27.爆破の代償
そこに居合わせた人々は、グラッとした足元の大きな揺れから、その体重の全てが体外へと放り出されるような感覚に襲われたかと思うと、凄まじい地響きと共に地面が隆起するのを目撃した。だが、次の瞬間には目の前にしていた光景の全てが地中に飲み込まれていったのだ。金属の軋む音が耳にダイレクトに伝わってくると、東京スカイツリーは傾き始め、背筋が凍るという感覚はこういうものかと誰もが鋭い慄きに震え上がった。
「浅原さん、どういうことですか?爆破はないって…」
吉澤茜の震えた声が音声として電波にのっかってしまうと、国民の誰もが起こってしまったその事実から目を背けられずにいた。
「駄目だ、倒壊するぞ、逃げろ」
あちらこちらで、そう言った言葉が飛び交い始めた頃には、パニックとなった人々の悲鳴や怒声に全ての言葉は掻き消されていた。
「撮っているのか?」
「と、撮ってますけれども、私達も此処を離れた方が…」
浅原の言葉は尚もカメラマンのプロとしての仕事を放棄はさせなかった。…が金属音は鳴り響き、むしろどんどんと大きな音を奏で始めた。
「もう少し…もう少し…」
「浅原さん、戻りましょう」
直人は眉間に指を充てがうと浅原の腕を握った。
「ダメだ、待て」
そう言ったかと思うと、浅原は急に前屈みになり、その場で吐血をしてしまったのだ。
「浅原さん?」
浅原の横顔は青ざめている。そこまで身体を悪くしていたのか…。直人は浅原の身体を心配すると共に、今、浅原に倒れられては自分にはどうすることも出来ない…そうも直人は感じていた。
「大丈夫だ…もういいだろう」
徐にカメラマンの方に近づくと、その肩にしていたカメラを取り上げたのだ。
「な…何をするんですか?」
「浅原警部補、どうするんですか?」
カメラマンや、茜や下山のその言葉をも無視して、浅原は中から録画テープを取り出したかと思うと、直人に血の付いた手でそれを差し出した。
「これが鍵になるやもしれん」
「浅原警部補、本当にスカイツリーを爆破させたのか?…やむを得ない、皆の者を至急に避難させろ。そして彼を連行するんだ」
現場に舞い戻ってきた松島は、共にしていた警察官にそう伝えた。
「どういうことですか?松島さん」
「わかるだろ?下山。浅原は爆破されることを知りながら、その事実を黙認したんだ。何も言うな」
警察官に腕を掴まれながらも、浅原は端的に直人に指示をした。
「私はもう君とは戻れない。今まで目にしてきたこと、耳にしてきたことを私自身に伝えるんだ。そしてそのテープを渡せ。きっと私なら何をすべきか気づけるはずだ。そして、堤下という人物を探し出せ、忘れるなよ」
「浅原さん…」
直人はそれでも彼の背中を見送りながら、その大混乱の最中、眉間へと指を充てがった。
取調室ー
「そうだな、まだ君には話してなかったな。私が知る限りでは、約100万人に…」
そう言いかけた浅原は直人の異変に気付いた。
「ん?リウィンドか?どういうことだ?」
浅原のその質問をも無視して、直人は机の上のコップの水を飲み干した。
「あ、俺が飲もうとしていたのに…まあ、いい。何があったんだ?」
直人の頭からは浅原の吐血した姿が離れなかった。直人はそのイメージを振り払うように頭をシャキッとさせる為、数回に分けて首を横に振ったかと思うと、手にしていたテープを浅原のほうにと差し出した。
「これを見ることのできる場所がありますか?浅原さんが私に託けました。貴方に渡せと…それからお話をしたいんですが…」
「そうか、わかった。何かが記録されているんだな?見てみよう」
浅原が取調室を出ると、下山が待っていた。
「あ、浅原さん、先ほど松島さんから連絡が入ったのですが、東京スカイツリーに爆弾が仕掛けられているっていうのは、ガセじゃないかと…」
その言葉を浅原がビックリしたように遮り、直人の方に目をやると、直人はその全てがこのテープには記録されていると言わんばかりの表情をしてみせた。
「下山、悪いがその話はまた後で聞こう。谷原君、行こうか」
浅原は、直人を連れてテープの見れるモニター室へと向かった。
「これを私に渡せと?」
全てを見終わった浅原はそうとだけ口にした。
「貴方自身が、何をすべきか渡せば気付くはずだと…。そして、堤下という男を探せとも。彼はこのスカイツリー地下への入り口へと僕達を案内した男です」
直人は昨日からの一連の流れをこと細かく浅原に告げた。もちろん、Mr.Yが自分達よりも更に過去に戻ることのできるリウィンダーであることをもだ。
「悪いが、少し一人にさせてくれないか?与えられた情報を整理したいんだ。悪いがコーヒーでも買って来てくれ」
浅原は財布を渡し、そう直人に告げると、何かを考え出したのだろう…異空間を見つめるような瞳をしてみせた。直人は心配しながらも言われた通りにその部屋に浅原一人を残し、ドアを静かに閉めるのだった…
「浅原さんは何をしてるんですか?」
下山は缶コーヒーを手にした直人にそう質問した。いつにない違和感を感じたのであろう。ガラス越しに見てとれる浅原の様子はいつもとは何か違っていた。天井を見上げたかと思うと、先ほど指示されて渡したA4のコピー用紙に一心不乱に何かを書いている様子が見て取れた。
「わかりません…。飲みますか?」
直人は自分用に買った缶コーヒーを下山に勧めたのだが、下山は小さく首を振り、浅原の様子を心配そうに見つめていた。
「ね、私はどうすればいいの?」
そう吉澤茜が歩みよってきた時だ、浅原は全ての謎を解いたかのような表情をして、そのドアから出てきた。
「下山、明日の朝7時。NHK、そして全ての民放の代表責任者をここに集めるんだ。そして、堤下という男を大至急に探せ。恐らく彼は政府関連の者だろう。警察庁長官にその人物のことを聞けば、必ず容易に見つかるはずだ」
「もうこんな時間なのに、代表責任者に連絡を取れと?」
既に時間は当日、深夜未明を指していた。
「これは非常に大事なことだ。何としてでも全てのテレビ局の協力が必要だ」
「わかりました」
「私もいていいですか?」
吉澤茜は懇願するかのような表情で浅原にそう問いかけた。
「あぁ、君にも協力してもらわないとな。朝まで別室で谷原君と仮眠を取ってくれればいい。寝心地は決して良いとは言えないが、それでも少しは休息を取らないと。明日を最後にするからな」
「最後って?」
そう聞き直した吉澤茜の質問にはただ頷くだけで、そう決断したかのような強い視線は直人を見つめていた。恐らく、血の付いたテープやら、直人の心配そうな顔からもう後がないことも察したのであろう。何も語らないお互いはその顔を見せ合うことで会話は成立していたのだ。
「じゃ、二人を仮眠室に。それから、私も動きます」
そう二人を案内しようとした下山を浅原は呼び止めた。
「あ、大丈夫ですよ、仮眠室の場所はわかりますので」
直人は茜と共にその場を離れた。
「下山、この手紙を…。もし私に何かあった時には一通は君が。そしてもう一通を直人君に渡して欲しい」
そう言って、浅原は4つ折りに無造作に折られた手紙に夫々に宛名を記したものを下山に手渡した。
「何を言うんですか?縁起でもない。おかしいですよ、どうかしたんですか?」
「いや、何があってもおかしくないだろう?明日は必ず奴らを止める」
下山が自分宛に書かれたその手紙を開けようとすると、浅原は静かに静止した。
「わかりました。今は見ずにいます」
「ちゃんと君達に届くといいんだがな…」
「何を言ってるんですか?ちゃんと預かっておきますよ。それにこれを見ないことを祈っています」
下山のその言葉に浅原は微笑した。
「ね、寝れる?」
「いや、でも少しは寝ておかないと」
直人は茜とともにその簡易的な各ベッドに身を預けていた。
「私に協力して欲しいことってなんだろう?」
「わからないよ。わからないけど、明日には説明があるだろ?明日が最後だ…」
お互いは背を向け壁を見つめていたが、次第に瞼が重くなってくるのを感じ始めていた。




