第三十一話 証明
俺たちのような客商売をしている人間に祝日なんてものはない。祝日は外に出かける人が増えるというのに、お国が決めた通りに休んでいては、稼ぎ時をみすみす逃がすことになってしまう――が、今日は生憎の悪天候で、客足はまばらである。
「ううっ、さみい」
店内に客がいなくなって外に出てみると、ぶるっと身を震わせてしまうほどの寒さだった。それもそのはず、午前中に降っていた雨は、午後から雪へと変わり始めていた。天気予報では、夜から都心でも積もるほどの雪になるという話だ。
青葉商店街の様子は、明日のクリスマスイブに備え、すでにクリスマス一色である。店と店の上部を繋ぐようにして、様々な色の電飾が数メートル置きに配置され、街灯にはベルのついたリースが飾られている。商店街の中央には大きなクリスマスツリーがあって、その写真を撮るために商店街を訪れる人もいるようだ。
「ねえ優也、これ、数量限定で売ろうと思うんだけど! どう?」
母さんが嬉しそうにキッチンから出てきて、ブッシュドノエルを持ってきた。暇に飽かして、クリスマスケーキを作っていたらしい。
「別にいいけど、明日も今日みたいに暇とは限らないだろ?」
「朝早く起きて作るわよ」
「無理すんなっつーのに」
「一日ぐらい大丈夫よ! ねえ、食べてみてよ!」
一口食べてみると、笑いがこみ上げてきた。いや、母さんが作ったものだからもちろん美味しいのだが。
「なんでこんなモッチモチしてんだよ!」
「だって、ほら、『シスタードーナツ』でモッチモッチリングが売れてるって言うじゃない? それにあやかろうって思ったの」
「クリスマスケーキでやるこたあねぇだろ! お客さん食ったら、なんだこれってなるぞ!」
「じゃあ、モッチドノエルで売るわ」
「……ブッシュって意味知ってるか?」
「……薪?」
「つまり『クリスマスの薪』って意味な? 『クリスマスのモッチ』ってなんだよそれ」
「麗奈に飾り買ってきてもらわないと! 優也だとセンス無いんだもの」
「聞けよ」
輝夫さんとの一件は、どうやら記憶の彼方へと追いやったらしい。だが母さんには、今夜向き合ってもらわなければならない。輝夫さんに、そして一千万円を借りようとしたことに。
いつもより早く店を閉め、俺は母さんに「大事な話がある」と言ってテーブルセットの椅子に座ってもらった。何から話したものか。
「どうしたの?」
「んとな。金庫にしまっておいた金なんだけど。あれ、輝夫さんに返してきた」
「……え? どういうこと?」
驚きと共に怪訝な表情を見せた母さんに、俺はまず、リーブステーションの西東京店が来年二月末にオープンすることを話した。
「それは、あいつが来てた時に聞いたけど……」
「柳沢駅寄りのお客様はそっちに流れちまう。今、青葉商店街は崖っぷちなんだよ」
母さんは愕然とした。倒産した会社のことがフラッシュバックしたに違いなかった。
「あいつは……どこまでわたしたちを苦しめれば気が済むのよ!」
「別に、輝夫さんが決めたことじゃないだろ。リーブスとして、会社が決めたことだ」
「同じことよ! あいつは影で、苦しんでるわたしたちを見て嗤っているんだわ!」
「違う!」
母さんが唖然とした。思えば、父さんを亡くした母さんを気遣おうとするあまり、こうして俺の意見を真っ向からぶつけるのは初めてのような気がする。
「母さんが、輝夫さんから一千万借りようとした話、聞いたよ」
俺がそう続けると、母さんは苛立ちを見せ、額を押さえた。
「そうよ。それがどうかしたの?」
「輝夫さんは、父さんと母さんを追い詰めたかったわけじゃないだろ? どう会社を建て直せるのか、納得させられるなら話は別。そう母さんに伝えたはずだ」
「どうしようもなかったのよ! たくさんお金があるなら、貸してくれたって――」
「もし輝夫さんに一千万借りれたとして、本当に、会社を建て直せたのか?」
母さんの視線が、俺から逃げていった。そして、目に涙を浮かべた視線が戻ってくる。
「あの時はっ! 少しでも希望がほしかったの! 少しでも希望があればっ! あの人は……死のうとはしなかったのよ!」
――え?
母さんがハッとして、手のひらで口を押さえた。
「まさか……父さんは過労じゃなくて……自殺したのか?」
母さんが、目の前で泣き崩れた。そうか、だから母さんはここまで輝夫さんのことを。
そうであるなら、俺がこれから言うことは、母さんには酷な話だと思う。だがそれでも、言わなければならない。でないと、俺たち家族は前に進めない。そんな気がするから。
「そのまま、ただ聞いていてほしい。俺はそれでも、輝夫さんが間違っていたとは、どうしても思えないんだ。結局さ、母さんたちを救えるのは、母さんたち自身――輝夫さんは、そう言いたかったんじゃないかな。俺が三百万円を返したのは、葉山家に頼ろうとする気持ちと決別するためなんだ。あれがあると、どこかで俺は、葉山家を頼っちまう。でも、それじゃダメなんだ」
理不尽な憎悪から母さんを解放したい。そういう思いを込めて、俺は続けた。
「さっきも言ったけど、今青葉商店街は、父さんと母さん同様、崖っぷちに立たされてる。これから、できるかどうかはわからないけど、俺たちの……青葉商店街の力で逆境を乗り越えられるってことを、証明したいと思うんだ。見ていてほしい」




