。
「なんだよ」
「優也さん、わたしのこと好きですか?」
朝っぱらから好きかどうかを聞かれた俺の気持ち以下省略。
「はいはい、好きですよー、好きですー」
「心がこもってません!」
しがみついて離れない陽菜子先輩を引きずりながら部屋を出ると、姉さんと鉢合わせになってしまった。
「優也が持ってたエロ本の中に、コスチュームプレイは無かったと思うんだけどなあ」
姉さんが目を見開いてそんなことを言った。こいつも朝から何を――。
「エロ本ですって……?」
殺気を感じた。もちろん、その発生源は陽菜子先輩である。
陽菜子先輩は俺から離れ、ドタドタと音を立てて再度俺の部屋に入った。大丈夫だ、問題ない。姉さんにエロ本が見つかってからというもの、工夫を凝らした場所に隠してある。
「もうねえよ。とっくに処分して――」
突然、陽菜子先輩がベッドを軽々とひっくり返した。ドキッとしたが、そこには何もないのだ。大丈夫、ばれるはずが――。
「これは……ベッドの底が二重になってますね」
――なにいいいぃぃ!?
完璧な細工をいとも簡単に見破られてしまい、慌てて陽菜子先輩の両脇に腕を通し、部屋の外に引きずり出そうと――してはみたものの、陽菜子先輩の剛力に敵うはずもなく、敢え無くベッドの底にはめられていた板を外され、バサバサと、俺の秘密が白日の下に晒された。
「優也さん」
振り返ってそう言った陽菜子先輩の背後に阿修羅が見えて、思わず正座をしてしまった。
「はい」
「今日、一緒に登校できますね」
「はい」
「では、学校に着きましたら、一緒に焼却炉へ行って燃やしましょう」
「え、別にゴミに出せば……」
「一緒に! 焼却炉へ行って、燃やしましょうね?」
陽菜子先輩の目の前で、他でもないこの俺が焼き払わなければ、ご納得いただけないご様子である。焼かねば、殺られる。そんな勢いだ。
抗う術もなく、がっくりとうなだれて「はい」と答えると、後ろから姉さんが言う。
「なんでもいいけど、わたしの部屋まで変な声が聞こえないようにしてよね?」
朝の作業を終えて、俺と姉さん、陽菜子先輩の三人で登校する。学校のアイドルが両隣にいるせいで視線が痛い……が、今の俺はそんなことを気にしていられるような余裕はない。
俺はエロ本計八冊を胸に抱えて歩いていた。もちろん、中身が見えないよう袋に入れてあるが、昨日の雪で路面が凍っていて滑りやすく、もし転んでエロ本を撒き散らそうものなら、俺は社会的に死んでしまう。
一歩一歩、足元に気をつけて歩いていると、後ろからドンっと叩かれた。次いで、「ようっ!」と挨拶してきたのは博史だ。
辛うじて踏ん張った俺は、陽菜子先輩と姉さんの間から抜け出し、「ちょっと来い」と博史をやや離れたところまで連れてきて、小声で言う。
「実は、今朝俺のエロ本の隠し場所がばれちまって……」
「ばれたって、麗奈さんに?」
「いや、陽菜子先輩に」
「はあ? どゆこと?」
「訳あって、昨日からうちに住んでるんだわ。陽菜子先輩」
「同棲してんの!?」
大声を出した博史に、「しーっ!」と言って、小声で話を続ける。
「それは後で説明する! 今はそれどころじゃねえんだよ、俺が抱えているこれが、エロ本計八冊だ」
「お前、勇気あるな。学校にそんなもん堂々と……」
「しょうがねえんだよ。このまま学校の焼却炉で焼くのを見届けるってきかねえんだ、陽菜子先輩」
博史は陽菜子先輩の方を見たが、視線はすぐに俺へと戻って来た。
「あれは……なんだ。ゲキオコってやつだな」
「だろ? 今転ぶ訳にはいかねえんだ、協力してくれ」
「……ちなみに俺が貸してたやつは?」
「すまん。どうしようもなかった」
博史はあたりをキョロキョロと見回して、「それだけ、なんとかしてくれ」と言ってきた。
「ここで!? 無理だろ絶対!」
「なんとかしてくれないと、俺、ここでお前を突き飛ばしちゃうかもしれない。貸してたやつ、お気に入りなんだよ」
「……少し口を開けるから、うまく引き抜いてくれ」
「了解」
陽菜子先輩の視線に注意しながら、何食わぬ顔をして、エロ本が見えるように袋の口を開く。博史はしばらく狙いを定め、「これだ!」と引き抜こうとしたその時。
「おはよう!」
元気よく挨拶をしてきたのは、長谷川である。博史がビクッと直立した。博史の標的のエロ本は、今なお袋の中にある。
「……おはよう」
博史が返した挨拶に諦念を感じて、俺はそっと袋の口を閉じた。
――男は、無力だ。




