首輪
ケイティ砂漠。ペルム国とセキタン国のちょうど国境に存在している広大な砂漠。そのケイティ砂漠を六頭のラクダが歩いている。その上には乗っている者達は激しい日差しを避けるため、極力肌を露出しないように長袖、長ズボンの服を身に纏いフードを深く被っていた。彼らは商人であり、現在ある『商品』運んでいる。
「おら!しっかりと歩け!」
ラクダに乗っている一人の男が、『商品』に向かって怒鳴る。怒鳴られた『商品』は怯え、何度も謝る。彼らが運んでいる。否、歩かせている商品。それは、人間に姿が近い魔物だ。
ドワーク八体、ゴブリン六体、シープマン三体、リザードマン三体。皆手足を鎖で繋がれており、何日もその状態で歩かされている。
人間との争いに負けた者、冒険者に捕えられた者。彼らはこれからペルム国の隣国であるセキタン王国に連れていかれ、そこで『奴隷』として売買されることになる。
「ご主人様……」
「なんだ?」
一人の女性が奴隷商人のリーダーの元に近づくと、小さく囁いた。
「彼らの体力は、既に限界に近いです。この辺で休ませても……」
「ああ?お前、まさか俺に文句を言ってるんじゃいよな?」
「い、いいえ。決してそのような……」
「『ロック』」
商人のリーダーが呪文を唱えると、突然女性が苦しみ出した。ラクダから落ち、地面をのた打ち回る。彼女が苦しんでいる原因は、首にはめられている首輪だった。男が呪文を唱えるのと同時に、首輪は縮み彼女の首を絞めつけた。
「『リリース』」
奴隷商人のリーダーが再び呪文を唱えと、首は元の大きさに戻り彼女を解放した。
「ゴホ、ゴホ」
激しく咳き込む女性を男はラクダの上から見下ろす。
「余計なことを言うんじゃねぇ!お前は、自分の仕事をしていればいいんだよ!分かったか!」
「……は、い」
女性は小さく頷くと、弱々しくラクダに乗った。
「ちっ、無駄な時間掛けさせるな」
「……はい、申し訳ございませんでした」
一行は、また歩き始めた。目指すのは、セキタン国。だが、その前に彼らには立ち寄るべき場所があった。
「さっさと、オアシスまで行かないといけないんだからな」
ケイティ砂漠は広大な砂漠だが、所々にオアシスが存在する。しかし、奴隷商人達が立ち寄ろうとしているのは普通のオアシスではない。ペルム国にいくつかある聖なる場所の内の一つ。そのオアシスは『ホーリーオアシス』と呼ばれている。
そこの水は万病に効くとされ、どんな病でもどんな傷でも立ち所に治し、さらには魔法による呪術を打ち消す効果まであると言われている。
『ホーリーオアシス』の場所を知っている人間は少ない。『ホーリーオアシス』の水は、目玉が飛び出るほどの高い金額で取引されるが、市場に出回っているもののほとんどが偽物である。実際に『ホーリーオアシス』に行ったと話す者も多いが、大半が嘘であるため、本当に『ホーリーオアシス』が存在するのか疑っている者も多い。
奴隷商人のリーダーは仕事の際、偶然その地図を手にすることが出来た。
「頭、その地図本物なんですかい?」
「信用のおける客から貰ったものだ。まず間違いないだろう」
「しかし、頭。ホーリーオアシスにはデスプラントっていう化物の樹があるらしいですぜ」
デスプラント、旅人を喰うとされる魔樹。デスプラントを恐れる部下に、商人のリーダーは笑った。
「はははっ、心配するな。化物ならこっちにもいる」
奴隷商人のリーダーは、先程の女性を見る。ラクダから落ちた時、女性のフードは外れ、その顔が露わになっていた。目、鼻、口、そして美しい金髪。綺麗で整った容姿は、多くの者を惹きつける。しかし、その顔には人間とは大きく違う特徴があった。
長く尖った耳。それは、ある種族の特徴だ。
「なぁ、ナノ」
「……はい」
ナノと呼ばれたエルフの女性は、小さく頷いた。
ナノと奴隷として売られる魔物達の首には特別な首輪がはめられている。
『リストリクションカラー』と呼ばれる魔法を込められた首輪で、主に奴隷や囚人に対して使用される。
この首輪をはめた者とはめられた者は主従の契約で結ばれる。首輪は三つの条件のいずれかを満たした場合、締まり奴隷を苦しめる。
一、首輪をはめられた者が首輪をはめた者に危害を加えた場合。
二、首輪をはめた者が『ロック』という呪文を唱えた場合。『リリース』と唱えれば、解除される。
三、首輪をはめた者が死んだ場合。首輪をはめた者が死んでしまえば締まる首輪を解除できるものがいなくなるため、自然と奴隷は道連れとなる。
ナノに首輪をはめたのは奴隷商人のリーダーで、ナノは彼の元に売られてから、もう五年以上も働かされている。
奴隷商人のリーダーは、傲慢で自信家。他人を傷つけることなどなんとも思っていない男で、常に自分の欲望のためだけに行動している男だった。男はナノをよく殴り、ことあるごとに首輪の効果を発動させた。
首輪は、遠くからでも発動することが出来るため、逃げ出すことも、彼に背くことも出来なかった。彼女の他にも奴隷はいるが、ちょっとしたことで短気な彼の怒りを買い、殺される奴隷が後を絶たない。
ナノが幸運にも殺されなかったのは、探知魔法に優れていたのと人語が話せたためだ。人間と魔物、両方の言葉を話せる彼女は魔物との通訳として今日まで生かされていた。
だが、それもいつまで続くか分からない。奴隷商人のリーダーは、奴隷を殺すと直ぐに別の奴隷を買うような男だ。仮に、ナノより優れた探知能力を持ち、人語と魔物の言葉両方を話せる奴隷を買ったのなら、ナノにもう価値はなくなり彼女の命は危なくなる。
いつ、殺されるか分からない恐怖に怯えながらナノは生きている。
「地図だともう見えてもいいんだが……。おい、ナノ!オアシスはまだなのか?」
「は、はい……まだ……いえ、探知しました!」
「遅いんだよ!もっと早く見付けろ!」
「も、申し訳ございません」
「行くぞ!」
怒鳴りながら、商人のリーダーは先を行く。しばらく歩くと、目視でもオアシスが見えてきた。
「見つけたぞ!『ホーリーオアシス』だ!」
「やったぜ!」
奴隷商人達は、一斉にラクダを走らせようとする。その時、ナノが大声で叫んだ。
「止まって下さい!」
ナノの大声に全員が止まる。
「オアシスに何かいます!」
「何かって、何だ?ちゃんと説明しろ!」
ナノはオアシスを凝視する。エルフの眼はかなり遠くまで見ることが出来る。普通に生活している時は視力をセーブしているが、その気になれば十キロ以上先の物も見ることが出来る。
「うっ」
オアシスの光景を見たナノは、強烈な吐き気を催す。
「おい、何が見えたんだ!早く説明しろ!」
ナノは吐き気を必死に堪え、何とか口を開く。
「た……食べられています」
「ああっ!?」
「さ、サンドワームが食べられています!」
『美味しい』
喰い千切ったサンドワームの肉を頬張る。口の中に広がる味にティラノサウルスは満足する。見た目は気持ち悪いが、味はなかなか良い。反対に、あれは美味しくなかった。というか、食べられなかった。
『ウネウネと動いていたけど、やっぱりあれは樹なんだな』
ティラノサウルスは、根っこから引き抜かれて倒れているデスプラントを横目で見る。
襲ってきたサンドワームを投げ飛ばしたティラノサウルスが此処まで来てみると、サンドワームと一緒にデスプラントがいた。デスプラントから洩れた酸を浴びたサンドワームは、既に大きなダメージを受けていたが、デスプラントは無事だった。
オアシスに近付くティラノサウルス。デスプラントはティラノサウルスを餌ではなく、敵だと認識した。普段は餌を溶かすために体内に貯めている強力な酸をティラノサウルスに浴びせる。だが、酸をまともに浴びたティラノサウルスの体には何の変化もない。
ティラノサウルスにダメージはなかったが、空腹で少しイラついていた。
デスプラントに噛み付くとそのまま引っこ抜き、なぎ倒してしまった。デスプラントはツタをバタつかせていたが、やがて動かなくなる。
邪魔者を片付けるとティラノサウルスは、暴れるサンドワームにとどめを指して、その肉を喰らい始めた。
「サンドワームが喰われている?馬鹿なことを言うな!」
砂漠においては、ほぼ無敵の強さを誇るサンドワーム。成体となったサンドワームを襲って食べることのできる者など砂漠には、まずいない。
「で、でも確かに……」
「チッ、サンドワームを襲っているのはどんな魔物だ?」
「わ、分かりません……」
「はぁ?分からない?どういうことだ?」
商人のリーダーは、イラつきナノを怒鳴る。
「み、見たこともない魔物です」
ナノの言葉に男は、眉を潜める。
「どんな魔物だ?体の特徴を言え」
「は、はい」
ナノはサンドワームを喰っている魔物の特徴を挙げていく。
「大きさはサンドワームと同じ位あります。二本足で立っており、長い尻尾があります。頭がとても大きく、口にはたくさんの歯が並んでいます、胴体に手も付いていますが、こちらはとても小さいです」
その特徴を聞いた男は、ある魔物を思い浮かべる。
「その魔物は、トカゲに似ているか?」
「ト、トカゲですか?二本足で立っていますが、たしかに似ています」
「そうか、そうか……ふっふふふふ、あはははっはははははは!やった俺達はついてるぞ!『ホーリーオアシス』を見付けることが出来た上に、話題の魔物にまで会えるとはな!」
「頭、どうしたんですか?」
突如として、上機嫌になったリーダーに部下は首を傾げながら尋ねる。
「オアシスにいるのは『巨大トカゲ』だ。まさか、こんな所にいるとはな!」
「え?巨大トカゲってあの?」
「そうだ。あの巨大トカゲだ」
『巨大トカゲ』、その名はナノも聞いたことがある。最近現れた魔物で、ドラゴンを倒し、数千匹の人狼に圧勝したという信じがたい魔物だ。
「すげえ!倒したら懸賞金貰えるのかな?」
「まだ、正式には発表されていないが、ペルム国が十億以上の懸賞金を掛けるかもしれないって噂だ」
「十億!すげぇ!」
奴隷商人達が、皆目の色を変える。
「まぁ、待てお前ら。相手は、ドラゴンを倒した魔物だ。そうやすやすと倒せる相手じゃない」
「じゃあ、まさか放っておくんですかい?」
「そんなわけあるか」
奴隷商人のリーダーはニヤリと笑うと懐から、首輪を一つ取り出した。
「こいつを使う」
部下達は、男が取り出した首輪を見る。
「『リストリクションカラー』ですか?」
「いや、こいつは『リストリクションカラー』じゃあない。もっと強力な『ジェイルカラー』だ」
ナノ達が首に付けている首輪、『リストリクションカラー』の色は赤。対して奴隷商人が手に持っている首輪、『ジェイルカラー』は真っ黒な色をしている。
「『ジェイルカラー』?初めて聞きます」
「そうだろう。最近開発されたばかりの新型だからな。大枚叩いてようやく一つだけ手に入れることができた」
奴隷商人のリーダーは、自慢するように首輪について説明する。
「これは『リストリクションカラー』を何十倍も強化したもので、相手に向かって投げれば、自動的に相手の首にはまる。こいつが凄いのは投げた相手によって、大きさが変わるってことだ」
小さな相手に投げれば小さくなり、大きな相手に投げれば大きくなって首にはまる。
「上手くすれば、ドラゴンだって従わせられる」
「そいつは、すげぇ!」
「もしかして、それを巨大トカゲに?」
「ああ、巨大トカゲを従わせた状態でペルム国に引き渡せば、倒した時に貰える懸賞金よりも、たくさんの金が手に入るかもしれん」
「どうしてですか?」
「考えても見ろ。もし、巨大トカゲを従わせることが出来たなら、強力な武器になる。魔物を退治するのにも使えるし、何なら兵器として戦争にも使える。きっと、大金を払ってでも欲しがるはずだ」
「なるほど、流石頭だぜ!」
「はっはははは!」
奴隷商人達が盛り上がる中、ナノが恐る恐る手を上げる。
「あの、でも危険ではないでしょうか?もし、万が一失敗したら……」
「馬鹿か、お前は。何のためにお前がいると思ってるんだよ」
「えっ?」
「お前が、巨大トカゲの注意を引き付けるんだよ。そして、隙を伺って俺がこの首輪を巨大トカゲに投げる。そうすれば、失敗しないだろうが」
「そ、そんな」
「嫌だってのか?『ロッ……』」
「わ、分かりました。や、やります」
奴隷商人のリーダーはチッと舌打ちをする。
「最初から、そう言えばいいだよ!お前ら、行くぞ!」
「おおっ!」
「……」
盛り上がる奴隷商人達は、奴隷達を連れてオアシスへと向かう。
グチャ、グチャ、ムシャムシャムシャ。
オアシスに近付くにつれて巨大トカゲがサンドワームを食べる咀嚼音が大きくなり、生臭い匂いが鼻を付くようになる。
ナノは、飛行魔法を発動させ巨大トカゲに正面から近づいていく。巨大トカゲは、食事に夢中で気付いていない。もしくは、気付いているのに無視している。ナノが前から近づいている間に、奴隷商人達は商品の奴隷達に動くなと命令してから、巨大トカゲの側面に回る。巨大トカゲに十分に近付くと、奴隷商人のリーダーはナノに合図を出した。
『今だ。やれ!』
男の合図で、ナノは巨大トカゲに攻撃を仕掛ける。
「ファイアボール!」
ナノの両手に巨大な炎の玉が現れる。ナノはその玉を巨大トカゲに向かって投げる。炎の玉は巨大トカゲに命中すると、大爆発を起こした。
「あの、馬鹿!殺す気か?」
あまりの攻撃の大きさに、奴隷商人のリーダーに舌打ちをした。巨大トカゲを殺してしまっては意味がないというのに。
しかし、男の心配は杞憂に終わる。
「グルルルルルルルルルルル」
爆発の煙が収まると、巨大トカゲの姿がはっきりと見えた。
「そんな……」
巨大トカゲを見た瞬間、ナノは目を丸くして驚く。
実は先程の魔法、ナノは巨大トカゲを殺すつもりで撃っていた。あの男の奴隷になる苦しみをナノは、誰よりも分かっている。見たこともない魔物だが、そんな苦しみを味わうくらいなら、いっそ殺してしまった方がいいのではないか?そんな思いが、ナノの頭をよぎったのだ。あの男から受けた命令は『巨大トカゲの注意を引け』というもの、攻撃の威力については何も言われていない。
気が付けば、ナノは最大級の威力で魔法を放っていた。
しかし、そんなナノの思いなど余計なお世話と言わんばかりに、巨大トカゲの体にはかすり傷一つ付いていない。
そんな、巨大トカゲを見て奴隷商人のリーダーは笑う。
「はははははははっは!流石は、有名になるだけはある!」
欲しい、何としてでも欲しい。政府に売るのが惜しくなる。いっそ、このまま自分の物にしてやろうかと、奴隷商人のリーダーは思い始めていた。
(まだ?)
ナノが、奴隷商人達がいる方をチラリと見る。だがまだ、首輪は投げられない。
「グルルルルルルルル」
「ひぃ」
巨大トカゲは、真っ直ぐナノを見る。冷たい目がとても恐ろしい。
(大丈夫、ここにいれば大丈夫)
巨大トカゲには翼はない。巨大トカゲが空を飛んだという話も聞いたことがない。きっと空を飛ぶ魔法が使えないのだろう。ならば、空中にいれば安全だとナノは思っていた。
(よし、投げるぞ!)
奴隷商人のリーダーが首輪を構える。その様子はナノにも見えた。
(やっと投げてくれる)
ナノがほっと一息つくと、巨大トカゲが急にしゃがんだ。思いがけない行動に、ナノと奴隷商人達の動きが止まる。
「ガァ!!」
突然、巨大トカゲが咆哮と共に跳ねた。そして、軽々とナノがいる場所まで到達する。
(嘘!!)
驚くナノ。もっと高く飛んで避けなければ思ったが、もう遅い。
次の瞬間、ナノの右腕は喰い千切られていた。
「きゃああああああああああああああ!!」
ナノの絶叫が砂漠に木霊する。あまりの激痛に集中力が途切れ、飛行魔法が解除されてしまったナノの体が、砂漠の砂の上に落ちる。
「リム(痛い)、リム(痛い)、リム(痛い)、リム(痛い)、リム(痛い)……」
出血する腕を押さえつけ、ナノは泣き叫ぶ。その光景に奴隷商人のリーダーも固まっている。巨大トカゲは、ナノより少し遅れて地面に着地した。
大きな音と共に砂漠の砂が舞い上がる。巨大トカゲは、動けないナノをしばらく見ると彼女に背を向け、食べかけのサンドワームの方に向かっていく。
「うっ、うっ、ぅううう。はぁ、はぁ、はぁ」
ナノがゆっくりと上体を起こす。彼女が受けた命令は巨大トカゲの注意を引くこと、それを果たさなければ、首輪が締まる。何度も何度も受けた苦しみは、彼女の心を深く傷つけている。腕を喰われたにも関わらず、ナノはその苦しみを避けるためだけに、立ち上がった。
「シャ、シャインソード」
ナノの残された腕から、光の剣が伸びる。
「うあああああああああ」
ナノは砂漠を駆け、背後から巨大トカゲに切り掛かった。
バシッ。巨大トカゲが軽く尾を振る。巨大トカゲの尾はナノにまともに当たり、彼女の骨を何本も折った。ナノはオアシスの中心まで飛ばされ、水の中に落ちた。
「くそ、役立たずめ!」
奴隷商人のリーダーは、舌打ちをする。すると、サンドワームの方に向かっていた巨大トカゲが急にピタリと動きを止めた。ジロリと奴隷商人達がいる方を見る。
「バ、バレた!」
巨大トカゲがゆっくりと、奴隷商人達のいる場所に歩いていく。
「かっ!頭!」
奴隷商人はパニックを起こし、リーダーに助けを求める。
「くそったれが!くらえ!」
奴隷商人のリーダーは、破れかぶれになって黒い首輪を巨大トカゲに向かって投げた。
黒い首輪は、巨大トカゲに向かう途中で大きくなる。そして、巨大トカゲの首にすっぽりとはまった。




