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社長令嬢にとっつかまりまして。  作者: 雪村陽
第二章 戸塚高校文化祭
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第十一話 球と球

 無事クラスの出し物が決まったその日の帰り道。隠れるつもりがあるのかないのか、あまりにも露骨に俺の後をつけてくる人物がいた。いわずもがな、陽菜子先輩である。

 バッと後ろを振り向くと、「キャッ!」っと電柱の影に隠れ、そのまま様子を伺えば、にょきっと顔を出し、俺と目線が合うと、慌てて頭を引っ込める。

――ちゃんとスカートの裾も引っ込めろよ。

 小さくため息をついて、憩いの土手へと続く曲がり角の影で待ち伏せてみる。すると、慌てて追ってきた陽菜子先輩が、俺の目の前で硬直した。

「なにしてんだよ」

「えっと……その……」

「村上さんは? いつも迎えに来るんじゃないのか?」

「今日は歩いて帰りますと伝えました……」

 俺は悲しげに俯いた陽菜子先輩に背を向けて歩き出した。ついてくる陽菜子先輩の気配は常に等距離に感じて、俺に近づく様子はない。有難いことだが、どうも調子が狂う。

 土手に着いて、足を投げ出して草の上に座り、親指で隣を指した。

「どうしたんだよ、急に。輝夫さんが店に来てから、なんか変だぞ?」

 陽菜子先輩は俺から一メートル離れたところで、膝を抱えて座った。

「……お母様がお亡くなりになってから、お父様は変わってしまいました」

 陽菜子先輩は、風に煽られて舞った髪をそっと抑えて、虚空を見つめた。儚げで憂いに満ちた表情に、俺は吸い寄せられそうに――って何考えているんだか。

「変わったって、どんな風に」

「以前、お父様はとても厳格な方でしたが、わたしのことを第一に考えてくださいました。そのことに深い愛情を感じていましたが、今は……あそこまで聞いてしまったら、優也さんならわかるでしょう?」

 俺は沈黙で答えた。

 奥さんを亡くした輝夫さんは、もう子を授かることができない。再婚という選択肢もあるだろうが、雑誌のインタビューなどで「最愛の妻」と惚気ていた輝夫さんがそれを選択するとは思えない。自然と、実の娘である陽菜子先輩に、葉山輝夫の後継者誕生の期待が寄せられたというわけだ。

 輝夫さんが陽菜子先輩に向けていた笑顔には、ぞっとした。あれは商売人の笑顔だ。好意を持ってもらうための笑顔と言えばわかりやすいだろうか。実の娘を見て、自然と出てくる笑顔ではなかった。

「口を開けば、結婚の話や跡継ぎの話ばかりで……本当にすみません。お父様のこと、嫌いになってしまいましたか?」

「正直、気に入らないとは思ったよ」

 そう答えると、陽菜子先輩は両膝に顔をうずめた。どんなに人が変わってしまったとしても親子は親子、そういうことなんだろう。父親を嫌われて、悲しくないわけがない。

「球と球」

 俺がそう言うと、陽菜子先輩は顔を上げて、「え?」とこちらを向いた。

「人と人ってのは、球と球みたいなもんだと思うんだよな。どんなにお互いを知ろうとしても、触れることができるのは一点だけなんじゃないかなって。よく『お前の事ならなんでもわかる』なんて言うやつがいるけどさ、そんなのは、ただの思い込みだ。親子にしろ、友達にしろ、恋人にしろ」

 言いたいことがわからないという様子で俺の顔を覗きこむ陽菜子先輩に、俺は軽く微笑みかけて続けた。

「今日、輝夫さんと俺は、一点において触れたわけだけど。少し球を転がしてみれば、ちがう点が触れて、いい人だって思えるかもしれない。昨日の一件だけで輝夫さんのすべてを判断するほど、俺は馬鹿じゃない」

「……でもそれでは、いつ好きになるか、いつ嫌いになるか、わからないじゃないですか」

 陽菜子先輩は不満そうに言ったが、実際そうなのだから仕方ない。

 一生懸命働き、褒められていた人が、体を休めようとさぼったところを一度だけ見られ、「あいつ実は怠け者だ」と評される。大人気だった女性アイドルが、ある男との密会をスクープされ、ファンからそっぽを向かれる。人の心というやつは、実に頼りない。

「人間関係なんてそんなもんだろ。でも、輝夫さんがリーブスの社員から信頼を得ているのは事実だろ? どこの経済誌でも褒めちぎってる。それだけのカリスマ性があるんだ。すげえ人であることに変わりはねえよ」

――多少、元気になってくれればいいんだが。

 直後、後悔することになる。陽菜子先輩の表情がパアッと明るくなり、次いで俺の右腕にしがみついてきた。

「やっぱり、優也さんは理想の旦那様です!」

「おい! 離れろ! 離れろって……いだだだだだ!」

 逃げようとする俺に、陽菜子先輩は関節を極めてきた。デフォルトであの馬鹿力なわけで、その上関節を極められた痛みといったら、尋常ではない。

「逃げなければいいじゃないですか!」

「そいつは無理な相談だ! だだだ、いだい! 痛いって!」

 そのまま俺は、涙目で葉山家の屋敷まで陽菜子先輩を送る羽目になった。

――魔王を目覚めさせただけじゃねぇか。

 もう二度と心配してやるものかと心に誓って、陽菜子先輩と別れると、俺は気持ちを文化祭へと切り替えた。


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