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社長令嬢にとっつかまりまして。  作者: 雪村陽
第二章 戸塚高校文化祭
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第十六話 お祭りの日の夜

「これはどういうことだ森田ァ! ……うぉ!?」

 文化祭前日の太陽が沈みかかった頃、偵察に来たであろう大沼が怒鳴り込んできた。しかし、その勢いはすぐに萎んで、唖然として教室内を見渡している。

 教室内の文化祭当日に向けての準備は、ほぼ終了していた。

 教室の黒板側半分を柔道の授業の時に使う畳で覆い、その上に丸テーブル四台と座布団を設置。和風な雰囲気を印象付けるとともに、家族連れの子供が寝ていた場合に横たわらせて、ゆっくりと食事ができるようにすることが狙いである。入り口には、後程二人分が通れるスペースを確保して仕切りを設け、食べている人が来店者のことを気にしなくてもいいように配慮するつもりだ。

 残りの半分は、椅子に座って食べたい人のために、同じ高さの机を四つ突き合わせてテーブルセットを作り、木目調のテーブルクロスを掛けた。また、並んで待つことを諦めたお客様をできるだけ逃がさないよう、大沼が入って来たところとは反対側の入口前にお持ち帰り用ブースを設置。その隣に、コンセントに繋いだホットプレートを設置している。

 教室の周囲は暗幕で覆い、天井は黒の模造紙を隙間なく張りつけて暗くした。そうして、暗幕の中央からやや上の方に、商店街から借りた提灯をロープで並べて吊るす。これだけでは足下が覚束無いため、各テーブルの中央に、下向きのライトを設置してある。

 教室の中央には、天井に星空を映し出すプラネタリウムを設置した。提灯の明かりで端のほうの星空はやや霞んでしまうが、許容範囲だろう。

 そして当日は、祭囃子をCDプレーヤーで流す。我らがテーマは『お祭りの日の夜』だ。

「どういうことだって、何が?」

 大沼はハッと我に返り、俺を指さして言う。

「こ、ここは一年生の教室じゃないか! 貴様の教室へいったら、一年生ばかりで……大恥かいたぞ!」

 今みたいな勢いで教室に入ったのだろうか。想像して噴き出しそうになったが、これ以上うるさくされるのも御免なので、平静を装っておく。

「他クラスと交渉していたのは、あんたのところだけじゃないってことだよ」

「……教室を交換したというのか!? なぜそんなことを!?」

 俺は教室の窓際、向かって左奥を指さした。そこには、教室を囲う暗幕とは別に、もう一枚暗幕を使って、空間を設けてある。

「あそこから、屋台で調理した焼きそばを保温性の高いボックスに入れて運び込むためだよ。二年生の教室は三階にあるからな。階段を上って人混みの中運び込むのはきつい。一階にある一年生の教室を使わせてもらって、窓から持ち込むってわけさ」

 つまり暗幕の空間は、焼きそばを運び込んだ時、光が漏れないようにする仕掛けである。

「なぜ交換できた!? 二年の教室が並ぶ中に一年が入り込むなど、普通は渋るだろう!」

 大沼の指摘はもっともだ。だが、それは条件次第で覆る。

「こっちからメリットを提示した」

「メリットだと?」

「交換した一年生のクラスの出し物は、お化け屋敷だ。お化け屋敷をつくるのに面倒なのって、何だと思う」

「それは、段ボールなどの資材の調達……あ!」

 そう、俺たちは、お化け屋敷に必要な段ボールと机をすべて、三階の教室に運び込むことを約束して、一年生の首を縦に振らせた。

 段ボールは青葉商店街にたくさんあり、リヤカーで学校まで運んだ。机に関しては、俺のクラスの出し物で使わない机をそのまま提供すれば十分だった。

 一年生のクラスの中には、戸塚高校の文化祭がいかなるものか、よくわかっていないクラスもあって、エンターテイメント部門に参加する場合がある。そういうクラスのほとんどは、あまり積極的に文化祭に取り組もうとしていない。文化祭準備の労力が軽減されるメリットを提示すれば、きっと受け入れてくれると踏んでいた。

「だが、あれは何だ!」大沼は矛先をホットプレートへ向けた。「教室内の調理は禁止だ! 不正だろう!」

「調理用じゃねえよ、あれは保温用だ」

 サラダ油を塗ったアルミホイルをホットプレートに敷き、焼きそばをその上にのせることで、保温することが目的だ。だが大沼は「それも調理の範囲だろう!」と譲らない。

 きちんと監査役を通して許可をもらっているし、そんなことを言われる筋合いはないのだが、問題にされては面倒だ。ここは頼りになるあいつを呼ぶことにする。

「小田切、すまん、ちょっと来てくれないか」

 暗幕の位置を調整していた小田切が、「話は聞いていたよ」とこちらに歩いてきた。やったれ、弁護士の卵。

「大沼先輩、まず調理の定義を言ってもらえませんか」

「え? それは、材料を加工して、客が食べる状態に――」

「そう! お客様が食べる状態にすることです!」

 小田切は大沼の言葉を拾って、それを強調し、続ける。

「焼きそばは、お客様が食べる状態でホットプレートにのせられる。つまり、調理が完了しているものをのせるのですよ。それがどうして調理の範囲になるんですか」

「し、しかし、ホットプレートを教室内に持ち込むなど前例が――」

「確かにホットプレートが教室内に持ち込まれた前例はありません。しかし、保温器をレンタルして持ち込まれた例はあります。あなたのところだって、出来上がっているホットケーキを温めるためのオーブンレンジを持ち込むそうじゃないですか。それと何が違うっていうんです? 蓋がない、とか言いませんよね?」

 小田切はアルミホイルで作った蓋をホットプレートに被せてみせた。大沼は体を震わせ、反論を考えているようだが、すぐには出てこなさそうだ。

 数秒経って、小田切はため息をついて言う。

「これ以上何か? もし準備が遅れて明日の営業に支障がでた場合、今度はこちらがあなたのことを文化祭実行委員会に報告して問題にしますので、そのつもりで」

 大沼は「くそう!」と諦めたようで、俺に視線を戻す。

「ここは引き下がってやる。だが、勝つのは俺だ!」

 教室を出て行く大沼を見送って、俺と小田切はハイタッチを交わした。

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