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24.兄弟の契り

 朝になり、浅原は一番に拘留しているMr.Xの存在を確認出来ると、少し気持ちを落ち着かせることが出来た。後は、2日も、3日も前にMr.Yの力が及ばないことを願うばかりだ。浅原はMr.Xを取調室へと、そして直人を特別に許可して、…とは言っても、彼の独断ではあるのだが、隣の監視室から見ているようにと指示をした。


「昨日はよく眠れたか?」

「浅原さんは眠れていないようですね?」

 Mr.Xは軽く欠伸(あくび)を交えながら、尚も余裕であるかのような態度を示していた。

「さぞかし、君は組織の中で力があるんだろうな。君のその態度を見ていればわかるよ。どうだ?煙草でも吸うか?」

 浅原が煙草を差し出すと、それを当然かの如く、1本を取り出して口にした。

「で?今日は少しは私と話してみないか?組織のこと、それにMr.Yのことについてもな」

「なんであんたに話さなきゃなんないんだ?今までも俺たちの組織はあんた達にとっては、雲を掴むような存在だったんだろ?アンフィスバエナ。それはその名称が示す通り、神話の様な存在であるべきなんだ、これからもな。要は俺たちは神なんだよ」

「ふん」

 浅原は鼻で笑ってみせた。

「確かにな。今までは、君達のことを理解することができなかったよ。ちっとも姿を見せてくれないんでな。しかし、所詮は金欲しさのそこらの烏合の衆と変わらんってことさ」

「おやおや、1日にして私たちの評価は随分、ガタ落ちしたものだ」

 浅原の差し出したライターで火をつけた後、Mr.Xはずいぶんと長い一服を楽しんだ。

「で?東京スカイツリーに爆弾を仕掛けたなんてことは、当初の予定になかったはずだよな?どうしてそうなったかはわかるよな?」

 Mr.Xはそれまでの態度を一変させ、真顔となった。

「なるほど、不測の事態ってわけだ。ん?当初の予定?って何を言ってるか、わからないんだが、どういうことだ?」

「君達が今までに捕まることのなかった…いや、存在をつかませる事のなかったやり口が、ようやく私にも理解できたんだよ。君の言う不測の事態ってやつが起こったのさ。お前が死ぬことでね」

「理解なんて出来るわけないだろ。それにしても俺が死ぬ?って一体、何を言ってるんだ?」

「君はMr.Yに見捨てられるんだよ」

「んなわけねぇーだろ?奴は俺の兄弟も同然だ。奴は俺を裏切らないし、俺も奴を裏切ることはしない。大きな借りがあるんでな」

「もしかして、奴の失った両足が関わっているとでもいうのかな?」

 その言葉に10年前の出来事がMr.Xの脳裏に鮮明な映像となって蘇ってきた。


 10年前…タイ


 1997年に始まったアジア通貨危機により、タイは一時期、混乱に陥ったものの、その後の発展は目まぐるしいものがあった。日本や中国企業の活発な誘致合戦は、今日までの東南アジアでの工業国としての立場を揺るぎないものにしていったのだ。だが、2006年にタクシン派、反タクシン派との政治対立が深まり始めると、度重なるクーデターが発生し、政情不安を加速させていった。こんな時代の国には自ずと、影にて成り上がろうとする者が増えてくるものである。

 Mr.Xは、Mr.Yと共にまだ別の組織の中の一員であって、この国の裏取引全般を任されていたのだ。まだMr.Yが車椅子に乗る前のことだ…。

「物の質が悪すぎる、こんなものを買わせるために俺たちをこんな山奥にまで足を運ばせたのか?」

 Mr.Xは舌の上で味わったものを吐き捨てると、苛立ちをそのまま取引相手にぶつけていた。辺りは深い森に囲まれたこの山奥の地の一角に開拓させた場所を確保して、この国の軍隊をも想像させるような重々しい空気感を漂わせていた組織があった。サトウキビ畑の様子は表舞台のことであって、ここで生活している女性や子供達までもがこの質とやらに関わる栽培に勤しんでいた。それはもちろん、何であるかを知らされてはいないし、ここにいれば少なくとも命の保証が成されていた。二度の飯にはありつけるのである。

「ふん、お前達、日本人は何かとあれば、質が悪いだのどうのこうのと言って、難癖をつけやがる。悪いがな、俺たちは世界を相手に商売してるんだ。お前達じゃなくても、客は此処に押し寄せてくるんだ。嫌なら他にあたりな」

 武装した集団を統括しているのは、この国では名の知れ渡ったソムチャイと名乗る男だった。小柄で痩せてはいるのだが、彼に足を向けて眠った翌日には足が無くなっているとまで恐れられてきた短気な男だ。その言葉にも十分すぎる悪の風貌が見てとれた。

「すみません、だが私たちも仕事でしてね。悪く思わないで下さい」

 そう言って両手を胸の前で合わせ、礼儀を尽くしたのは、ソムチャイ側に近い方に立っていたMr.Yだった。

「で?どうするんだ?」

 ソムチャイはサングラスの中の視線をMr.Xに見据えたまま、そう言った。

「できれば価格をもう少し下げて頂ければと、そうすれば私達があなた方の生活を保障できるような物量を買い占めてみせますよ」

 その言葉にソムチャイは手下に顎で指示を送った。

 2発の銃声が鳴り響き、Mr.Yは両足の痛みに耐えきれず、その場に跪いた。

「てめー何しやがる」

 Mr.Xのその言葉で2人に同席していた仲間の数人も短銃を構えたのだが、すぐさまソムチャイの手下どもに銃を構えられ、既にMr.側は包囲された状態の中にいた。

「君達の組織を敵に回すことなど私にとっては些細なことだ。俺に対しての侮辱は、お前達の命をもって償ってもらうよ」

 そう言って、ソムチャイが自ら銃を構えたその時だ…。

 Mr.Yはその言葉の終わらない内に、Mr.Xの右手首を強く握りしめていた。Mr.Xは意識が遠のいていった…

 Mr.Xがその意識を取り戻した時には、Mr.Yの足は既に動かないものとなっていた。まだ、その取引場所へと向かっている最中の車の中での出来事だ。

「ど、どうして?」

「俺たちをここで終わらせるわけにはいかないだろう。どうせ、消えそうな命だったんだ。だが、俺は悪運が強いらしいな、2本の足を失っただけで済んだんだ。この痛みは決して忘れない。ここからが、俺たちの始まりだからな」

 そこには、Mr.Yの膝から下は存在していなかった。両足の痛みは相当だったはずであろうのに、Mr.Yはそう声を震わせながら、自分たちを鼓舞していた。Mr.Xもまた、命を救われたのだ。この日の屈辱は決して忘れることはないと心に誓い、と同時にMr.Xへの契りを固くするものとなった。兄弟の契りを…。


「だが、今回はお前は見捨てられるんだ」

 そう浅原は言い切った。

「奴は見捨てないさ。何か忘れていないか?奴が未来を書き換えれるってことを…」

 そう言ったMr.Xは自分の言ったことに後悔した。だが、そうは言ってもこいつらには何もその事実を変えることはできないんだ。そう思い直すと、Mr.Xはまた安心したかのような笑みをこぼした。

「笑っているようだが、君はこの言葉を知っているか?」

 浅原は「R.E.W」と書かれたその紙の切れ端をMr.Yに手渡した。

「なんだ?これは?暗号か?」

「Mr.Yが持っている力というものに私が名付け親になったんだよ。リウィンドって言ってな、巻き戻しって言う意味だ」

「ほう、浅原さんはこの力の存在を理解できるのか?…ん?なぜだ?」

「君達は特別な彼だけの能力だと思っているようだがな、俺が数々の難事件をいともあっさり解決してきた事を見落としていやしないか?私もその力の能力者だ」


 浅原の突然の宣戦布告に直人も面食らっていた…。

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