ダンジョン攻略、その三
ダンジョン第十五階層:「樋嘴の間」
「良し、やったか!?」
「いや、駄目だ!少し遅かったのか?」
「クケケケ、ケケケケケ」
悪戦苦闘する「シン」のメンバーをあざ笑うかのような鳴き声で魔物が鳴く。
ガーゴイル。翼を持つ十匹の魔物が十五階層を自由自在に飛び回る。
「おりゃ!」
素早い動きでトニーがガーゴイルを縦に一刀両断する。真っ二つとなったガーゴイル。通常ならば致命傷だ。だが……。
「ケケケ、ケケケケケ」
不気味な笑い声と共に、二つに割れたガーゴイルが元に戻った。
「トニー!先走るな!」
「……すまん」
最初にこの階層についた時、そこにいた魔物を見てプライ達は首を傾げた。
(何故、ここでガーゴイル?)
ガーゴイルの戦闘力は確かに高い。しかし、「シン」のメンバーならば、一人でも十分に戦える相手だ。ガーゴイル十匹の強さを合計しても、十階層のナーガの方が上だろう。
(この階層は、楽に終わりそうだ)
メンバーの誰もが、プライですらそう思った。だが、「シン」のメンバーはここで大きな苦戦を強いられることになる。倒しても、倒してもガーゴイルが再生して襲い掛かってくるのだ。
本来、ガーゴイルに再生能力はない。しかし、十五階層のガーゴイルは斬っても斬ってもすぐに再生する。
「今度は俺がやる!」
ヴィーが手を前にかざして呪文を唱える。
「スネークライトニング!」
呪文を唱えるのと同時に、ヴィーの手から十本の稲妻がガーゴイルに走る。稲妻はまるで蛇のように蛇行しながらガーゴイルに向かっていく。
「グゲエエエエエ」
ヴィーの放った稲妻は、全てのガーゴイルに同時に命中したかのように見えた。ガーゴイル達は真っ黒に焦げ、地面に落ちる。肉の焼ける臭いが辺りに漂った。
「やったか?」
目を見張るプライ達。
「ケ……ケケ……ケケ、クケケケケケ」
だが、黒コゲになったガーゴイル達はみるみる再生していき、元の姿に戻ると再び宙を飛び回る。
「くそ!」
魔法を放ったヴィーが悔しそうに歯ぎしりする。
第十五階層のクリア条件、『この階層の魔物達を同時に倒すこと』
ガーゴイルとプライ達との実力差があれば、クリア条件を満たすことはさほど難しくはないと思われた。しかし、先程からどんなに挑戦しても一度も成功しない。
「何で、駄目なんだ?」
「まだ、時間差があるとか?」
「まさか、さっきから同時に倒しているだろ?」
「コンマ何秒の差でずれているのかも……」
「そんなに正確じゃないといけないのか!?」
ガーゴイルの攻撃を躱しながら「シン」のメンバーはああでもない、こうでもないと議論する。その表情には少し焦りが見られた。
いくら彼らがガーゴイルより強いとはいえ、倒しても倒しても再生する相手と戦えば時間が経つにつれ、こちらが不利となることは明白だ。
(何か、見落としていることはないか?何か……)
プライは階層を見渡す。何とかガーゴイルを倒そうとする仲間達。そして、それをあざ笑うかのように飛ぶ十匹のガーゴイル。『この階層の魔物達を同時に倒すこと』というクリア条件。
(うん?)
その時プライは、かすかな違和感を覚えた。
(どうして、この階層だけ?)
通常なら気にも留めないであろう小さな疑問。だが、プライはそれがどうしても気になった。
「そうか!」
かすかに感じた違和感と倒せないガーゴイル。その二つがプライの中で結びついた。
「どうした!?」
「分かったんだよ、この部屋の謎が!」
プライは、早速自身の考えが正しいのか試す。
「アリス!『サーチ』を使ってくれ!」
「『サーチ』ですか?」
「そうだ!『サーチ』だ!」
「サーチ」は、物の形や大きさや生命反応の有無を大まかに知ることができる。探知魔法の一つだ。
「おい、今『サーチ』を使ったって……」
「そうか、分かりました!」
ヴィーの言葉を遮り、アリスが叫ぶ。彼女もプライの考えに気付いた。
「サーチ!」
アリスが『サーチ』を発動させる。
「アリス、この階層にある生命反応の数は?」
「空中に十、地面に八です!」
アリスの報告を聞き、プライはニヤリと笑う。プライは再びアリスに問う。
「地上にある生命反応の中で、一番遠くにある生命反応はどこだ?」
「あそこです!」
アリスが右前方を指差す。そこには壁があるだけで何もないように見える。だが、プライは猛然とアリスが指差した方向に走り出すと、剣を抜き何もない空間を斬った。
「グエエエエエエエ!」
その瞬間、何もない空間から悲鳴が聞こえた。ドサッと何かが倒れる気配がする。プライは「何か」の上に跨ると剣を構える。
「皆、俺の合図で同時に攻撃しろ!」
アリスとラスト、それにスロウ、ジェラスは何が起きているのか理解した。ヴィーとトニーは何が何だか分かっていないが、とりあえずガーゴイルに向かって構える。
「いくぞ、一、二の三!」
プライの号令により、仲間達は同時にガーゴイルを仕留める。プライも彼らと全く同じタイミングで地面に剣を振り下ろした。
「ギエエエエエエエ!」
攻撃を受けたガーゴイル達が地面に落ちる。全ての個体が即死しており生きている者は一匹もいない。だが、また再生するかもしれない。「シン」のメンバーは身構える。だが、ガーゴイル達が再生することはなかった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。
次の階層に進む扉が、「正解おめでとう」と言っているかのように開いた。
「こんな奴がいたとはな……」
「ああ、全く気が付かなかったぜ」
ヴィーとトニーが倒れている魔物を見て唸る。
オクトマン。
タコのような上半身に人間の下半身を持つ魔物。弱い魔物だが、自分の体の色を自由自在に変えることが出来きる特技を持っている。体の色をなくせば完全な透明になる事すら可能だ。
今はプライに倒されたことにより透明化が解除され、皆の目にも見ることが出来るようになっている。
「よく気付いたなプライ、此奴がいることに」
「まぁな」
プライは倒れているオクトマンを見ながら答える。
「最初におかしいと思ったのは、この階層のクリア条件だった」
第十五階層のクリア条件:『この階層の魔物達を同時に倒すこと』
「それの何がおかしいんだ?」
「他の階層のクリア条件を思い出してみろ」
プライに言われ、ヴィーは他の階層のクリア条件を思い出す。
『この階層にいるダークラビットを全て倒す』
『この階層にいるゴーレムを倒すこと』
『この階層にいるゴブリンを全て倒すこと』
『この階層の蛇人を倒すこと』
「他の階層では、倒す魔物の名前が書いてあった。でも、この階層では違う」
『この階層の魔物達を同時に倒すこと』
地図にあるクリア条件には、ガーゴイルを同時に倒せとはどこにも書いてない。
「それに気付いて、もしかしたらと思った。この階層にはガーゴイルの他に姿を隠している別の魔物がいるんじゃないかとな」
「なるほど」
プライの話を聞いてトニーは感心したように頷く。
「この階層の魔物を同時に倒せっていうのは、此奴を含めてってことだったのか」
「そういうことだ」
ガーゴイルが十匹にオクトマンが一匹。この階層には十一匹の魔物がいたのだ。
「空中のガーゴイルに気を取られれば、地上にいるオクトマンの存在には気付けない。ガーゴイルを同時に倒すことに気を取られればなおさらだろう」
「随分、意地が悪いな」
「アリスが言っていた知恵や知識を試すというのはこういうことか……」
「こんな謎解きみたいな階層がまだあるのか……」
頭を使うことがあまり得意ではないトニーが大きなため息を吐く。他のメンバーも表情はあまり明るくはない。
「大丈夫だ」
プライは皆を安心させるように笑って見せる。
「どんな、難問だろうと誰か一人でも正解に辿りつければいい。俺達は七人いる。知恵を振り絞れば、きっと誰かが正解に辿りつけるはずだ」
「俺でもか?」
「ああ、もちろんだ!」
プライはトニーの肩を叩く。
「もしかしたら、トニーでないと解けない問題があるかもしれない。だから、お前も頭を使うのが得意じゃないからと言って、他人任せにするな。自分の頭でちゃんと考えるんだ。いいな!」
プライの力強い言葉にトニーが頷く。
「分かった」
「よし!」
プライはニコリと笑う。素直な所がトニーの長所だ。
「じゃあ、皆次に進むぞ!」
「「おう!」」
全員が腕を振り上げる。プライにより士気が高まったメンバーが扉をくぐる。皆が第十階層から去ると、扉がバタンと閉じた。
「ケ……ケケ……ケケ」
倒れているガーゴイル達が笑い声のような鳴き声を上げた。プライ達に負わされた致命傷がどんどん再生していく。
「クケケケケケ」
傷が完全に癒えると、ガーゴイル達は立ち上がる。
「クルクククククウウウ」
ガーゴイルと一緒にオクトマンも立ち上がる。オクトマンの傷も完全に再生していた。オクトマンの体の色は徐々に薄くなり、やがて完全に透明となる。
元に戻った十一匹の魔物は、再び次の侵入者を待ち構える。
ダンジョン攻略メンバー「シン」。第十五階層クリア。
「ケケケ、ケケケケケ」
『……』
空中を飛び回るガーゴイルがティラノサウルスを攻撃する。だが、その攻撃はティラノサウルスには全く効かない。それどころか、攻撃したガーゴイルの牙や爪が逆に傷ついている。
普通のガーゴイルならこの時点で逃げだしているだろう。しかし、動く屍人形の彼らに恐怖という感情はない。ただ、この階層に侵入した者を攻撃するだけだ。
「マルスニポイトア!(王に触るな!)」
飛び回るガーゴイルを上回るスピードで、ナノが空中を駆け巡る。ナノは閃光となってガーゴイルを追い、腕から伸ばした剣で次々に斬り捨てていく。
「ケケケ、ケケケケケ」
だが、いくら斬ってもガーゴイルは直ぐに再生してしまう。
「レムリア……(どうして……)」
ガーゴイルに再生能力などないはず、だが此処のガーゴイル達は致命傷を負ってもすぐに治ってしまう。
ナノはティラノサウルスを見る。ティラノサウルスは退屈そうに欠伸をしていた。先程からティラノサウルスは何故か、ガーゴイルに反撃しようとはしない。
(主は、私がガーゴイルを倒すのを待っているのだろうか?)
だとしたら、ナノは主を待たせていることになる。
「モウレテオイシ、マルス。イオニオテオシム!(申し訳ございません、王。直ぐに倒します!)」
主を待たせるなど言語道断。ナノは両手を前に出し、呪文を唱える。
「ネイファイアボール!」
ナノは巨大な火球を放つ。放たれた火球は途中で十個の火球に分裂すると、ほぼ同時に全てのガーゴイルに命中した。
「アゲゲゲゲゲゲ!」
燃えるガーゴイル達。その火力は凄まじく肉だけでなく骨までも焼けていく。
(やった?)
炎が消える。ガーゴイル達は原型を留めないほど焼き尽くされていた。最早ただの、炭と化している。だが……。
「ケ……ケケ」
何処からか、笑うような鳴き声が聞こえた。すると、黒い炭はまるで時間を巻き戻しているかのように、凄まじい速さで元に戻り始めた。
「ケケケケケ」
完全に元に戻ったガーゴイル達が再び宙を舞う。その鳴き声はまるでナノを馬鹿にしている様だった。
「ソライ……(そんな……)」
ナノは驚き目を見開く。凄まじい再生の力。こんな状態から復活できる魔物などナノは見たことがない。
「レムリミトア、オテオシム?(どうすれば、倒せる?)」
ナノは此処がどこだか分からない。当然、此処から出る方法も知らない。今までは、現れる魔物を倒していけば、扉が開いていた。だが、此処の魔物はいくら倒してもすぐに再生してしまう。ナノは考える。だが、いくら考えても答えは出ない。
その時、今まで動かなかったティラノサウルスが一歩前に出た。ズシンという足音が壁や天井に反響して、地上よりも大きな音で階層中に響く。
「マルス……(王……)」
ナノは自分の主を見上げる。主は巨大な口を大きく開いた。
「!!」
瞬間、ナノは主が何をしようとしているのか気付いた。
「オリルバリア!」
ナノが呪文を唱えると、彼女の周りにドーム状のバリアが現れる。ナノがバリアを張ると同時にそれは起きた。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ティラノサウルスが巨大な咆哮を上げた。
空気が震え、壁や床にヒビが入る。ナノが発動させた『オリルバリア』は彼女が使うことが出来るバリアの中で最も頑丈だ。発動するために必要な魔力は膨大で、短時間しか発動することができないが、その頑丈さはあらゆる攻撃を遮断する。
だが、そのバリアにピシリ、ピシリと亀裂が入っていく。
「くっ!」
バリアに亀裂が入る度に、ナノに痛みが走る。だがバリアを解くわけにはいかない。ナノは懸命にバリアを張り続ける。
およそ、十秒後ティラノサウルスは咆哮を止めた。ティラノサウルスが咆哮を止めるのと同時にナノは『オリルバリア』を解く。
「はぁ、はぁ」
おそらく、ナノにとって人生で一番長い十秒だった。あと数秒咆哮が続いていたら、バリアは壊れていたかもしれない。
「ふう」
ナノは荒くなった息を深呼吸で落ち着かせと、周囲の様子を見た。
壁や地面には、長く深い亀裂が入っており、天井から降ってきたと思われる破片があちこちに落ちていた。その中に、紛れて倒れている魔物がいる。
それは目、耳、鼻、口からドロドロとした血を流しながら倒れている五匹のガーゴイルとオクトマンだった。
耳から入ったティラノサウルスの咆哮は、彼らの鼓膜を破るどころか脳を破壊していた。ガーゴイルとオクトマンはピクリとも動かない。完全に死んでいる。
(凄い……)
魔法も何も使っていない、ただの咆哮でこの場にいた敵を全滅させた。
四方を壁に覆われ、音が反響するこの場所だからこそできたことではあるが、それでもナノは改めて主の凄さに身震いする。もしナノが、単に耳を両手で塞いでいるだけであったのなら、ティラノサウルスが発した音の爆弾を塞ぐことは出来なかっただろう。最低でも鼓膜は破れていただろうし、脳に何らかのダメージを受ける可能性すらあった。バリアを発動させ音を遮断するというナノの咄嗟の判断は正解だった。
だが、正解を選んだことを喜びもせずにナノは直ぐに気を引き締める。
(きっと、また再生する!)
「シャインソード!」
ナノは腕から光の剣を伸ばし、そのまま身構える。十秒が経ち、二十秒が経過した。だが、ガーゴイル達は一向に再生する気配ない。
(再生……しない?)
ナノが不思議に思っていると、ゴゴゴゴゴゴゴゴと巨大な扉がいきなり開いた。
(何故?)
どうして扉が開いたのか?どうしてガーゴイルは再生しないのか?ナノは頭を回転させる。そして、倒れているオクトマンを見てもしやと思った。
(まさか、ガーゴイルとオクトマンを同時に倒すことが、扉が開く条件だった?)
だとすれば、ガーゴイルが再生しない理由も納得できる。おそらく、扉が開く条件を満たしたため再生しないのだ。
オクトマンの存在に、ナノは最初から気付いていた。
だが、ナノは弱いオクトマンに危険性はないと判断し、主を攻撃するガーゴイルを優先して相手にしてしまっていた。そのため、『此処にいる魔物を同時に倒す』という扉を開く条件を満たせなかったのだ。
(王は気付いておられたのだろうか?)
ナノは主を見る。だが、当然ティラノサウルスは何も言葉を発しない。ティラノサウルスはじっと倒れているガーゴイルとオクトマンを見ていたが、やがて歩き出した。ナノは慌てて、その後に続く。
『上手くいった!』
倒れているガーゴイルとオクトマンを見て、ティラノサウルスは満足する。
ここは外とは違い、音がよく響く。もしかしたら、鳴き声だけで相手にダメージを与えられるのではないのかと思ったのだが、結果は彼が思った以上のものとなった。
ティラノサウルスは最初、戦いを全てナノに任せることにしていた。攻撃してくる変な鳴き声の動物は別に自分が戦わずとも、彼女が何とかするだろうと高みの見物をしていた。しかし、彼女が予想外に苦戦しているのを見て、自分が相手をすることにしたのだ。
『それにしても、なんで、元に戻らないんだろう?』
ナノが斬っても焼いても相手は直ぐに治っていたが、何故か今は再生しない。
『ま、いっか』
ティラノサウルスは前を向いて、歩き出す。もはやガーゴイルに興味はない。ガーゴイルと一緒に倒れているオクトマンなど最初から彼の目には入っていなかった。
ティラノサウルスは扉をくぐる。ナノもその後に続いた。ティラノサウルスとナノが去ると、扉がバタンと閉じた。
「ケ……ケケ……ケケ」
扉が閉じると、まるで笑っているかのような鳴き声が、倒れているガーゴイルから発せられた。ガーゴイルの目、耳、鼻、口から流れていた血がガーゴイルの体に戻っていく。
「クケケケケケ」
完全に再生し、元に戻ったガーゴイル達が立ち上がる。
「クルクククククウウウ」
ガーゴイルと一緒にオクトマンも立ち上がる。オクトマンの傷も完全に再生していた。オクトマンの体の色は徐々に薄くなり、やがて完全に透明となる。
床や壁に入ったヒビも元に戻り、天井から落ちた破片も戻っていく。
元に戻った十一匹の魔物は、再び次の侵入者を待ち構える。
「大型獣脚類ティラノサウルス及びエルフ族ナノ」、第十五階層クリア。