第十話 文化祭の出し物
「てなわけで、文化祭に参加させてもらうことになった。サンキューな」
俺がそう言うと、博史が「この幸せ者が!」と冷やかした。クラス内は笑いに包まれ、文化祭に向けた第二回クラス会は、和やかな雰囲気の中で始まった。
「一応確認なんだが、飲食部門で参加ってことでいいか?」
俺の問いに、みんなはうんうんと頷く。
クラスとして一位を狙うのならば、やはり飲食部門だ。エンターテイメント部門では、毎日練習を重ねているダンス部や吹奏楽部などに勝てるわけがない。
「よし。じゃあまず何をやりたいか、みんなの意見を聞かせてほしい」
俺は続けて聞いたが、みんなは周りの様子を伺ったり、頬杖をついて考え込んだりするだけで、意見を出してくれない。
文化祭の賞品の話を聞いて盛り上がっていたことを考えれば、一位を獲りたいという気持ちはみんな同じだろう。だが、もし提案した出し物が良くない結果となってしまったら――そんなマイナス思考が、こちらに目を合わせまいとするみんなの様子から垣間見える。
「みんな、難しく考えずに積極的に意見を出してくれ。絶対に一位になれっから。責任はすべて俺がとる」
ならばこうやって、不安を取り除いてあげるしかない。一位になれなかったらどうするのかって? そんなことは知らん。
間もなくして手があがりはじめ、三つの提案が出された。
一つ目は、駅前にある『スープデイズ』を模したスープ店。スタイリッシュな店内と彩鮮やかなスープが、若い女性のハートを掴んだようで、繁盛しているらしい。
二つ目は流行のメイド喫茶。メイド服の見た目の楽しさや、ご主人様、お嬢様感覚を味わえる付加価値で、食事を高価格に設定できるのは悪くない。
三つ目はお祭り風に飾り付けをした屋台。校庭には野外パフォーマンス用の舞台があって、それを囲うように屋台が並べられる。校庭には多くの人たちが集まることから、安定した売り上げが見込めるだろう。
他に手が上がる様子はなく、いったんこの三つの提案を吟味してみることとなった。
まず、俺の中で一番よろしくない『メイド喫茶』について言及する。
「悪いが、メイド喫茶はやめておいた方がいいと思う」
「えー、なんでだよ」
これを提案した博史は口を尖らせて俺を見ている。博史には申し訳ないとは思うが、みんなの意見を聞く前に、否定的な意見を俺から提示したことには、それなりの理由がある。
「里香、新聞部の文化祭でまとめた過去の資料、調べてくれたか?」
「もっちろん!」
「去年、メイド喫茶あるいはそれに近い出店、いくつあった?」
里香には、出店するにあたって参考になりそうな新聞部の情報――過去にどんな出店があったか、客数はどうかなど――を調べてもらっていた。失敗につながるリスクを回避するには、過去の情報の分析が重要だ。その点、新聞部である里香がこのクラスにいるのは心強い。
「えっと……メイド喫茶が三店舗、西洋喫茶が一店舗、男女逆転執事メイド喫茶が一店舗だね。過去のを見ても、三、四店舗はこれ系が確実に出店してるねぇ」
里香の調査結果に、俺はこう結論付けた。
「つまり、もうメイド喫茶ってやつに新鮮味はないんだよ。それに、これだけ多いとお客様を取り合うことになるだろ」
「うちのクラス、かわいい子多いじゃん! 負けねえって!」
博史が意外にも粘ってきた。面倒だが、メイドラブの博史に追加情報を出す。
「里香、もう一つ。家族連れのお客様、去年どのくらいきてた?」
「え? そんな情報あったかなあ」
「あるはずだ。去年『家族連れの来場者も多く見られた』って記事があったからな」
里香の所属する新聞部は、憶測でモノを書かない。きちんとしたデータや物証をもとに記事を書いている。どこぞのメディアも見習ってほしいと思うほどだ。
「うーん……と……あ、あったあった! 合計人数、約千五百人! そのうち、ご家族とみられる来場者が三十八パーセントだって!」
どよめきが起きた。戸塚高校の全生徒・教師数は約九百名だが、それをはるかに上回る人数が外部から来ていて、そのうちの約四割が家族連れなのだ。
この町の特徴として、不動産の価格があまり高くなく、かつ閑静であることから、子育て世代が生活するのに適しているのだろう。これなら、博史も納得せざるを得ないはずだ。
「子連れのお客様は積極的にメイド喫茶へ入ろうとはしないだろ。もっと幅広い年齢層の人が来てくれるスタイルにした方がいいんじゃないか?」
「くそお! 長谷川のメイド服姿見たかったのに……」
博史は机に突っ伏した。姉さんと陽菜子先輩のファンのくせに、節操のない奴だ。
長谷川を見ると、顔を真っ赤にして縮こまっている。かわいそうに。
「おい、ちょっとは慎めよ」
博史にそう注意すると、「彼女の可愛い姿を見たいんだもんよ」と開き直った。
笑いに包まれていたクラス内が、しんと静まり返る。
「え!? どういうこと!?」
里香が勢いよく立ち上がり、喜々として博史に聞いた。
「聞いて驚け。長谷川は昨日から、俺の女だ!」
黄色い声が響き渡り、クラスは無秩序と化す。脱線するのはよろしくないが、これは気になる。オニセンも身を乗り出して興味津々だし、まあいいか。
「どっちから!? どっちから告白したの!?」
里香が興奮して聞いて、博史は口元を緩め、誇らしげに瞑目した。なんか腹立つ。
「えっと……あの……わたしから……」
長谷川が答えて、「嘘ぉ!?」と幻の珍獣を見るかのような視線が長谷川に注がれた。
「どこが!? 博史のどこが良かったの!?」
まるで博史には何も良い所がないと言わんばかりの質問である。あるじゃん、ほら、上腕二頭筋とか、大胸筋とか。
長谷川は耳まで真っ赤になり、もじもじと答えた。
「ずっと、いいなって、思ってて……それで、あの、昨日森田君に、言ってた言葉が、かっこいいなって、それで……ううっ!」
長谷川は両手で顔を覆った。聞いているこっちが恥ずかしくなるっての。
閑話休題、みんなを落ち着けてクラス会を再開する。
残るはスープ店とお祭り風屋台だ。
この二つの提案は、俺はどっちも悪くないと思っている。というのも、出し物においてどうしてもクリアしておきたい条件、『屋外・屋内両方で十分な魅力を発揮できる品であること』を満たしているからだ。
例えば、ぬいぐるみ喫茶というものを他クラスでやるらしいが、こういうのはそもそも屋外を想定していないし、フランクフルト店やチョコバナナ店などのシンプルすぎる品は、教室内で販売するメリットを大きく損なってしまう。
なぜ屋内と屋外の両方で販売をしたいのか。
第一に、販売機会を増やせる。出店できる場所は、人手や場所が許す範囲で多ければ多いほどいい。
第二に、悪天候に対応できる。急な雨が降って来た場合など、屋外だけでは販売自体ができなくなってしまう。
第三に、屋外で食べたいお客様と屋内で食べたいお客様の両方を呼び込める。学生ならば、適当なところで座ったり、食べ歩いたりしたいだろう。しかし子連れの場合は、教育上よろしくないし、子供に振り回されて疲れた親は、食事の時ぐらい室内でゆっくりしたいという気持ちもあるはずだ。
以上の理由から、「エンターテイメント部門で出るんでしょ? うちのクラス屋台だから教室使っていいよ!」とか言うやつには、「やる気あるの? それともアホなの?」と説教してやりたい。
教室内で調理をしていいのか? と突っ込みを入れられそうだが、もちろん不可だ。デザートならいいだろうが、火を使うような調理は原則禁止である。しかし、それならそれで、やり様はある。
そんなこんなを考えていると、「わたしはお祭り風屋台がいいな!」という声がした。見ると、短髪でボーイッシュな見た目が印象的な、女子柔道部の遠藤だった。
「うちのクラス、体育会系多いじゃない? イメージ的にぴったりだと思うんだけど! ほら、はっぴとか着ちゃってさ!」
博史が「いいねぇ!」と続いた。
「はっぴなら、うちの商店街の祭りに使うときのやつ借りれるし! 多分提灯とかの飾りも借りれるんじゃね!?」
教室内が盛り上がってきた。いいアイディアだと思うが、スープ店派の意見もきちんと聞きたいところだ。
「小田切はどう思う?」
一緒に盛り上がることなく、おとなしく控えていた小田切に聞いた。小田切は三度の飯より勉強が好きなのかというぐらい、休み時間でさえ勉強に集中しているインテリ風の男だ。将来弁護士を目指しているそうな。
「僕はスープデイズが好きだから、そっちやってみたいかな」
スープ店の提案者である藤堂が反応した。
「あ、うれしい! 小田切君もあそこ好きなんだ! わたしも友達とよく行くんだぁ!」
藤堂は陸上部で姉さんの後輩である。姉さんと仲が良く、影響を受けているのか、姉さん同様明るい元気娘だ。
小田切が顔を赤くして、藤堂から顔を背けている。なにこれ、また恋のはじまりなの? そろそろ黒板にツメたててギギギギーってやっちゃうよ?
……冗談はさておき、スープ店派の問題点が浮き彫りになった。
「小田切、藤堂、今の話聞いてるとさ、スープデイズと同レベルのスープを出したいっていう印象なんだけど、そういうこと?」
「うん」
藤堂が答えた。そうであるなら、スープ店は厳しい。
「数種類のスープを作るとなったら、それだけ多くの食材が必要になる。中には高くつくものも出てくるだろうし、コストの見積もりが難しい。それに、俺も『スープデイズ』には行ったことがあるけど、あれだけ濃厚なスープだと、しっかり煮込んで、野菜や魚介類などの旨みを引き出しているんじゃないかな。当日の調理時間が、少々心もとない」
教室の内装をスープデイズに近いものにして、中華スープなど、シンプルなものを三種類程度にするぐらいであれば、なんとかなる気はするが。
「前日に作って、スープジャーに入れていくとかは?」
小田切が言って、俺は首を横に振った。
「時間が経てば経つほど、味が変わってくる。下手すると、バランスが悪くなって不味いなんてことにもなりかねない。それに――」
そう、スープデイズのような本格的なスープ店ができない、決定的な理由。
「調理が複雑になればなるほど、調理者の腕によって味に大きな差が出る。不味かったり美味しかったりするスープ店なんて、入りたくないだろ?」
二人とも「あぁ」と言って、納得してくれた様子だ。仮に調理の上手な人に頼んだとしても、調理が複雑であれば失敗するリスクが高いし、その人だけに調理の負担を押し付けることになりかねない。みんな楽しむべき文化祭で、それはNGだろう。
調理をするのは、プロじゃない。あくまで学生だ。シンプルな調理で、かつ、どこまで付加価値をつけられるか。飲食部門でトップになるための鍵の一つが、恐らくここにある。
――時間も押してることだし、そろそろ決を採りたいな。
「うちのクラスの出し物は、『お祭り風屋台』でいきたいと思う。どうだろう」
俺はそう聞いたが、盛り上がっていた連中も含め、みんな考え込んでしまった。
客商売をやっていると、よくある現象だ。いざ買おうという段階になると、本当にこれでいいのか、もっといい選択があるんじゃないかと、不安になって一歩下がってしまう。
そんなお客様にはどう対応するか。ゲンさんの教えでは、『五感に働きかけろ』だ。
例えば、奥さんの誕生日プレゼントのために、ピアスを探している旦那さん。気に入ったものが二つあって、どっちにすればいいか悩んでいると仮定して。店員は、ピアスを自分の耳につけて、実際につけた時のイメージをさせる。つまり、視覚に働きかける。
例えば、今晩のおかずにコロッケかメンチカツで迷っている主婦さん。店員は、試食用のそれらをつまようじに刺して渡す。つまり、味覚に働きかける。
じゃあ、今まさに悩んでいるクラスのみんなに対して、どう働きかけるか。
俺は「お祭りって、俺大好きでさ」と切り出した。
「一昨年の夏、商店街のお祭りのために店を早く閉めて、受験勉強をしてた時のことなんだけど。遠くのほうから太鼓の音や笛の音が聞こえてきて。なんかテンションあがっちゃって、勉強放ったらかしにして外に出たんだ」
みんな聞き耳を立ててくれている。感触は良さそうだ。
「そうしたら、たこ焼きやら焼きとうもろこしやらの香りがふわっと広がってて、俺の食欲をそそるんだ。もう飯は食べたあとだってのに、腹が鳴ってさ」
「わかる!」
遠藤がのってきてくれた。俺は密かに、ぐっとこぶしを握りしめる。
「お、わかる?」
「うんうん、あの焼けた香りは反則だよね! お腹を空かせる魔力があるみたい!」
他にも同調者が現れはじめて、場が再び盛り上がってきた。「わたしたち一緒に回ったよねー」とか、「今川焼美味しかったよね!」とか、思い思いに会話を始めている。
「あの雰囲気を作って屋台をやれば……おもしろいと思わねぇ?」
みんな「やろう!」とやる気になってくれた。スープ派の連中も納得している様子だ。
俺は黒板に書かれた『お祭り風屋台』に大きくマルをして、クラス会の解散を告げた。




