23.新たな情報
一体、何度、同じ日を繰り返せばその先に進めるのだろうか…。
直人にとっては、このような経験は初めてのことだった。もちろん、浅原にとってもだ。この取調室にはあまりにも長く居るようで、この繰り返される時間の束縛から解放される事を、二人は願わずにはいられなかった。
「どういうことなんですか?奴もこの能力保持者だなんて…この能力って、そんなに多くの人に備わっているとでも言うんですか?」
直人は今まで自分一人が抱えてきた特別なこととばかり思ってきたのに、ここにきて二人のこの能力保持者が突然、自分の目の前に突如として現れたのだ。そう疑問に持たざるを得ない状況に、恐怖すら感じ始めていた。
「そうだな、まだ君には話してなかったな。私が知る限りでは、約100万人に1人くらいの割合で存在していると仮定していいと思う。そうは言っても、東京の人口だけで、1300万人以上いるのだから、単純計算でも東京周辺に13人は存在しているということになる。まあ、13人全員がその自分の能力を開花できているかどうかということには疑問が残るんだが…。これはこの力を理解できない一般の人から見ると、多いとみるべきだろうな。しかし、残念なことに今回のケースの様に善人ばかりが保持者とは限らない。稀にこういった事があるってことを危惧しなきゃならん」
浅原は喉が渇いたのだろう…机の上にあった水の入ったコップを手に取り、口に含んだ。
「良かったら、コーヒーでも頂けませんか?」
「そうだな、少し落ち着いて事を運ばなければならないしな」
そう言って立ち上がり、ドアの方に歩み寄ってノブを回し外に出ると、下山がそこに立っていて、待っていましたとばかりに話しかけてきた。
「あ、浅原さん、先ほど松島さんから連絡が入ったのですが、東京スカイツリーに爆弾が仕掛けられてるって言うのは、ガセじゃないかと。そう言っておきながら他の箇所への注意を削ぐことも考えられますし…。あ、もちろん東京スカイツリーの警備は厳戒態勢を敷いてはいるのですが…どこを探してもその様な不審物は見つからないとの事なんです」
「ん?スカイツリーに爆弾?って一体、何のことだ?」
浅原には何か嫌な予感がしてならなかった。東京スカイツリーに爆弾?そんな話は繰り返してきた時間の中ででも初めて聞いた新たな情報だからだ。
「嫌だな、浅原さん。昼の会議の時に警察庁長官が言ってたじゃないですか、そう奴等からの警告があったと。もう忘れました?」
浅原は咄嗟に思った。奴によって、書き換えられてしまったのだと…それも浅原達にとっては既に過去のことだ。ということは、もしや奴は24時間以上をも、過去に戻ったということになるのか。浅原のその青ざめた表情を見てとった直人は彼の肘を掴んで、力を込めた。
「あ、下山さん、すみません。ちょっとだけ浅原さんをお借りしますね。もう、喉が渇いちゃって、渇いちゃって。浅原さん、いいですか?コーヒーでも飲みに行きましょう」
3人の会話に何らかの情報が得られるのでは?と椅子に座りながらも、聞き耳を立てていた吉澤茜が下山のそばへと歩み寄ってきた。
「あ、下山さん、吉澤さんを送って行かれたらどうですか?もう夜も遅いわけですし、私もしばらくしたら、浅原さんに送ってもらいますんで、ね」
直人はウインクしながら、下山にそう言って、浅原を連れて自販機の方へと向かって歩いて行った。
「どういうこと?どうかしたの?」
「いえ、わかりません。…わかりませんが、私、下山が茜さんを家までお送りします」
そう言って、下山は茜の方を向いてニコッとするのだった。
廊下の突き当たり、自販機の前まで来ると浅原は、ポケットから小銭入れを無造作に取り出し、直人に預けると、そこにあった長椅子にドサっと腰を掛けたかと思うと、徐に天井を見上げた。それは脱力感からくるもの以外、何物でもなかった。
「浅原さんも、確かブラックでしたよね?」
直人は2人分のコーヒー代をそこから頂戴すると、同じブラックのコーヒーを買い、その1本と小銭入れを浅原へと差し出した。
「これで、謎が解けたよ。横浜港で私が腑に落ちなかった出来事の原因も全て。奴は私たちと同様に未来を書き換えることができるんだ。それも最悪なことに私が理解していたものを超えている。奴は24時間以上前にリウィンドできるって事だ」
浅原は受け取ったコーヒーの蓋も開けずに、小銭入れと一緒に長椅子の、自分のそばに放り出し、そう言ったかと思うと、頭を抱え込んだでしまった。今まで全ての事柄に対して自信に満ち溢れていたその表情とは打って変わり、落胆のその様子は直人にも感じられるほどだった。
「僕たちにはいいニュースと悪いニュースが存在しますよね」
直人は自分の缶コーヒーのプルタブを開け、喉に一口、流し込んだ。当分、ご飯を食べていない気がするのだが、実際の体はこの時間にあるのだ。数時間前に口にしている。もしかしたら、喉が渇いたっていうのも感覚的なものなのかもしれない。直人はそんなどうでもいい気持ちに襲われていた。
「いいニュース?私には悪いニュースしか、頭に浮かばないんだがな。今までは、私たちに充分、分があると思っていた。奴等に勝てると。だがどうだ?お互いがリウィンダーと知って、5分と5分。それが、奴の方が24時間以上を書き換えられるときている。一体これのどこにいいニュースがあるって言うんだ?我々に勝ち目があるとしたら、どこなんだ?」
そう言って、直人を力のない眼差しで見上げた。
「奴はまだ知りませんよ。僕らがリウィンダーだってこと」
直人のその言葉に、浅原にも一筋の光明が差し込んだかに思えた。
「なるほど、そうか。私たちは奴を知ったとしても、奴はまだ私たちを知らないってことか」
「もちろん私たちには悪いニュースも存在します」
「ん?何だ?」
「次に奴と出くわす時は、必ず奴を捕らえなければなりません。でないと、彼もまた私たちの行動を疑ってかかるだろうし、彼が私たちをそれでリウィンダーであるとの疑いを持つことも十分に考えられます。実際にその状態で彼が過去に戻ったとすれば、もう私たちは太刀打ち出来ません。彼の勝ちとなるでしょう」
「私たちにとって、チャンスは残り一回ってことなんだな?」
直人は静かに頷いてみせた。果たして可能なのだろうか?可能でないとしても…奴等を少しずつでもそうやって追い詰めていくしかないことだけは理解できた。まだ同じ日を繰り返すという呪縛からは逃れられそうにない…そんな気がしていた。
「ん?Mr.Xはどうなってる?留置されているのか?されているなら、もしかするとその時間までMr.Yは過去に戻れないのかもしれないし、Mr.Xに確かめてみたいこともある。奴から情報を聞き出してみるか…」
少し前向きになれたのか、浅原には何か考えが浮かんだのか、直人にはまた頼もしい存在として返ってきた。
「え?情報を聞き出す?何か思いついたんですか?」
「あー、奴はMr.Yがリウィンダーだということを理解しているようだった。だから、常に勝ち誇った態度でいれたんだ。もし、奴が俺たちもリウィンダーだと知ったらどうするかな?」
「何を考えてるんですか?奴にそんなことバラしちゃ、こっちの切り札がなくなるじゃないですか?」
直人が理解ができないといった様子のその横で、浅原は悪戯をする少年のように、表情をニヤつかせていた。




