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社長令嬢にとっつかまりまして。  作者: 雪村陽
第三章 青葉商店街の危機
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第三十五話 可能性があるのなら

 母さんはしばらく瞑目して、やがて椅子の背もたれに背中を預けると、力なく笑った。

「いいでしょう。二月末まで、ね?」

 姉さんと陽菜子先輩はほっとしたような笑顔を見せた。やれやれである。

 母さんは「ただし」と、真剣な表情で陽菜子先輩を見据えた。

「我が家の都合上、働かざる者食うべからず、が家訓になっているの。葉山さんは何か部活動をしているの?」

「いえ、生徒会の仕事がありますが、それほど忙しくは……」

「なら、時間があるときに仕事を手伝って頂戴。明日中に午後十六時以降から働けるスケジュールを紙に書いてね。いい?」

 陽菜子先輩は背筋を伸ばして、「はい!」と元気よく答えた。容赦のない母さんである。

 これで話は終わり、とばかりに母さんが立ち上がり、姉さんと俺もそれに続いたが、陽菜子先輩が俺を呼び止めた。

「あの、見ていただきたいものがあるんです」

 陽菜子先輩はキャリーバックからノートパソコンを取り出し、開いて電源を付けた。ブラウザを開いて何かのブックマークを押したかと思うと、画面に青葉商店街を俯瞰したような絵が表示された。

「これは?」

「わたしなりに青葉商店街のお力になれないかと、Webページを作っていたんです」

 どうやら、陽菜子先輩に『諦める』という文字は一度も脳裏に浮かんではいなかったようだ。脱帽である。

 陽菜子先輩は画面を操作しながら続ける。

「オープンソースのカートシステムをカスタマイズして、作ってみました。いまテスト用の商品しか登録をしていませんが、クリックをしたお店の商品が一覧で表示される仕組みで……こうしてカートに入れれば、商品を購入できます」

「つまり、ネットショップでうちの商店街の売上を伸ばせないか、と考えたわけだな?」

「はい。村上に、どうかと聞いてみましたところ、青葉商店街でネットショップを開くのは難しいでしょうと却下されましたが。ですが、なぜか先ほどの電話で、優也さんにこれを見せてあげて下さい、と言われまして」

 青葉商店街でネットショップを開くのは難しい、という村上さんの判断は正しい。ネットショップ運営のノウハウが全くないし、雑貨や菓子類など短期で劣化しないものなら扱えるだろうが、野菜や肉、魚など、生鮮食品はそうもいかない。さらには、配送は、医薬品は、帳票は、などの疑問が次々と頭に浮かんできて、とても手に負えるものではない。

「陽菜子先輩には悪いけど……村上さんの言う通り……」

 しゅんとする陽菜子先輩の隣で、俺は思考を止めていなかった。村上さんが意味もなく、これを俺に見せろと言うはずがないからだ。

 加えて、トップ画面であろう商店街の絵を見ていて違和感があった。広大なインターネットの世界で、ぽつんと、画面上に青葉商店街が浮かんでいることへの、妙な違和感。

――あ。

 思いついた『それ』に基づいて、頭の中で全体像を構築していく。同時に、電話の側にあるメモ帳を持ち出し、問題点を書き起こしていった。

 陽菜子先輩は俺が書いているメモ帳を覗きこみ、「どうしたんですか?」と聞いてきた。

「購入者を特定の地域の人だけにすることは可能か?」

「え? ええ、IDを登録する画面で、特定の地域に住む方だけ登録できるように設計すれば、問題ないです。購入の際、ID登録が必須となってしまいますが」

「それでいい」

 やってみる価値はある。ゲンさんのプランと並行して、チャレンジしてみたい。

 まずは、商店街のみんなを納得させることが課題になりそうだ。新しいことへの取り組みは、得てして反発を買う。それをどのようにして盛り返すか……いや、その前にゲンさんに相談だな。

「何か、思いついたんですか?」

 陽菜子先輩が不思議そうな顔をして俺を見ていることに気付く。博史や大沼ではないが、もう女神にしか見えない。

「ありがとな、陽菜子先輩。おかげで光明が見えてきたわ」

「でも、先ほど……」

「何も、インターネットだからって全国規模で考える必要はねぇんだよ」

 そう、青葉商店街でできる範囲にまでコンパクトにしてしまえばいい。そうすれば、生鮮食品も扱える可能性が出てくるし、人手や配送も何とかなるのではないか。

「どうされるつもりなのですか?」

 そう聞いた陽菜子先輩に、俺はニヤリと笑いかけた。

「地域密着型の、インターネットショッピングサービスだ」

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