30.それぞれの決断
「おい、Mr.Xはどうした?」
Mr.Yはシューターを降りてきた最後の一人に目をやると、それまで見ていたモニターから目を離し、手慣れたように車椅子を操作すると、彼のそばへ行き、そう問いかけた。
「置き土産するとかで…」
「チッ、またいつもの悪い癖か。…まあいい。よし回収した銃、弾薬を積み込め、Mr.Xが降りてき次第、ここを離れるぞ。ショータイムだ」
その時、モニターでは地上での浅原とMr.Xの格闘や、既に録画された映像の吉澤茜を映し出していたのだが、もう誰もそれに目を向ける者はいなかった。メンバー達はトラック2台に回収した全てのものを手慣れた様子で積み込み始め、全ての作業が終わるのにはそう時間もかからなかった。その頃には既に松島、片倉、下山は各自、指示された場所にSATらと共に配置についていたのだが、浅原の指示があるまでは動くことなく、その身を潜めていた。
「浅原さんはどこから来るんだ?既に皆、配置についてるっていうのに…」
下山には大きな不安があった。SATが共にいるものの、自分といる谷原直人は警察組織の人間ではなく、民間人なのだ。何かあれば、自分が盾となって守らなければならないのだが、この状況下でのことだ。自分自身にも緊張からなのか、身体が硬直しているのを感じていた。
「すべて作業、完了しました」
「よし、車に乗り込め。一体、彼は何をしてるんだ?」
数人の部下を残し、他の者たちは分乗し2台の車に乗り込んで行く。Mr.Yがシューター上部からモニターの方に目を向けようとした、まさにその時だ。側にいた部下が手で合図をしてみせた。シューター上部から人影が滑ってくる音と共に現れたのだ。
「遅い、何を…」
降りてきた人物の手にはMr.Yに向けられた銃が握り締められていたのだ。咄嗟に銃を取り出そうとしたボディーガードのような存在は浅原の次の言葉に、行動を遮られた。
「おい、それらを取り出すと俺も容赦しないぞ」
浅原はその銃口を動かすことなく、その強き視線のみで、短銃を取り出そうとする動きを制止してみせたのだ。
「馬鹿な、君はまだ…」
そう言ってモニターに目をやろうとしたMr.Yにも浅原の強い口調は続いた。
「おい、貴様も動くな。実際に俺はここにいるんだ。貴様のマーカーがなんであるか、わからない以上、少しの貴様の動作にも俺は反応するからな」
「マーカー?」
Mr.Yには浅原の言葉が理解できなかった。再度、Mr.Yが浅原に目を向けると、浅原は利き腕ではない方で、合図を送っていた。
「動くな」
「動くな」
周囲からその言葉が鳴り響き、現状が掴めたのか、Mr.Yは突然に笑い出した。
「いやいや、降参だ。君が凄腕の刑事だとは聞いていたが、それを少し甘く見ていたようだ。で、Mr.Xは逮捕し、私をこの状況に追い込んだ。それで勝利したと?君には見えないか?私の右手には起爆装置となるものが握られている。既にあと一つのボタンを押せば、東京スカイツリーは倒壊し、多くの犠牲者も伴うんだ」
「やってみろよ」
「冗談だと?俺も甘く見られたもんだな?」
「まだわからないか?私がここにいる理由が…」
「どういうことだ?」
「ゆっくりモニターを見てみろよ、ただし、他の身体の部分は動かすなよ」
そう言われると、Mr.Yは動かしてないことを証明するかのように、大きく手を挙げて、モニターの方に身体をむけた。そこには浅原の横顔が映し出されていたのだ。
「我々の懸命な操作の結果、爆弾は単なる脅しであるとの決断を出しました。よって東京スカイツリーの爆破などあり得ないことです。もし、この放送を見ているなら、私が言いたいのはただ一つ。やれるなら、やってみろ。だが、俺は必ず貴様たちを追い詰める。間違いなくな」
「本当に甘く見られたもんだ。だが、なぜ貴様がここにいる?」
「もう少し黙って見てな」
浅原の方に目をやろうとしたMr.Yをその言葉が止めた。それから数秒もしてないのだ。映し出されていた画像が大きく揺れ、人々の驚愕な悲鳴とがただならぬことが起こったことを予期させた。
「浅原さん、どういうことですか?爆破はないって…」
「駄目だ、倒壊するぞ、逃げろ」
Mr.Yは慌てて握り締めていた携帯に目をやった。…が、そこにはまだ最後のボタン、CALLボタンを要求する表示がなされていた。
「馬鹿な、どういうことだ?浅原」
動揺させる彼の怒りがそう名前を呼ばせた。
「貴様も私もリウィンダーってことだ。時間を操れるんだろ?そこに映し出されているのは、もう一つの次元での出来事だ。録画だよ」
Mr.Yはその言葉に絶句した。マーカー?そういうことだったのだ。自分のちょっとした行動も浅原は間違いなく発泡してくるだろう。私をここから逃がさないために。Mr.Yは置かれた状況を把握し始めた。
「まさか…そういうことか。なるほどな、君が私と同じなら理解せざるを得ないな。それで凄腕か、笑わせやがる。しかし、私もドジを踏んだものだ。この能力は私だけに神が与えたものだと自負していた」
「残念だな。悪徳な者だけに、この力を与えるなんて、神がすると思うか?それこそ、それは神じゃないんじゃ…」
そう言ったかと思うと浅原は急に青ざめ、胃の中からの不快感に言葉を失った。
「ん?どうした?」
そのMr.Yの言葉と同時に浅原は吐血したのだ。
「おやおや、君はもう長くはこの力を使うことが出来ないみたいだな。それは、長年からの負担によるものか?私はお互いに、その君が言うリウィンダーって者なら、いつまでもこの時を繰り返し、勝負がつかないものかと、ヒヤヒヤさせられたよ。まだまだ私に分があるようだな」
そう言ったかと思うと、周囲にいた部下に抵抗をさせまいと、合図を送った。
「さて、とりあえず素直にこの時間は過ごそうか。私にはいつからでも、そしてどこからであってもやり直しがきくんだ」
そう言って、指を離し、ただ落ちないように手のひらで支えた携帯を高らかにあげたかと思うと、抵抗はしないとでも言いたいのか、ゆっくりとその腕を下げていき、地面にその携帯を置くような態度を見せようとした。…が、その時、一発の銃声の音が鳴り響き、周囲で銃を構えていたSATの者達にも緊張を走らせた。
「貴様…」
その腕の痛みを感じながらも携帯を更に強く握りしめさせた。携帯にゆっくりと血が運ばれていくのを手のひらで感じ取りながら。
「悪いな。だから、貴様を逮捕しようなどとはこれっぽっちも思ってないよ。それにマーカーがわからない以上、どんな動作にも反応すると言ったはずだが?」
「貴様は何もかもを理解した上で、そう判断したのか?しかし、皆んな見ている。無抵抗な国民を、法を預かる身分であるたった一人の刑事の判断が私を裁けると?」
「貴様を葬るなら、少々リスクは高いが、そんなにもたない俺の命くらい差し出してやるさ。その腕なら今、リウィンドしたら、どうなるかってことくらいわかるだろ?」
「道連れにするってことか…なら、仕方ない…」
Mr.Yが新たに携帯に指を置いた時だ。
「浅原ー」
その叫び声と共に新たな銃声がしたかと思うと、シューターを降りる音と共に、浅原の顔が歪んだ。背後から受けたその激痛は浅原に膝まずかせたのだ。シューターを降り立ったMr.Xは浅原の後頭部に銃を押し付けた。…がその直後、遅れた銃声は今度はMr.Xをひれ伏せさせたのだ。松島の銃口からはうっすらと煙が立っていた。
Mr.Xはその微笑みをMr.Yへと向けたかと思うと、静かに目を閉じた。浅原は痛みをおして叫んだ。
「奴らを捕らえろ」
SAT、片倉、下山らは一斉に彼らの元へと走った。
「貴様は一つ、見過ごしてないか?この頭上にも爆弾が仕掛けられているってことを、追い詰められた私がどうするか、見せてやる」
そう言ったかと思うと、ボタンに力が込められ、それと同時に1分後のタイマーが作動し始めた。
「下山、奴に手錠をかけ、私の腕に繋ぐんだ。直人ー」
初めて、呼び捨てにされた直人はその状況を瞬時に記憶し、浅原の元に駆けつけた。
「これが、俺の決断だ。早く俺共々、リウィンドしろ」
そう言ったかと思うと、倒れていながらも繋がれた手錠を確認し、直人の腕を強く掴んだ
「しかし、それじゃあ」
「聞け、死にたいのか?俺たちだけで帰っても、存在が消えるだけで、この状況は変わらないんだ。君が一緒に帰らなければ、誰がこれを阻止するんだ。時間がない、早くしろ」
直人は理解したのか、恐る恐る握り締められた反対の手で眉間へと指を持って行った。
「意志を継いでくれるな」
浅原のその言葉と同時に施設内に大きな爆音が鳴り響き、頭上から全ての物が降り注いだ。
「やめろ」
Mr.Yの言葉が遠くかすれていった…。




