29.書き換えるシナリオ
「おい、吉澤」
茜はマイクを片手に、数時間後には倒壊する危険性もあるとされる東京スカイツリーを呆然と見上げていた。朝、見せられた映像に何故、自分の姿が映し出されていたのか、そのことから頭が離れなかったのだ。最近は映画界においても、SFX(特殊撮影技術)が日本でかなりのウエイトを示してきたのは事実だ。アメリカにも引けを取らない程の成長分野だ。しかし、そんな短時間にあれだけのものが作られるものなのだろうか。それも茜が日々、自分のレポート映像などを見直して反省点を書きとめている時間、そのものに匹敵するくらい、自分の姿、言葉には不自然なものがなかった。到底、作られたものではないとも感じていた。それだけに自分には理解できない不気味なことが進行している、そう思わずにはいられなかった。
「おい、吉澤。何やってんだ?」
身震いをも感じさせる現場上司の言葉が、茜の手から落ちかけていたマイクに力を込めさせた。
「あ、すみません。大丈夫です」
「ったく、こんな時には松下を使うってのが定番なのに…。局長も局長だ。理由も言わずに、お前を使えだの。不貞腐れた松下はヘリコプター取材に出るだの。どうなってんだ」
不慣れな茜がこの場に任されるのも、すべては茜が理解している同じ理由からのことだった。
「大丈夫です。私、できます」
「当たり前だ。でないと、二度と同じチャンスはないからな」
普段は女ったらしで、そういう言葉ばかりを口にしているその上司にも、キツめの言葉を言わせてしまう、物々しい雰囲気がすでに現場には広がっていた。茜は再度、今という現実に意識を集中させ始めた。
「えぇ。ご覧頂けますでしょうか?こちら爆弾が仕掛けられているとされています東京スカイツリーの現場です。果たして、それは事実なのでしょうか?そして警察はそれを阻止することができるのでしょうか?現場では既に多くのテレビ局のカメラが回っています。かなりの人もいらっしゃいます。警察からの新たな情報を待つ限りです」
朝、浅原は会議で言っていた。
「犯人側はどの局をモニターしているかわからない。なので、どの局もこの吉澤茜の映像に一本化してもらいたいのです。吉澤さんは、この映像を見た以上、警察の動きを知られぬよう、演じなければならない箇所もあると思います。全てがあなたの報道にかかっていますが、出来ますよね?」
茜はその言葉を聞くや否や、周囲を見回してみた。そこにはどの局からもお偉い方々の不審そうな顔があり、茜のことを見つめる視線があった。それでも茜は浅原の方に力強く頷いてみせた。
「えぇ今、アンフィスバエナのメンバーだと思われる人物たちが護送車のほうに乗り込む模様です」
松下咲はそう言うと、周辺に飛び交っている各局のヘリコプターを確認した。
「一体どういうこと?ちゃんと他のテレビ局も放映してるじゃない?それなのに、どの局もうちの映像を使うってこと?じゃあ、彼らがしてることは?」
「あぁそうらしい。前代未聞だ。彼らにもそんな事は全く知らされていないそうだ。理由は全くわからないが、その為にもうちの勝手な振る舞いは許さないって、局長がね」
「局長が?一体どういうことかしら?それに勝手な振る舞いって何よ。私、そんなことしないわよ」
「俺に怒るなって、それよりも下を見ろよ」
咲が慌ててマイクの音量を戻した。
「あ、今、最後に乗り込もうとした男が何やら、こちらを見上げています」
カメラを向けさせると、Mr.Xは、その様子に気付いたのか、手でピストルを打つようなジェスチャーをしてみせた。
「彼がリーダーなのでしょうか?こちらに向かって挑発的とも思われるジェスチャーをして見せています」
「いったい何様のつもり?」
マイクの音量を切ると、松下咲はそう呟いた…。
下山は直人と共に、羽田空港敷地内にある警視庁東京空港警察署のエレベーター内にいた。
「こんな場所に隠れたボタンが存在するなんて、署員でも気付かないはず。って谷原君はここに来たこともないはずなのに、指示に手際がいいね。浅原さんに聞かされていたとか?」
その質問に直人も苦笑いするしかなかった。
「よし、開いた。じゃ、行きましょう」
下山はそう告げると、直人、SATと共に地下施設へと潜入し、SNSでその状況を浅原に告げた。直後、浅原からの指示が入った。
「各班、到着14時45分。私の合図を待って行動開始」
「了解」
下山はそうタイピングすると、直人の肩を叩いた。
「行こ。しかし、浅原さんは何処から潜入するんだろう?聞いてないか?」
直人は静かに首を横に振った。
湾岸道路を降りた護送車とコンテナを牽引したトラックは、報道のヘリコプターを上空に従えて目的地である大井税関前交差点へと乗り付けた。護送車のドアが運転手によって開かれると、手下とともにMr.Xはその姿をカメラの前へと現した。
「時間がない。すぐにトラックに乗り込んで作業にかかるんだ」
手下の何名かはトラック周辺の警護、そして内2名はトラック内部へと姿を消し、その直後からはトラックの底面が赤く円形状に溶け出し、数分以内には大きな穴をこしらえていた。それは、コンテナを支えるシャーシ部分をきちんと考えてあるかのようだった。
「準備完了です」
その言葉と共に、トラック下のアスファルトにも下からの作業の進行が伺えだした。
「よし、内部の武器を一つ残らず携帯しろ。俺は少し置き土産でもするかな」
そう言うとMr.Xは頭上にけたたましい音を鳴り響かせているヘリコプターを見上げた。
「ね、あの真上につけて」
「え?いいんですか?上空も封鎖の対象だって…」
「貴方…クビになりたいの?狙撃されるわけでもなしに…。それに私たちの映像が独占してるんでしょ?私もいつまでもレポーターなんてやってられないの。フリーになるいい機会だわ」
「しかし、勝手な振る舞いはするなって」
「貴方、これから誰と仕事したいの?」
松下のその言葉には重みがあった。彼女は今や、民放のどこもの番組が欲しいと思わせるほどの茶の間の人気を得ていたからだ。カメラを向けられると、その知的な顔立ちとは打って変わってギャップのある笑顔が誰にもうけた。ただ、その性格は強気で同僚の者たちの反骨心をも抑えてしまっていたのだが…。
「わかったよ、大丈夫だろうな?」
松下の乗ったヘリコプターは急旋回をしたかと思うと、交差点の真上へと進入した。Mr.Xは、その行動を冷静に見ていたかと思うと、徐にコンテナの中へと消えていった。
「何をやってるんだ、すぐに退避させろ」
「馬鹿か、うちのヘリはどうなってるんだ?」
対策本部でそう叫んだ直後である。Mr.Xが、コンテナよりバズーカ砲を上腕部に抱え、姿を見せたのである。
「いかん、退避だ、退避。退避させろ」
警察のへりが割って入った。だが、Mr.Xは何の躊躇もすることなく、バズーカ砲を肩に乗せ、照準を合わせ、正に撃とうとした、その時だ。
激しい痛みが彼の左頬を襲った。あまりの衝撃に肩に担いでいたバズーカ砲はもう少しで地面へと発射されそうになるとこを、辛うじてくいとめた。
Mr.Xは何が起こったのか、気付くまでにそう時間はかからなかった。なぜなら、クラッとしたその足に力をこめ、その衝撃を与えた方向に目をやると、そこに浅原の拳が見えたからだ。
「貴様、何でここにいる?」
「悪いな。仲間は皆、先に行ったのか?なら、1対1だな。そんな物騒なもん提げてて、俺とやりあえるのか?」
そう言うと浅原は更に、その腹部へと次なる衝撃を与えた。
「ブハっ」
Mr.Xは、その痛みに持っていたバズーカ砲から手を離さずにはいられなかった。浅原は牽引してきたトラックの助手席で様子を今まで伺っていたのである。
「悪いが、連中を下で待たせてるのは君じゃなく、俺だ」
Mr.Xのがむしゃらに振り回すその腕も交わしつつ、浅原はそう言って更なる一撃を与えた。抵抗をしなくなり、蹲ってしまったMr.Xに手錠をかけると、この様子を見て、駆けつけてきた署員にその身柄を引き渡した。
「留置場で待ってな。まあ、二度とMr.Yには会えないだろうがな」
そう言い残すと、浅原はコンテナの内部へと姿を消すのであった…。




