20.施設への潜入
「君たちが目にしたのは、この国家がひたすら隠してきた現実のまだほんの一部でしかない」
国民は誰もが何をどう口にしていいのか、目の当たりにした現実をどう受け止めて良いのか、自分達の中だけでは消化することもできず、その姿、声に目を、耳を傾けていた。Mr.Yはこちら側を力強く見据え、更にその悪意に満ちた言葉を続けた。
「この国は先の世界大戦において大敗を喫し、唯一の原爆被爆国となり、平和へとその歩みを進めてきたはずだ。しかし、その結果どうだ?ちゃんと自分たちの姿を見つめ直してみるんだ。いつの間にか多くの国民は、その平和がもたらした恩恵にどっぷりと浸ったかと思えば、自ら考えることさえも止めてしまった。戦争や争いごとは他国のことと傍観者となり、まるで映画でも見ているかの様子だ。国のトップの者たちは、国民の血税を自分たちの保身のために私服を肥やすことへと費やし始め、そして過ちを忘れ、戦争参加への道筋をつけたかと思うと、武器輸出三原則は新たに防衛装備移転三原則として生まれ変わった。この愚かな人間の腐敗とやらはどうなんだ?ん?一体、何を感じるんだ?我々は「この国の目覚め」と称して、国民に世界で起こっていることのテロ、戦争を一人一人その身に体感させ、そして戦争好きな我らを導く者たちには、その好機なる機会を与えてやる。テレビでご覧になられたように、我々はありとあらゆる武器を保持した言うなれば、小さな軍隊と化した。これから、皆に恐怖というものを植え付けてゆくわけだが、我々もこの国の兄弟たちの命をむやみにただ奪うことを真の目的とはしていない。よってここに身代金100億を要求する。これは大した金ではないだろう。人口1億2千、3千万とも言われるこの国だ。国民がお互いのために、100円足らずを出し合い、命の保証とやらを買うのだ。赤字だのなんのと言っているこの国の国家予算に比べても爪の垢程度のものだろう?明日の正午までにこちらが支持する、各振込口座に入金を完了させろ。凍結なんて馬鹿な真似も考えないことを忠告しておく。我々の同志は世界中に蔓延っていることを忘れるんじゃない。君達の正しい選択とやらを期待する。さもなければ、我々は次の行動を起こすものとする」
そう言って、電波は途切れた。一方的なそのメッセージは数分に渡って、この国の全ての動きを止めていた。大臣、官僚からバイトをしていた学生までにも事の大きさは感じ取れた。誰もが不遇をかこつ精神状態に置かれたのは言うまでもない。
「なんだかんだ最もらしい事を主張はしているが、所詮は金欲しさの物取りの集団か」
浅原たちは、この様子をモニターを通して見つめていた。
「だが、彼らの言う通り、小さな軍隊と化したと言うのもまんざら嘘でもない。あれだけの武器、弾薬を保持したんだ、どうやって我々は対応すればいいんだ?」
松島のその言葉に皆は考え込むしかなかった。もう既に警察だけでは対応しきれる問題ではなくなっていることを各々に感じていた。
「浅原さん?」
直人が再度、眉間に指をあてるジェスチャーをしてみせた。浅原は顎で皆と少し離れた場所を指した。
「そうだな。これで奴らの目的も掴めたんだ。いいか?今回は私も連れて、あの場所へととリウィンドするんだ。出来るか?」
浅原がそう言うと、直人は頷き、彼の腕を取った…。
二人はコップの置かれた取調室にいた。
「で、どうするんですか?」
直人ははっきりしてくる意識の途中で、そう浅原に問いかけた。
「施設の見取図は頭に入っているか?」
「えー、おおよそのところは」
「我々は数カ所あった、その入り口から施設へと進入する。おそらくMr.Xが解放されるその時間、その場所にMr.Yもいるはずだ。奴らを同時に四方から取り押えるんだ」
「でも、爆弾は?」
そうだ、彼等の手中にはあれだけの巨大な陥没を引き起こせるだけの切り札があるのだ。武装もしているだろうし、直人には、そう簡単な事ではない様な気がしていた。
「奴らをそこで取り押さえてしまえば、爆破は起こせるはずがない。我々も含めて、そこで集団自決ってこともありえんだろ?ヤケになるような相手だとも思えんしな。ただこの施設に進入するのに我々だけでは人数が不足だ。警察庁長官にSATの指揮権をも我々に与えて貰わなければな」
「できるんですか、そんなことが?」
「個人的に施設の事を口に出せば、長官も認めざるを得ないだろう?さあ、行こうか」
そう言って二人は皆を現場に向かわせた後、浅原一人、警察庁長官と二人きりの謁見を申し出た。直人は待合室でブラックのコーヒーを片手にしていた。
「いいか?我々はここ、ここ、そしてここから内部に進入し、奴等を捉えるんだ」
日も明けた当日、浅原のデスクの周りには松島、下山、片倉も呼び戻され、その内部の巨大な見取図を前に念入りな打ち合わせをしていた。
「しかし、なんなんですか?まだ目にするまでは信じられませんよ。我々の足下にこんな施設をこしらえていたなんて…」
3人はその国家極秘プロジェクトなるものに言葉を失いかけていた。
「お偉いさんのやることは、わからん。しかし、このことが国民に知られれば、黙っちゃいないだろうがな」
「そうだ。今のところ、この件、地下に巨大施設があろうことについては、現段階では世間も憶測でモノを言っているに過ぎない。我々も慎重に事態の収拾に当たらねばならん」
松島の言葉に、浅原はその機密性をといて聞かせた。
「この場所を3方向から追い込むんだ。途中、奴等に出くわすやもしれん。各自、慎重に行動するんだ。松島はここ。片倉と下山はここから。私と谷原君はここから内部へと進入する。まずは入り口を確保してくれ。時間は12時ジャスト、いいな?」
「了解」
それぞれにSATの数人と松島の突撃部隊を引き連れ、現場へと向かった。
羽田空港敷地内にある警視庁東京空港警察署のエレベーター内で、浅原はその階数指定ボタンの取付けてある部分を壊そうとしていた。
「最近、高層ビルで階層表示のないエレベーターが主流になってきてはいますが、まさか、そもそもボタンにまで表示のない階が存在するなんて、この署内の人々も知らされてないんでしょうね」
「日本人にはイライラする人間が多いからな。よくもまぁ対応、対応にと色々と考え出せるもんだ。ん?開いたぞ」
そういった内部には表の表示になかった階のボタンが確かに存在していた。
「しかし、ここが一番近い奴等への接触場所の入り口だとは思ったんだが、東京湾の下をくぐって行かなきゃならん。体力的に大丈夫か?」
浅原は、慣れないリウィンドを繰り返してきた直人に気を遣っていた。
「浅原さんの人の扱いには慣れてきましたよ。私よりも浅原さんの方が幾つも年が上で、日頃、運動もしていないのに、ついて来れますか?」
「ふん、生意気を言うな。まだ若いもんには負けんさ」
そう言うとSNSで会話をし始めた。
「えらい、時代になったもんだな。俺たち若い頃には想像もつかなかった夢が現実世界にこうやってなっているんだからな」
そう言うと、タイピングを始めた。
「各班、到着14時45分。私の声より行動開始」
「了解」
「了解」
「よし、行こうか」
実質、どれくらい地下へと潜っていっているのだろうか…ドアが次に開いた時、二人が今までに目にしたこともない空間がそこには広がっていた。




