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社長令嬢にとっつかまりまして。  作者: 雪村陽
第一章 貧困息子と裕福令嬢
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第一話 それはそれは突然に。

ゆるりと、のんびりと執筆していきます。

 芝の緑で覆われた土手に、大の字で寝転んだ。視界にあるのは空の青だけ。時折顔を撫でていく秋風がとても心地いい。俺はここが大好きだ。

 家業の手伝いがあって、一緒に帰る友達がいない帰宅部の俺は、学校の帰りにここで日向ぼっこをしていくことが日課になっていた。退屈な学校の授業や慌ただしい家業手伝いから解放されるこの至福のひと時は、もやもやとしたストレスをすうっと浄化し、体をふわりと軽くしてくれる。ただなんとなく寝転がってみたことがきっかけだが、俺にとって世紀の大発見といっても過言ではない。

 ずずっと鼻をすすって、ポケットからティッシュを取り出し、垂れてきた鼻水を拭いた。

「……ちょっと、風邪ひいたかな。そろそろ帰らねえと」

 体を起こし、足元を流れる川の向こうにある豪勢な屋敷を眺めた。俺の家を三十件ぐらい優に収容できそうな土地に立っているそれは、株式会社リーブスの社長、葉山輝夫の自宅だ。リーブスは巨大なショッピングモールを北日本を中心に展開し、全国で売上高十五位、小売業のカテゴリで言えばナンバーワンの売り上げを誇る。

 ちなみに、その娘の葉山陽菜子は、俺の通っている戸塚高校の三年生。俺は二年生で学年が違い、話したことは無いし、話そうとも思わないが、俺のクラスやつがわざわざ三年生の教室まで行ってご尊顔を拝みに行くほどの美貌を持っている。

 今日は、あの屋敷でパーティーが開かれるそうだ。葉山陽菜子十八歳の誕生日記念パーティー。財閥やらなんやらの御曹司が招かれ、婚約者を決めるかもしれないとか。学校では、その噂で持ちきりだった。どうでもいいだろうに。親しいわけじゃあるまいし。

 そう思って、葉山陽菜子という人物は、本当にかわいそうだなと思う。よく知りもしない連中と付き合わせられ、親に勝手に婚約者を決められ、学校では話題の種にされ……ああ、嫌だ嫌だ、そんな人生。たとえ生まれ変わったとしても、俺は御免だね。

 もうお気づきかもしれないが、俺は金持ちが嫌いだ。

 葉山家の屋敷が見えるこの土手は、貧乏家庭で育った所以の嫉妬――他にも金持ちが嫌いな理由はいくつかあるけれど――を解消するのに絶好の場所だった。金持ちの煩わしい生活を想像するという、何とも情けない方法ではあるが、俺がこの場所が好きな理由は、そんなところにもある。

――金がなくても、自由があるんだ。お前らと違って。羨ましいか? ざまあみろ。

 そう心の中で毒づいて、ううんと背伸びをした。

 土手を登ろうしてと見上げてみると、遠くに人影が見えた。それは次第に近づき、つい身をかがめてしまう。シルクのように滑らかな長い黒髪に金の髪飾りを挿し、華麗な赤いドレス姿で歩いてくるその女性は――。

「葉山陽菜子? なんでこんなところに……」

 呟いて、葉山の様子が少しおかしいことに気付く。黒く大きな瞳は地に向けられ、白く整った顔は影を落としている。パーティーで何かあったのか?

 葉山は俺に気付くことなく、そのまま通り過ぎた。まあ、関係ないかと、身を起こして帰ろうとしたその時だ。

「――おいっ!」

 猛スピードで葉山を目がけて走る車を見つけ、俺は思わず叫んで走り出した。車は葉山の向かい側から来ているというのに、葉山は物思いに耽っているのか、まるで気づいちゃいない。車はスピードを落とすことなく、葉山へと向かっていく。

――余裕だ! 間に合う!

 体当たりさながらに、葉山へ飛びかかる。倒れた時に頭を打たないよう、葉山の後頭部に手を添え、道路の向こうにある叢へ背中からドスンと倒れた。

「げほっ! ごほっ! ってぇ……」

 咳込むと同時に、車は走り去っていく。ブレーキはかけちゃいないだろう。間一髪だ。

 苦痛に閉じていた目を開くと、その先に葉山の顔があった。キョトンとした顔で、俺をじっと見ている。長い黒髪が俺の顔に触れていて、くすぐったい。

「えっと、大丈夫です? 怪我は?」

 正気に戻してやろうと声をかけると、葉山の透き通るような頬が赤く染まった。

「うん、俺もこの格好だと、ちょっと恥ずかしいんで、どいてもらえますかね」

 というか、背中がヒリヒリして、それと石がごつごつ尻に当たって痛いから、さっさとどいてほしい。だが葉山は頬を紅潮させたまま、退く気配がない。

「あの、葉山先輩? 聞いてます? え……えっ、ちょ!?」

 もがいて逃げようとするが、体が痛むわ、葉山が腹に乗っかってるわで動けない。どうして逃げるのかって、それは葉山の顔が近づいてきたからだ。

 あろうことか、葉山は目を閉じた。淡いピンクのグロスで濡れた唇は、俺の唇を目がけて一直線に近づいてくる。

「ちょ、まっ、なっ!」

 中途半端に口を開いたのがいけなかった。絶妙な感じで、葉山の唇と俺の唇が重なる。葉山はチャンスとばかりに俺の口に吸いついてきた。

「ん~~! ん~~~!」

――なんなんだこのお嬢様! ……ん?

 さらなる悲劇に気付く。息ができない。鼻が詰まって。

「ん~~~~~!」

 マジで助けて。葉山の唇はタコのように吸い付いて離れてくれない。腕でどかそうにも、なぜか葉山の両腕にがっしりとおさえられていてどうにもならない。このくそお嬢様、体術でも仕込まれているのか、動けねぇ。

――え? 死ぬの? 俺こんなんで死ぬの?

 次第に意識が遠くなる。

 森田優也十七歳。女の子のキスでこの世を去った。


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