第三十二話 バカタレ
立ち上がり、締め処理を終わらせて二階へと上がろうとすると、姉さんが帰って来た。
「ただいま……って、どうしたの?」
姉さんは泣いている母さんを見て、驚いた様子で言った。
「メシ作りながら話すわ。ちょっと、母さんは作れそうにないしな」
姉さんと二階へ行き、俺は野菜炒めを作りながらこれまでの顛末を姉さんにすべて――もちろん父さんの自殺のことは伏せて――話した。陽菜子先輩から聞いている話もあっただろうが、姉さんは椅子に座ったまま動くことなく、ずっとテーブルに視線を落とし、俺の話を聞き続けていた。
「……ってなわけで。俺、リーブスと戦うから。母さんのためにも。俺のためにも」
話し終えた頃には、食事の用意が出来上がっていた。姉さんはようやく動き出し、「いただきます」と手を合わせ、野菜炒めを一口食べた。次いで、クスッと笑う。
「かっこいいねえ。さっすが、おっとこーのこ!」
「茶化すなよ。で、姉さんは陽菜子先輩からどこまで聞いてたんだ?」
「優也と陽菜子が結ばれることで、あたしたち家族が救われるっていう話は聞いたよ。でも優也が決めることだし、『そう』としか返さなかったけど」
姉さんは満面の笑みで続ける。
「優也が戦うっていうなら、わたしは全力で応援するだけだよ! でも、一言だけ言わせてもらおうかなあ」
姉さんがニヤリとして俺を見てきた。
「……なんだよ?」
「あんまり、甘く見ないことだね」
「は? 相手はリーブスだぞ? 甘く見れるわけがねえだろ」
「そうじゃなくって……まあ、いいや。そういうことなら、こんなゆっくりしてていいの? 集会所に行くんでしょ?」
「……やべっ!」
時計の針は九時五分前。俺は急いで残りの野菜炒めとご飯を口の中へかきこみ、三階にある上着を持って外へ出た。走って集会所へ行けば、ちょうど九時ぐらいか。すでにみんな集まっているだろう。
集会所に着いてすぐにドアをバンッと開け、空いている席へどっかりと座った。腕組みをして周りを見て見ると、みんな呆気に取られている。
「お、おめえ……どういうつもりだぁ!?」
そう言ったゲンさんに、俺は鼻息を荒くして言い返す。
「どういうつもりだぁ!? はこっちのセリフですよ! みんな示し合わせたように俺と目線を合わせないでさ。どう考えたって芝居でしょうが!」
「うぐっ」とたじろいだゲンさん。
「どうせ俺が眠りこけてる間に、俺と陽菜子先輩の事、姉さんに聞いたんでしょ? 残念でした! 昨日、陽菜子先輩の親父さんに『売られた喧嘩は買う』って言ってきちまいましたから! もう後には退けません!」
「おめぇ……本物のバカだろ」
ゲンさんは頭を抱えてしまった。
みんな、多額の借金を抱えている俺たち家族のことを想って、俺を突き放してくれたのだろう。あの時は、葉山家にすがろうと少しでも考えてしまった自分に、心底腹が立った。
「バカでも何でもいいです。とにかく、決まっちまったことですから。で、どうするよ、ゲンさん。俺たち家族、このまま商店街が潰れちまったら、路頭に迷っちまいますよ?」
俺がそう言うと、高らかな笑い声が響いた。ラーメン屋店主の魚住さんだ。
「おいゲン! 生意気なガキを育てちまったもんだなぁ! こりゃあ、やるしかねえぞ? リーブスに一泡吹かせてやろうじゃねえか!」
「そうですね」と続いたのは、クローバー薬局店長の橋本さんだ。
「実はうち、リーブステーションに移転しないかって誘われていたんですけどね」
集会所にどよめきが起き、橋本さんは困り顔をして続ける。
「黙っていてすみません。本部に口外するなと言われていたものですから。少々出店料が高いので、本部も迷っているようなのですが、わたしから青葉商店街でやらせてほしいと伝えましょう。若い少年が体を張ったのですから、ここで怖気づいては、男が廃ります」
「言うじゃねえか!」と魚住さんがバンッと橋本さんの背中を叩き、集会所が笑いに包まれた。青葉商店街が一つになった――そんな気がする。
「今日はやめだ、やめ! 頭がこんがらがって、何も話せる気がしねぇよ! クリスマスが終わったら、また集めっから。解散だ、解散!」
そう投げやりに言ったゲンさんの目は赤かった。
出口へ向かうゲンさんが、俺とすれ違う時にゴンッとゲンコツを落とした。
「いってぇ!」
俺が頭を押さえると、ゲンさんは「ありがとよ、バカタレ」と言って、集会所を出て行った。




