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22.Mr.Yの行方

「えー皆様、ご覧になられますでしょうか?国際的なテロ集団とされていますアンフィスバエナのメンバーが、たった今、護送車のほうへと乗り込む模様です」

 松下咲が実況を始めると、茜もまた、地上の彼らの様子を見降ろしていた。茜は気が気ではなかった。下山の口にした言葉がずっと脳裏から離れなかったのだ。そうなれば、東京テレビのヘリの近くにも他局のヘリコプターが数台、飛んでいて、どのヘリコプターがその標的にされてもおかしくはないのだ。今、日本国民は、あらゆる場所に於いて、この生中継されている映像に釘付けとなっていた。

「彼等の要求しています100億という身代金は想像を絶するものです。果たして実際にそれだけの金額を支払うことは可能なのでしょうか?当局が得た情報によりますと、この東京のどこかに他にも爆弾が仕掛けられていて、昨日より警察全署を挙げて、その爆弾の探索は行われているとはいうものの、現在も尚、発見には至っておりません。今、東京都民の誰もが人質となっていると言っても過言ではないのです」

 咲は冷静なまでに自分の職務を淡々とこなしていた。確かにそういった面では、見習わなければならないと思う部分を茜は感じざるを得なかった。咲の音声マイクのスイッチが切られた後もクルーの手にするカメラは彼等の様子を見失うことなく追い続けていた。

「ねえ、本当にあなた、あれだけ警察官と時間を共にしながら、他に何も情報を得ていないの?」

 咲の言葉に茜は静かに頷いた。

「ほんと、あなたって役に立たないわね」

 茜には咲の言った皮肉なその言葉も耳には入ってこなかった。むしろ、これから起こるかもしれない惨劇とやらに思考は奪われていたのである。



 テレビ中継を注視していたのは、国民や警察本部の者たちだけではなかった。Mr.Yも同じ様に現在の状況を報道を通じて、くまなく監視し続けていた。目の前に設置されたモニターの一部がそれを映し出している。

「よし、同志はこちらに向かい始めた。皆の作業を急がせろ」

 両側にいたボディーガードとでも言おうか、柄の悪いその者達にそう告げると、しきりに彼の右手は車椅子に装着されているリモコンに触れて、身体を心地よく揺らしていた。

 浅原や、下山、片倉と、そして松島はすでに彼等を囲む様に、それぞれの指定場所についており、その様子を静かに伺っていた。

「私が合図、奴等を包囲」

 声、物音も出せないその空間で物陰に隠れながら、SNSで浅原は、そう端的な言葉で指示した。こんな地下でも電波は行き届いているようだ。



 時間は午後2時42分。


 コンテナを牽引したトラックもろとも、護送車が頭上の交差点の指定位置に到着すると、アンフィスバエナの一員は、運転してきた警察署員によって開けられた後部のドアから勢いよく飛び出し、警察署員はすぐさま、指示通りにその場をあとにした。

「ねぇ、もっと近くで彼等を映して」

 ヘリが咲の言葉のもと反転し、現場上空に向かおうとすると、茜はその行為にすぐ反応した。

「近づいちゃ、ダメ。彼等はこのヘリを撃ち落とせるくらいの武器を手にしてるの」

「何を言ってるんだ。…って、おい、まさか。あれを見てみろ」

 そう言ったクルー達の目に飛び込んだのはバズーカーを手にしたMr.Xの姿だった。

「ダメ、離れて」

 咲の言葉と同時に操縦士は、操縦桿を強く旋回方向へと倒していた。瞬時に放たれたバズーカーはたまたま彼女たちを退避させようとした警察のヘリコプターの後部を破壊し、そのヘリを打ち落としたのである。東京テレビのクルーたちは皆がその様子に青ざめてた。

「あなた、知ってたの?」

 咲は放心状態になりながらも、その言葉を発することが精一杯だった。


 浅原達の頭上、おそらく地上で何か起こったのだろう。物凄い音が施設に反響していた。下山、片倉、松島は思わず、飛び出そうとしながらも、浅原の指示がまだないことを思い出した。

「くそ、惨劇は食い止められなかったか…」

浅原の忠告は意味を成さなかった。

 数分後、天井へと延びていたそのシューターを利用して、最後の人物となるMr.Xがこの場に足を付けた。

「どうだった?」

 Mr.Yがそう口にし、Mr.Xに微笑んだ時である。

 浅原はくれぐれも「ここを動くなよ」と直人に指示した場所から、彼等に見えそうな位置までその立ち位置を進めていた。

「動くな」

 その声と共に、下山、片倉、松島と共にSATの全員がアンフィスバエナを銃と共に包囲したのである。その直後、たった今、ここに降り立ったMr.Xをも含め、奇声をあげたかと思うと、銃撃戦が開始され、各々に物陰へと身をひそめ、男たちは充填を繰り返しながら、お互いを撃ち合った。

「ヤメー、ヤメー」

 Mr.Yの大声と共に耳鳴りが残りそうな音響は止んだ。

「浅原さんか?どうして、ここにいる?さては、上の者たちが気づいたのかな?まんざら、税金で飼われているだけの頭の悪い連中ってわけでもなさそうだな」

 Mr.Yは法の番人とされる者たちを皮肉ってみせた。

「海、空、地上、どこにもその逃げ場がないとしたなら、残すところは地下しかないだろ?」

 浅原は直人のほうに向かって、不器用なウインクをしてみせた。

「なるほどね、しかしお前たちにでさえ、よくこの施設を公表したもんだ。さてはここで全てを封じ込めれるとでも思ったのかな?だが君たちは何か忘れちゃいないか?俺たちは爆弾を仕掛けていると言ったろ?今、ここでそのスイッチを…作動させてもいいんだがな」

「どこに仕掛けてるんだ?さて、それを爆破したところで、君たちはこの場をどうやって切り抜けるんだ?」

「それもそうだな。では、取引といこうか、俺たちは君たちを置いて、ここを抜け出す。それまでは、このボタンは保険としておこう。俺が作動させるか否かは君達の判断に任せてみようか」

 そう言って上にかざしたMr.Y。今度はその手を狙ってSATが一発を発砲した。…が、弾は当たらず、Mr.Yの腕を引っ込めさせただけだった。この行為がMr.Xの頭に火をつけたのだ。

「貴様ら、ここを生きて出させねー」

 Mr.XはMr.Yを(かば)うように発砲した。その上腕部を今度は片倉が撃ち抜いたのだ。

「痛ってー。クソ野郎どもが」

「ボタンを押すぞ」

 そう言ったMr.YをMr.Xが制止した。

「お前は戻れ、それまで俺たちが援護する」

 そうMr.Yに向かって言葉をかけると、振り返って仲間と共に乱射し始めた。

「行け」

 Mr.Xの言葉に(うなず)きながら、Mr.Yは車椅子を動かし、その場を後にした。


「やめろ、やめろー」

 浅原の言葉に再度、銃撃戦は止まった。Mr.Xは血を吐きながらも、意識は浅原たちの方へとしっかりと向けていた。SATたちの包囲に行き場をなくした者達は、その場に銃を降ろし、投降の意思を示してみせた。立ち込めていた火薬の匂いも、白もやもこの空間では薄らいでいくのに時間がかかっているようだ。

「おい、Mr.Yはどこだ?」

 その場所からMr.Yの姿は消えていた。

「下山、そっちは?」

「いえ、こちらには来ておりません」

「こっちにも来ていないぞ」

 松島の言葉も返ってきた。

「奴はどこへ行ったんだ?」

 浅原の問いに皆がその行方を追った。

「お前らには到底、理解できないさ」

 その場に倒れていたMr.Xは微笑みながらそう口にして、静かに瞳を閉じた。

「浅原さん」

 そう呼びかける直人の指差す方向に彼の車椅子だけが主人を失ったかのように寂しく存在していた。

「リウィンドです」

「何?リウィンドって、誰が…まさか、そ、そんなことが…」


 浅原たちはその車椅子を呆然と見降ろしていた…。

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