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社長令嬢にとっつかまりまして。  作者: 雪村陽
第二章 戸塚高校文化祭
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第十七話 森田優也の受難①

 昇降口付近にある各団体のポスター掲示の中から、陽菜子先輩が描いたポスターを見つけ出し、思わず「いいねぇ」と呟いた。事前に確認済みではあるが、こうして他の団体のものと比較してみると、より一層際立って見える。

 はっぴを着た可愛い女の子がポスターの中央にいて、「さあ召し上がれ!」と言わんばかりに美味しそうな焼きそばへ手を伸ばしている。背景には、露店が立ち並ぶ夜のお祭りの風景と満天の星空が描かれていた。色彩は鮮やかで、きっと人の目を引くことだろう。

 文化祭当日の朝。学校の門の内側は、チョコバナナ店の団体がモンキーの着ぐるみを着ていたり、中華まん店の団体がチャイナ服を着ていたりと、仮装大賞ないしコスプレ大会の様相を見せている。

 門の外側は、すでに来場者でいっぱいだ。近くの中学校の団体、家族連れ、お年寄りと、幅広い年齢層が見られ、今か今かと門が開くのを待ち構えている。

 戸塚高校は、全国大会に出場している吹奏楽部を筆頭に、ダンス、演劇、合唱など、あらゆる文化系団体のレベルが高い。だからこそ、これだけの人数が集まるわけで、飲食部門に参加する団体は、その恩恵にあやかれるというわけだ。

 ところで、俺と一緒に宣伝活動をするために、長谷川もここに来ている。引っ込み思案の長谷川だが、クラスのみんなの積極性に感化され、「わたしもがんばりたい」と、苦手であるはずの宣伝活動を買って出てくれた。

「しかし、なんだってそんな離れたところにいるんだよ」

「だって……」

 意地悪く聞いてみたものの、俺のせいであることは自明だ。俺は自身の見た目をゲンさんに近づけるため、短髪のカツラをかぶり、太い眉と点々とした髭を描き、さらに服の中に綿をつめることでゲンさんのマッチョぶりを再現。つまり長谷川は、ゲンさんに扮している俺と一緒にいる事が恥ずかしいのである。

「まわりだって、みんな、あんなんだろ。気にするなよ」

「う、うん。でも、森田君は恥ずかしくないの?」

「ばっきゃろうおめえ、恥が怖くて商人やれるかよ」

 片眉を上げ、ゲンさんのセリフを真似た。笑いをとったつもりなのに、長谷川は感心した様子で「かっこいい!」と目を輝かせている。なんというか、すべってしまった気分だ。

 俺がゲンさんに扮した理由は、それなりにある。今年戸塚高校に入学した娘さんを持つゲンさんは、PTAの会長をしていて、保護者からの知名度が非常に高く、保護者のお客様の目を引くことができるのではないかと思ったからだ。

――ついに開門だ。戸塚高校の文化祭の幕開けである。

 怒涛の勢いで、人の波が押し寄せた。俺が高々とプラカードを上げて、全力でアピールをしようとしたその時。

「甘い! 甘いぞ森田ァ!」

「ぬぅ!?」

 後ろから聞こえた声に、ゲンさんの口調で驚いてみせて振り返ると、強烈な敗北感に襲われた。うねりのある金髪のカツラ、そして完璧なまでのベースメイク。メイド服を着て仁王立ちしているその男の娘は、大沼だった。

「その程度でアピールしようなどとは……片腹痛いわ!」

 そう言った大沼に、隣にいた女子がぼそぼそと耳打ちすると、「片腹痛いわね!」と言い直した。そこまでやるなら、言葉遣いも頑張っとけよ。

「あぁん? 格好だけで勝てると思ってんのか!?」

 負けじと俺も反論する。一方長谷川は、その場から逃げるようにビラを配り始めていた。

 突如、なぜか大沼は青ざめ、一歩下がる。そして、慌てて逃げていった。

――ふん、口ほどにもねえ。

 再びプラカードを掲げようとすると、正面からがっしりと頭を掴まれた。このマッチョな大男はまさか――。

 恐る恐る見上げてみると、本物のゲンさんがそこに居た。

「優也おめぇ……そりゃ誰の真似事だぁ? あぁん!?」

 掴まれていた頭が離されると同時に、俺の脳天へゲンコツが飛んできた。

「いってぇ! ゲンさんが、恥を恐れるなって言ったんだろ!?」

「恥をかかせていいと言った覚えはねぇ!」

 再びゲンコツ。その上、コブラツイストをかけられた。苦痛に悶えながらもあたりを見回すと、「親子かしら」、「仲いいわねえ」とほのぼのとした会話が交わされ、注目を集めている。

「チャンスだ、長谷川! ……いだだだだだ!」

「チャンスだ、じゃねえ! 反省してんのかコラァ!」

 長谷川は足を止めている人へ必死にビラを配り始めた。受け取った人たちは、興味深そうにビラを見ている。

――計算……通り……だぜ!

 そんなわけがなく。ようやくゲンさんに解放されたころには、その場にバッタリと倒れ、しばらく動くことができなかった。


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