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21.未来予想図

「吉澤さん、2番にお電話が入ってますよ」

 その呼びかけは、事件を流し続けるモニターに夢中になっている茜には届いていなかった。

「おい、吉澤」

 局長の隅々にまで聞こえそうなその声に、口元に運んでいたマグカップを落としそうになりながらも、ようやく茜は我に返った。

「え?何?」

「2番にお電話です」

「誰?」

「警察ですよ、下山って言っていますけど?」

 こっちも忙しいのに…とでも言いたげな男は明らかに不愉快な気持ちをその顔色に浮かべていた。茜は決まり悪そうに局長をチラ見すると、一生懸命に「情報を取れ」そんなジェスチャーを彼は何度も繰り返していた。

「はい、何のご用件ですか?」

「吉澤さん?…あ、昨日はどうも。ちょっと聞きたいことがあるんですが…、東京テレビも中継ヘリって出されるんですか?」

そんなたわいもない事で?茜は適当にあしらおうと思い、情報でもない限り、早めに電話を切るつもりであった。

「もちろん、出すわよ。それが何か?」

「茜さんが乗られるんですか?」

 この事件のスクープをたった今、先輩の松下咲に取られたっていうのに、なんて無神経な奴。茜はその言葉にプチンときてしまった。

「茜じゃなく、吉澤でお願いします。何ですか?谷原君は今も警察と共に行動してるんですよね?私、貴方たち警察に情報を提供したわけだし、十分な協力をしたと思うんですけど?私と谷原くんの差別って何なんですか?(ひど)くありません?」

 また、いつもの癖だ。思ったことは口に出さないと気が済まない。「また、やってしまった」と思っても、もう遅かった。局長は右手で顔を覆って、天井を見上げていた。

「茜さん、くれぐれもそのヘリを指定場所の半径10km内には近づけないで下さい。彼等の要求は上空をも示唆してるんです。さもないと…」

 吉澤でと言った言葉を彼は聞いているのかしら?そう不機嫌に思いながらも更に尋ねた。

「さもないと、何よ?」

「さもないと、ヘリが標的にされ、撃ち落とされる可能性もあるんです」

「標的って、そんなバズーカーみたいなものが、あるわけじゃあるまいし…って、え?あるの?」

 冗談で言ったつもりが、下山の言ったことを頭で繰り返すしてみると、背筋にゾクッとしたものを感じた。

「今はこれ以上、詳しくは言えません。ですが、これは浅原さんからの伝言です。お願いしますね、頼みましたよ」

 そう言ったかと思うと一方的に電話を切った。

「お願いしますって、もしもし?もしもし?…もう」

「情報は…」

 近づいてきて、その内容を聞こうとした局長の言葉を茜は遮った。

「松下先輩は、今どこですか?」

「あ、いや、まだ屋上で、これからヘリに乗り込むところだと思うんだが…」

 その言葉を聞き終わらない内に、茜は自分のハンドバッグを手にしていた。

「私も行ってまいります」

「行ってまいりますって、情報でもあったのか?先ずは報告だろ?ちょっと待て…おい…」

その上司の言葉をも茜は置き去りにした。


 松下咲は、ちょうどクルーと共に自社のヘリコプターへと乗り込むところだった。茜は遅れないようにと駆け足で松下の元へと向かった。

「松下先輩、私も連れて行って下さい」

 ヘリのその騒音や捲き起こる強風にも負けじとその声は、松下咲の足を引き止めた。

「この件は、私が引き継ぐって言ったでしょ?貴女は此処にいて、新しい情報でもあったら、直ぐに私に報告しなさい」

「邪魔はしません、お願いです、先輩の側で勉強したいんです」

 その言葉を聞いて、咲は満更でもないような表情をしてみせた。

「連れて行ってやったら?」

「わかったわ、でも、決して板には乗らないでね」

 「板に乗るな」とは、業界用語でスクリーンの中には入るなということだ。茜もやっとここにきて、こういった各先輩の発する業界用語にも対応できるようになってきた頃だ。クルーの言葉に後押しされる様に、咲は態度を軟化させた。

「ありがとうございます」

 全員が乗り込むと、ヘリコプターは爆音と共にテレビ局の屋上を後にした。



 浅原、直人が足を踏み入れたその場所は、アーチ型の天井をしており、広さ、高さは奥に行くほど、広く、高くなっているようだった。壁際の両サイドにはかなり太いケーブル状のものが走っており、照明はまだ本格稼働をしていないのか、全体を見渡せるほどの明るさはなく、そこは廃熱できていないのか、淀んだ空気と共に不気味さを漂わせていた。

「あれは何ですか?」

 直人が指差したのは、その巨大な空間の中央に置かれた、今までに見たこともない小型飛行機のようなものだった。

「まさかな、話には聞いたことがあるが、おそらくエアロトレインだろう」

「エアロトレインって、まさかこの空間を飛ぶなんてことは言いませんよね?」

 まるでSFの世界に突然、紛れ込んだかのような錯覚を直人は感じていた。

「そうだ。エアロトレインっていうのは、プロペラを動力として、軌道内を超低空飛行できる地面効果翼機のことなんだ。超低空での空気抵抗による地面効果を最大限に活かして、軌道内での高速飛行を実現する、いわば夢のような乗り物だ。第二次世界大戦直前のスカンディナヴィア半島で初めて開発され、その後、旧ソ連にもその研究は引き継がれている。2020年までに有人機体をと、わが国でも研究が進められてきていたんだが、まさかもう実現段階にあろうとはな…」

 SATは前方に数人ずつ左、右、中央にと分かれて、お互いに手で合図を送りながら、ゆっくり前進しようとしていた。浅原と直人はその様子を横目で見ながら、小声で話していた。

「ところで、このリウィ…いえ、この力のことなんですが、備えている人と、そうでない人との見極めはつくんですか?」

 直人は更に小声で話すために、浅原の近くまで寄って行き、前方を行くSAT隊員との距離を気にしながらも、ゆっくりとその後を追って歩き始めた。

「いやそもそも、この力の名前は俺が決めたくらいで、まだ何もわかっちゃいない。ただ、わかっているのは、普通は生まれながらに持っていて、持っている人間は潜在的にその力を把握している。そして力があると知って生まれたとしても、幼児期に何かの拍子でその力が開花しない限り、自然と忘れ去られてしまうのがオチだ。だから、皆が皆、この力を使えるわけじゃない。君みたいに誰かから譲り受けて、それも小学2年で開花するなんて事例は今までに聞いたことがない」

 浅原も周囲を警戒しつつ、足を踏み出していた。

「そうなんですか、でも、なんで僕なんかに…」

「わからん。…君にとって、この世の中で一番、大切なものは?って聞かれるとどう答える?」

「え?」

 あまりにも唐突な質問に直人は言葉を発することはできなかった。

「おそらく君の中では答えがあるはずだ。その答えが君を選んだ理由じゃないかな?そうそう、もうこのくらいで話を終わらせて集中しよう。直線では5km程度だが、おそらく勾配(こうばい)もあるから、その何倍くらいかは歩かなければならないからな」

「わかりました。あと一つだけ聞いていいですか?」

「なんだ?」

 浅原は少しだけ直人の方に向き直した。

「浅原さん、お子さんいらっしゃいます?」

「いや、いないが、なんでだ?」

「いえ、リウィンドって名前、チョイスが古めかしいから、子供の名付け親だったら、お子さん可哀想かな?って思って…」

 直人はそう言うと、前を見据えて先ほどよりも歩幅を大きくしていた…。浅原は頭を引っ叩いてやりたいその気持ちを抑えて、苦笑いを浮かべながらも後に続いた。

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