家臣
『はぁ、はぁ、はぁ』
ティラノサウルスが、全速力で大地を掛ける。木々をなぎ倒し、岩を砕き、進路にいる魔物達を踏み潰しながら、ティラノサウルスは走る。
彼は今、ある魔物から逃げている。
『はぁ、はぁ、はぁ、ここまで来れば大丈夫かな?』
ティラノサウルスは後ろを振り返る。彼を追ってくる魔物はいない。どうやら大丈夫の様だ。
『ああ、疲れた』
安心したらなんだか、お腹が空いてきた。ティラノサウルスはキョロキョロと辺りを見渡し、獲物を探す。
すると、なんだか美味しそうな匂いが漂ってきた。ティラノサウルスは匂いのする方に歩き出す。少し歩くと、そこには彼の大好物がいた。
『あっ!』
ティラノサウルスの視線の先には、一頭のユニコーンがいる。
通常は群れで暮らすユニコーンだが、何故か周りに仲間はいない。しかし、ティラノサウルスにはそんなこと、どうでも良かった。彼は早速、ユニコーンに向かって駆け出す。
ユニコーンは何故か、ティラノサウルスが迫ってきても逃げ出そうとはしない。
『いただきます』
ティラノサウルスの牙がユニコーンの俄然に迫る。
「今だ!」
近くの岩陰から人間の声がした。声と同時にティラノサウルスの足元の地面に巨大な魔法陣が浮ぶ。次の瞬間、地面が消失した。
ティラノサウルスとユニコーンは地面にポッカリと開いた穴に、真っ逆さまに落ちた。
「やった!」
岩陰に隠れていた人間達が姿を現す。その手には剣や杖が握られており、体には対魔物用の防具を身に着けていた。それは彼らが冒険者であることを示している。
「チープの作戦通りだな」
冒険者達が最後に岩陰から出てきた人物に声を掛ける。
「どんなに大きく強くてもしょせんはトカゲということだ」
チープ=スモールは、ニヤリと笑う。彼がこの冒険者達の参謀だ。
彼らが仕掛けた罠は、落とし穴という至極単純なものだった。落とし穴は古代から獲物を狩る時や敵を倒すのに使われている。
通常の落とし穴は、穴を掘った後に布や木の枝などで覆いその上から土を被せて偽装し、上を通った獲物が自分の体重で下に落ちるという仕掛けだ。
チープ達は魔法を使うことで、普通よりも遥かに巨大な落とし穴を作った。
穴の直径は五十メートル、深さは百メートルにも達する。その上を魔法で作った土で覆った。この土は呪文を唱えれば崩壊するように仕掛けられているおり、好きなタイミングで崩すことが出来る。さらに、巨大トカゲを誘き出す餌として中心に魔法で動けなくしたユニコーンを置いておく。
チープ達は事前に調査し、巨大トカゲの好物や通るであろう道に罠を仕掛けた。
来るのが予定よりも早かったが、落とし穴の仕掛けは問題なく作動した。
チープ達は穴の中を覗き込む。暗くて下の様子は分からないが、奥底から巨大トカゲの鳴き声が聞こえる。
調査によると巨大トカゲは空を飛べず、魔法も使わない。穴の壁は魔法で加工し、よじ登ることが出来ないようにしてある。
「よし、捕獲完了。後は、国に引き渡すだけだ」
チープの言葉に冒険者達は沸き立つ。
「やったな!」、「楽勝だぜ」、「これで俺達の名も上がる!」、「懸賞金が入ったら何する?」、「しばらく遊んで暮らす!」
歓喜する仲間達を見てチープも笑う。
「よし、誰か中央議会まで報告を……」
その時、穴の奥底から響いていた巨大トカゲの鳴き声が突然止まった。チープに嫌な予感が走る。
チープが穴の中を覗き込むのと中から巨大な塊が飛び出してきた。塊はチープ達冒険者を飛び越え、地面に着地する。
落とし穴は翼を持たず、飛行魔法も使えない魔物を捕えるのに非常に優れている。巨大トカゲを捕獲する方法として、落とし穴を選択したチープ達の判断は間違っていない。
ただ、一つの誤算は巨大トカゲの身体能力がチープ達の想像を遥かに超えていたことだった。
(穴の深さは百メートルだぞ、それをまさか一跳びで……)
地面に着地した巨大トカゲが振り返える。
その口からはユイコーンの体が半分はみ出ていた。巨大トカゲはユニコーンを飲み込むと、ギロリと冒険者達を睨んだ。
「おい、どうする?」
あまりの事態に混乱した冒険者達はチープを頼った。冒険者達の後ろには巨大な穴がポッカリと開いている。皮肉にも自分達が掘った穴が、彼らの逃げ道を塞いでいた。
(戦うしかない!)
チープは仲間に指示を出す。
「囲め!」
チープの命令で、十人の冒険者達がティラノサウルスを取り囲む。
『はぁ、またか……』
ティラノサウルスは心の中で溜息を吐く。
今から三か月前、ティラノサウルスに対して正式に懸賞金が掛かった。
その懸賞金は、当初の予測を大きく上回る十五億。生死は問わないというものだった。懸賞金が掛けられて以降、ティラノサルスは冒険者達によく襲われるようになった。
『面倒くさいな』
ティラノサウルスは懸賞金目当てに挑んでくる冒険者達を全て返り討ちにしたが、こうも連続して挑まれると鬱陶しくてしょうがない。
「ファイアボール!」
冒険者の一人が火球をティラノサウルスに向けて放つ。
魔法での攻撃。これも何時ものことだ。その攻撃が無駄だということも。
『仕方がない、さっさと終わらそう』
飛んで来る火球をやる気なく見るティラノサウルス。この火の玉が自分に当たったら反撃しよう。そんなことを考えていた。
その時、ティラノサウルスの頭上から声が降ってきた。
「ディフェンスウォール!」
呪文が叫ばれるのと同時にティラノサウルスの前方に壁が出現した。火球は壁に当たり爆発する。
「なんだ?」
突然、現れた壁に冒険者達は目を見開く。壁はティラノサウルスを火球から守ると、ボロボロと崩れ去った。
ティラノサウルスは、ゆっくりと上を見る。
『げっ』
ティラノサウルスの口が半開きになる。彼が見たのは空中に浮かんでいる人影だった。
人影は、ゆっくりとティラノサウルスと冒険者との間に降り立つ。それを見ていた冒険者の一人が下りてきた人影を見て叫んだ。
「エルフだ!」
整った顔、美しい金髪。そして、長く尖った耳。冒険者達の目の前に降りてきた女性は、紛れもなくエルフだった。
「なんで、こんな所にエルフが?」
「あいつら、森の奥で暮らしているはずだろ?」
「いや、そんなことよりもどうしてエルフが邪魔をする?」
混乱する冒険者達。チープは思いついた可能性を口に出す。
「まさか、あのエルフが巨大トカゲを使役しているのか?」
冒険者達が大きくざわめく。確かに、それならば巨大トカゲを守った理由にも説明が付く。
エルフ達は森の奥で日々魔法を研究しているとされており、人間が知らない魔法も数多く生み出しているという噂も聞く。
(エルフは巨大トカゲ程の魔物を使役する魔法を開発したのか?いや、もしかしたら巨大トカゲそのものがエルフの生み出した魔物だという可能性も?)
「何をしているのですか!」
突如、エルフが大声で冒険者達を罵倒した。エルフの言葉に冒険者達はさらに目を丸くする。
「喋ったぞ!」
「エルフが人語を喋った……」
驚愕の表情を浮かべる冒険者達。魔物は通常、人語を話すことはできない。たまに話せる魔物もいるが、大抵の場合正しく発音することができずにカタコトとなる。
しかし、目の前にいるエルフは人間と変わらない流暢な言葉で人語を操った。
驚く冒険者達。そんな冒険者達を無視して、エルフはさらに大声で叫ぶ。
「マルスを攻撃するなど、貴方達は自分が何をしたのか分かっているのですか!」
(マルス?)
エルフの言葉にチープは首を傾げた。
魔物が人間の言葉を理解できないのと同じように人間も魔物の言葉を完全に理解することはできない。しかし、研究を重ねた結果、魔物の言葉はいくつか解読されている。
(このエルフがさっき言った『マルス』とは、確か魔物の言葉で『王』という意味だ。何故、巨大トカゲを『王』などと呼ぶ?エルフが巨大トカゲを使役している訳ではないのか?)
「どうする?チープ?」
チープは考える。
(エルフと巨大トカゲとの関係は分からない。しかし、エルフは明らかに巨大トカゲの味方をしている。このエルフを捕え、人質にできれば……)
チープは巨大トカゲを見る。巨大トカゲはエルフを見ているだけで動く気配はない。
「よし」
チープは冒険者達に指示を出す。
「鶴翼の陣をとれ!まずはエルフを捕える」
冒険者達は扇状に広がり、エルフとその後ろにいる巨大トカゲと対峙する。
「エルフはできるだけ傷つけるな、体を麻痺させるか、眠らせるんだ。やれ、トーマス、ヤモイ、レント!」
チープに指示された三人の魔法使いが一歩前に出る。三人は攻撃、捕縛担当の魔法使いだ。
「ロックチェーン!」
「ノンレムスリープ!」
「ナムボディ!」
鎖が、白い煙が、粉がエルフに向かう。
(よし、これでエルフは捕まえた!)
チープはニヤリと笑う。
「リフレクションバリア」
エルフが小さな声で呪文を唱えた。すると、エルフの周りにドーム状のバリアが現れる。
バリアに触れた魔法は、方向転換して魔法を放った本人達に向かう。
「があああああ!」
「むにゃ……」
「あがががあが」
トーマスは鎖で拘束され、ヤモイは眠り、レントは体が痺れて動けなくなった。
『リフレクションバリア』。
反射魔法の一つで、魔法で攻撃してきた相手にその魔法を返す。
「ば、馬鹿な!」
『リフレクションバリア』はかなり高度な魔法だ。大量の魔力を必要とするため、体内の魔力量が相当ある者でなければ、発動することさえできない。
エルフは、そんな高等魔法をあっさりと発動させた。
「相手との実力差すら分からないとは……最早、生きている価値はありませんね」
エルフの両手に巨大な火球が現れた。火球の大きさはチープの仲間がティラノサウルスに放ったものの十倍はある。
「ファイアボール!」
エルフは火球の一つを冒険者達に向けて放った。
「ハイナ、モニター、カナ、防御魔法を!早く!」
「「ディフェンスウォール!!」」
チープの指示に防御、回復魔法担当の三人の魔法使いが、慌てて呪文を唱える。すると冒険者達の前に巨大な壁が三枚現れた。三枚の壁は一列に隙間なく並ぶ。三重になった事で壁の強度は通常の三倍になった。
三重になった壁に巨大な火球が迫る。火球は真っ直ぐ進み、壁に激突した。
火球が壁にぶつかった瞬間、大爆発が起きた。三重の壁は消し飛び、衝撃で冒険者全員が吹き飛ばされる。
(三人分の『ディフェンスウォール』だぞ、それが簡単に……)
チープは急いで立ち上がり、エルフを見る。エルフは残る一つの火球をこちらに放とうとしていた。
(まずい!)
防御、回復担当の魔法使い三人は、吹き飛ばされた衝撃で気絶している。
攻撃、捕縛担当の魔法使い三人は、エルフにはね返された魔法の効果で動けない。
チープと残り三人の仲間は、他の仲間をそのままにして慌てて逃げる。チープ達がその場から離れるのとほぼ同時に、エルフは火球を放った。
火球は、取り残された魔法使い達を飲み込んだ。
「ぎゃああああああ」
「あああああああああ!」
冒険者達の悲痛な悲鳴は、業火によりかき消される。
チープは索敵担当の魔法使い、他の三人は剣士で小さな魔法しか使えない。彼ら四人では、この炎を消すことも仲間を助けることも出来ない。
「ああ!」
「み、みんな、みんなが!」
「くっ」
チープ達は仲間が焼かれている様子をただ見ているしかない。だが、彼らの動揺など敵は待ってはくれない。突如として、それは起こった。
燃え盛る業火の中から、エルフが飛び出してきたのだ。
「なっ!?」
エルフの右腕からは光の剣が伸びている。エルフは光る剣を目の前にいた剣士に突き刺した。
光の剣は防具を貫通し、肋骨をすり抜け、剣士の心臓に正確に突き刺さる。剣士は何が起きたのかも分からず、その場に倒れた。
「あと、三人」
エルフは機械のような冷たい声で、チープ達を見る。残るはチープと二人の剣士のみ。
「うあああああああ!」
二人の剣士が同時にエルフに斬り掛かった。一人の剣士は右から、もう一人の剣士は左からエルフを襲う。
エルフは最小限の動きで攻撃を躱すと、右から襲ってきた剣士の喉を切り裂いた。剣士の喉から血液が噴水のように吹き出す。
「あぐ、あぐう」
回復担当の魔法使いがいない今、誰にも血を止めることはできない。呼吸が出来ず、人間が生きるのに必要な量の血液を失った剣士は地面を転がると、やがて動かなくなった。
「あと、二人」
エルフがもう一人の剣士を見る。
「この化物がアアアアア!」
剣士は激情に任せ、エルフに切り掛かる。エリフは向かってくる剣士に左手を向ける。
「シャインブレット」
呪文を唱えるとエルフの左手から光の弾丸が発射された。光の弾丸は剣士の体を貫通し、後方に消える。剣士の胸に、向こう側の景色が見える程の大きな穴が開く。
剣士は持っていた剣を落とすと、そのまま後ろに倒れた。
「あと、一人」
エルフは最後に残った人間を見る。
「ひぃぃ」
あまりの恐怖に足の力が抜けたチープは尻餅をつく。チープは参謀役だが、戦闘能力自体は十人の仲間の内で五番目。他の仲間を瞬殺したエルフに勝てる訳がない。
「た、助けてくれ!」
チープはエルフに助けを懇願しながら、両手を前に突き出す。魔法を発動するためではない。恐怖の対象から無意識に距離を取りたいという本能的な行動だ。
だが、エルフはチープの懇願など耳に入っていないというように光の剣を構える。
「ひっ」
チープは思わず目を閉じる。自分は切られて死ぬ。一秒後か、それとも二秒後か。両手を前に突き出した状態でチープは目を閉じ震える。
しかし、一向に斬られる気配がない。チープは恐る恐る目を開けた。
「……」
目を開けたチープが見たものは、自分に背を向け、巨大トカゲの元に歩いていくエルフの姿だった。その右腕からは光の剣が消えている。
「助かった……のか?」
何故、自分を助けた?必死の懇願が通じたのか?それとも、殺すに値しないと思ったのか?
「はあああああああ」
チープは深く長い息を吐く。体の力が抜け、前に突き出していた両手を降ろす。
両腕を降ろした瞬間、ズルとした感触と共に何かが落ちた。違和感を覚えたチープは、地面を見る。
地面には右腕と左腕が落ちていた。
チープはガタガタと震えながら、自分の腕に目を向ける。チープの右腕と左腕は、肘から先がなくなっていた。
切断面はとても綺麗で、血はほとんど出ていない。肉の断面と骨の断面がはっきりと見える。
「あ、ああああっ!」
チープは自分の腕が斬られたという事実をようやく認識する。腕を斬られたと自覚した瞬間、腕の断面から血が勢いよく噴き出した。
「いだああああああああああああ!」
あまりの痛みに、チープは地面をのた打ち回る。
(いつだ?いつ斬られた?目を閉じている時か?痛みを全く感じなかった。斬られたことを自覚できない程の早業だったということか?そんなことが……いだあああああああい!)
出血により、チープの意識が朦朧とする。
薄れゆく意識の中、チープは自分の両腕を斬り落としたエルフ後ろ姿を見た。エルフは巨大トカゲの前まで歩くと、まるで、臣下が主君にするように片膝を付いた。
それを見たチープは理解する。
(ああ、そういうことか…………エルフは巨大トカゲの……ということは、巨大トカゲは……エルフ……以……上……の)
初めから勝ち目などなかったのだ。
早く名を上げようと焦り過ぎた。例え、今は苦しくても自分達の身の丈に合った獲物を狩っていれば良かった。そうして、少しずつレベルを上げていくべきだったのだ。
人間は誰もが、失敗する。人間が後悔するのは同じ失敗を繰り返さず、次に生かす為だ。
しかし、チープには失敗を次に生かす為の時間は残されていなかった。
「く……そ」
あんなに激しかった腕の痛みをもう感じない。絶望と後悔を胸にチープの目は静かに閉じた。
「不届き者達の成敗、終わりました」
ティラノサウルスに跪きながら、エルフは嬉しそうに笑う。
エルフの名はナノ。人間に捕えられ、五年以上に渡る奴隷生活をしていた影響からか彼女は時々、人間と話す時以外でも人間の言語で話してしまう。
ナノはケイティ砂漠でティラノサウルスと戦って以降、彼に付き纏っている。
『うげっ』
ティラノサウルスは一歩下がる。彼はナノが苦手だった。
元の世界では、彼は仲間から『蔑み』の目で見られていた。
この世界に来てからの彼は、前の世界とは打って変わって凄まじい強さを発揮していた。思うが儘に他の命を捕食し、自分を攻撃する者には容赦ない鉄槌を下した。そんな彼にこの世界の者達が向けられる視線の多くは『恐怖』か『敵意』だった。
しかし、ナノは違う。彼女がティラノサウルスに向ける視線には『蔑み』もなければ、『恐怖』もなく、『敵意』もない。
そこにあるのは、ティラノサウルスに対する『崇拝』、『忠誠』、『心酔』だ。
ティラノサウルスは他者から『好意』の目で見られたことがほとんどない。ましてや『崇拝』や『心酔』の目で見られることなど、生まれてから一度もなかった。
付き纏っているのが、彼の好物のユニコーンなどであったら喜んで食べているだろう。
しかし、あいにくエルフの味は彼の口には合わなかった。砂漠でティラノサウルスはナノの腕を喰ったが不味くて、もう二度と食べようとは思わない。
捕食目的ではなく、ただ単に目障りなので殺してしまうということも勿論できる。
実際に、何度かそうしようとしたことはある。だが、ティラノサウルスが攻撃しようとしてもナノは、逃げることも戦うこともしなかった。むしろ、貴方に殺されるのならば、光栄とばかりに、笑顔を浮かべていた。
その笑顔を見る度に、ティラノサウルスの調子が狂う。
自分を殺そうとしている相手に対して何故、そのような態度が出来るのか、ティラノサウルスには全く理解できなかった。
最初の頃は自分に付いて来るナノを無視していたティラノサウルスだったが、段々とナノが自分を見る目に耐えられなくなり、ついにティラノサウルスはナドから逃げ出した。
ティラノサウルスのスピードのナノは付いて来られない。だが、最後には何故かいつも追いつかれる。追い付かれるたびにティラノサウルスはナノから逃げ出した。
圧倒的な力を持つ者が、自分より遥かに劣る者から逃げ出す奇妙な光景は数か月にも渡り繰り返された。
『はぁ……』
ティラノサウルスは心の中で大きな溜息を吐く。
追いかけっこにも飽きた。ティラノサウルスは自分に笑顔を向けるナノを見る。
『ま、いいか』
この動物がいた所で、自分に不利益はない。それに、さっきみたいに自分の代わりに戦ってくれるのなら、面倒くさいことをしなくてもいい。自分を見る目は苦手だが、それもいずれ慣れるだろう。
ティラノサウルスは、ナノに背を向ける。そして、普段のスピードで歩き出した。
「!」
ナノは立ち上がり、笑顔でティラノサウルスの後を追う。
この瞬間、暴君に生まれて初めて家臣ができた。




