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19.極秘の施設

 そこは、何人もしばらくは現場に踏み込めない状態だった。我々の誰もが予想だにしなかった地下への入り口、立ち込めたコンクリートの粉塵に視界は遮られ、上空のヘリからもその様子をはっきりと映し出せたのは、日暮れ前のことだった。


「なんだ、これは?」

「片倉さん、危ないです」

 直人が慌てて、現場に近づこうとするその腕を握った時、片倉の足元のアスファルトが瞬時に大きな音を立てて崩れ落ちた。穴を覗き込んではみたものの、そこには例え真昼の光をもってしてでも恐らく、隅々まで届かないほどの空間が下には広がっていたのだ。その様子は到底、目視で確認できるものではなかった。消防の特殊災害車、電源証明車などはたった今、駆けつけたばかりで、航空自衛隊のUJ-60J、救難ヘリコプターは数台、浜松基地、新潟分屯基地から要請により、こちらに既に飛び立っていた。


「浅原さん、戻りましょう」

 直人の眉間に指をあてる仕草に、浅原は小さく首を振った。

「いや、まだだ。この下がなんであるかを知る必要がある。奴等が何かを知っていて、我々が知らないでは分が悪いからな。それにまだ本当の奴等の狙いを俺たちは知らない、だろ?」

「浅原警部補、警察庁長官がお呼びだそうです」

 松島のその言葉が何を意味しているかを浅原は悟っていた。我々が知らないこの下を警察庁長官は知っていたのだ。浅原はそう確信していた。

「とりあえず、ここは彼らに任せて、我々は署に戻るぞ」

 自衛隊の到着を待ちながらも、消防隊は消防隊で辺りの捜索を開始するところだった。


 テレビでは、現場の様子を繰り返し伝え、各専門家たちがそれぞれに口々にしたのは、都市伝説とまで言われてきた「東京地下都市」の存在だった。今までどれだけ多くの書物がこの存在に言及してきたであろうか。だが、確固たる証拠が何もなく、膨大には膨らむ、その空想の域を超えることがなかった存在。それを多くの国民は今日の今日、目の当たりにしてしまったということなのだろうか。

 浅原が署に戻ると別室で山室警察庁長官が出迎えた。

「テレビやラジオの言っている東京地下都市という報道は正しいのものなのですか?」

 浅原のその問いに山室は、吸っていた煙草の火を消し、静かに口を開いた。

「80年代、東京には二つのフロンティア構想があった。一つは周知のとおり、ウォーターフロントだ。この構想の実現によって、千葉、横浜を含む東京湾岸一帯が大きく様変わりした。それにより人、物の往来による経済効果は計り知れないだろう。これを表のフロンティアと呼ぶなら、もう一つ、裏のフロンティアと呼ばれるものがある。それが、ジオフロントだ」

「ジオフロント?」

 聞きなれないその言葉に、浅原は戸惑いを感じた。

「そうだ。ジオフロントだ。そのジオフロント計画には、いくつもの構想があった。10kmごとのグリッド・ステーションが地下でネットワーク化し、東京全土を覆う清水建設のアーバン・ジオ・グリッド構想。ネットワーク上に地上と地下をつなぐ巨大構造部を配置し、その中央から自然光を取り入れ、地下に交通施設を設ける大成建設のアリス・シティ構想や熊谷組のオデッセイア21構想がそれだ。私たちが今日、この目にしたのは地下の空間を飛行機が超低空飛行で東京と大阪を50分で結ぶというフジタのジオ・プレイン構想の一角の施設だ」

「まさか、そんなことが…」

 あまりにも壮大な夢のような話で(にわ)かには信じられなかった。

「夢のような話か…確かにな。その当時では、信じられない構想だったよ。しかし、神奈川県相模原市では、早くからある大学の教授の元、大深度地下空間実験室をつくり、地下空間における様々な実験を行ってきていた。それによって、都心部を中心としたクモの巣状のライフラインは、この国の未来の展望としては必要不可欠であり、また可能である事も実証されたんだ」

「しかし、なぜそれが国民に秘密裏に行われてきたのですか?」

 国民の一番、知りたいことは、そこだろう…浅原はそれを代弁してみせた。

「人っていうのはな、目に見えないものには恐怖するんだよ。それも、時代はバブルが弾けた直後だ。誰が多額の税金をそんな実益を感じさせない未来に投資しようなんて考えるんだ?現在もこの国の財政は赤字だ、やれ、未来の子供たちに借金を残すな、そうは言ってもこれ以上の税金は反対だと、その矛先が無駄な公共事業を減らせよと言っている最中、誰が容認するんだ?我々は秘密裏にこの国の未来を買うしかなかった」

「本当にそのジオフロント構想とやらが必要だったんですか?」

 確かに浅原が見ても、これだけの投資を上回るほどの利益が出るとは考えにくかった。二人の間に、少しの沈黙が生じた。

「18世紀半ばから19世紀初頭に起こったイギリスから始まった産業革命だって、多くの避難もある中、行なわれ、それでも今となってはあれがなければ近代化は成し得なかったとさえ、言わしめるんだ。あの当時よりも遥かに今の50年、いや、10年でさえも時の流れは早いと考えられるだろう。その回答はすぐに得られるんじゃないか?それよりも、この施設をアンフィスバエナが知り、公表させてしまった事に問題がある。厳密な体制のもと行われてきた事業だ。裏に我々も知らない、かなり大きな存在を感じるんだが…」

 その時、ドアをノックする者がいた。

「長官、国家公安委員会からお電話が入っています」

「そうか、わかった」

 立ち去ろうとする長官を浅原が呼び止めた。

「アンフィスバエナはこの施設のことを知っています。我々も知る必要があると思われませんか?でないと対処のしようがありませんが…」

「そうだな、施設の見取図を至急に取り寄せておく。これは極秘事項として取り扱って欲しい」

 そう言って、ドアのノブを回すと、そのまま振り返らず、足だけを止めて一言、浅原に漏らした。

「都合が良いと君は思うかもしれない。…だが、後は頼む」


 数十分後…


「なんなんですか?このクモの巣は?」

 浅原のデスクの上に広げられた見取図を浅原、下山、片倉、松島が覗き込んでいた。

「これが、先ほど我々が目にした地下施設の見取図だ。まだ、計画段階中の場所もあるにはあるんだが、ここに記されている内の8割が既に完成していて、実用待ちと言っても過言じゃない」

 そう浅原が声にすると、少し離れたところにいた直人を呼んだ。

「いいんですか?」

「構わん、どうせ、国民にも知れ渡ったんだ。今更、極秘だなんだと言ってもな」

 そう松島に言うと、尚も続けた。

「我々がいたのはここ。この施設の比較的、浅い部分にある。こういった場所がこの中に数ヶ所あるのだが…おそらく施設への入り口みたいなもんだろう。他は地下鉄や、下水よりも遥かに下の部位にある。これらも全て、奴等は知っててのことだろうがな」

「国の…お偉いさんのやることはわかりませんね。でも、私たちの足下がこのようになってたなんて、驚きですよ」

「感心してる場合か?下山。…で俺たちはどうすればいいんです?」

「この浅い部分、ほら、こことここと…それにここ。恐らく奴等の出入りとしても、この場所を利用しているはずだ。この周辺、どのようになっているかを調べてくれないか?それと、必ず奴等から我々にまた接触があるはずだ。奴らの本当の目的がなんなのか、それを知る必要がある」

 そう言った直後、

 午後7時ジャスト。

 またもや、テレビやラジオの電波系統がジャックされた…

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