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15.長い1日の始まり

「私の名前は浅原だ、浅原でいいよ。そうだ。私が…」

 そう言いかけた浅原は、直人の微妙な変化に気づいた。直人のその微妙な変化は少しずつ動作として大きくなっていき、意識をはっきりさせるべく、頭をしきりに左右に振りだしたのだ。

「トライか?」

「はい、1時間後から」

 直人は少しおぼつかないその手でコップを手繰り寄せたかと思うと、中の水を一気に喉へと流し込んだ。

「大丈夫か?」

「えぇなんとか、だけど、こんなに1時間後からでもしんどいだなんて思ってもみませんでした。これが24時間後からだなんて絶対に無理ですよ」

「君には悪いがそうも言ってられないんだ。時間は待っちゃくれないからな。ほら、少し大きく肩で息を吸ってみろ」

 直人は言われるままに、ゆっくりと呼吸を繰り返すことへと意識し始めると、少しずつその息も整い始めた。

「もう、ここからの俺の説明は要らないな。情報収集に行こうか」

「あの、少し扱いが粗すぎません?」

「そうかもな」

 浅原は少し苦笑した後、ドアへと歩み寄ったのだが、再度、何かに気付いたかのように直人のほうに向き直した。

「そうそう、これだけは注意しておく。これから、君には何回か慣れるまではトライを繰り返してもらうんだが、その都度、極力、君の言動はリウィンド前と同じように繰り返すようにな。あり得なくはないと思うから言うんだが、もしかするとそれまでに君の得た情報が何らかの影響を受けて、変化するやもしれんからな」


 ドアを出るとそこには、片倉と下山がいた。先ほど見た光景と同じだ。また馴れ馴れしく片倉が肩を組んでくる。一応、言われたままに直人は同じ言動を繰り返した。

「浅原さん、すみません。母に電話…あ、いやいいです」

「さっき電話したのか?」

「はい」

「なら、しておけ」

「こんなことなら、さっき伝えろよな」そう思ったが、こんな状況でだ。安心できる声を何度も聞くのは心地よいだろう。直人はそう思いながら、携帯を手にしてその場を少し離れた。

「母さん?」

「どこにいるのよ、こんな時間まで…。テレビではしきりにテロ事件の報道もしてるし、外出禁止令なんて…ね、早く帰ってきてよ」

 母が不安がるのも無理はない。

「さっきも言ったけど…あ、じゃなくて。今、警察に…いや、違うよ。大丈夫。ちょっと昼間に子供を事故から救ったんだよ。…ん?怪我なんてないよ、それに良いことで呼ばれてるんだから、心配しないで。後々に感謝状でもって…いや、終わったら送ってくれるそうだから、先に寝てていいよ。鍵も持ってるし…うん、わかった。気をつけるよ。じゃあ」

 電話を終えると、浅原が手招きをしていた。情報共有が始まるようだ。


「あ、さっきはこの場所からトライをしました」

「そうか、じゃあ、もう少し未来に行ってみるかな?コーヒーでもどうだ?」

 廊下の突き当たりにある自販機の前まで二人は歩いていった。

「これから、どうするんですか?」

 浅原から温かなブラックの缶コーヒーを手に受けると、プルタブに人差し指をあて、直人は不安そうにそう聞いてみた。

「君にはもう少し、トライを試みてもらうつもりだ。最終的には24時間後から…それと俺を含めてのトライをな」

 浅原は自分の缶コーヒーを手にすると、そこにあった長椅子に腰をドサッと下ろした。

「でも、そんなにすぐに体って慣れるもんなんですか?」

「大丈夫だろ?君はまだまだ若いんだ。体力的には問題ないと思うがな。それに慣れてもらわないと困るしな。おそらく、今回は俺一人では太刀打ちできないような相手だ。君の協力がどうしても必要なんだ」

「やってはみます。やってはみますが、一体、奴らの目的はなんなんですか?」

 直人も浅原によく似ている。こういった社会的なものに反することは例え、小さな嘘でも忌み嫌うところがあった。ましてや、多くの罪のない人を巻き添えにするような極悪非道なテロだなんて。それは、テレビでよく見るドラマの話や、遠い国で起こる不幸せな出来事と、昨日の、いや今日の今まではただそう思ってきただけのものだったのだ。

「わからん、わからんがそれを掴まないとな。このテロは阻止できん」


 直人はそれからも浅原から言われるままにリウィンドを繰り返した。

 1時間後、3時間後、朝6時からの3回目。その度に現場を回っている片倉、松島からの耳にした情報は浅原に話してきたが、何の進展も見られなかった。

「朝6時からのトライ3回目です」

「そうか、大丈夫か?」

「いえ、もうクタクタです。少し眠らせて下さい」

 直人はもうすでにこの場にいる人間よりも気分的には11時間も多く起きていることになるのだ。それも、慣れないこの力の使い方に、体は悲鳴を上げかけていた。…と言っても精神的なものなのだが…。

「そうだな、夜が明けるまでは、もう進展はないだろう。仮眠室を抑えたから、そこで横になるといい。お疲れさん、ゆっくり寝てくれ。また明日、宜しく頼むな」

 そう言って案内された場所は、寝具の硬さが寝返りする度に伝わってきそうな簡易的なベッドが縦列に置かれているだけの部屋だった。が、憔悴しきったその体、その心情はすぐに深い睡眠へと直人を誘った…。




 白い景色はあの夢の空間を物語っていた。

「おねえちゃん?」

 なんとなく感じる気配にそう尋ねてはみたが、どこにも彼女の姿は見当たらなかった。

「直くん、起きて。…直くん」




「おい、起きるんだ」

 浅原がカーテンを開けると、既に外からの陽の光は問題となる日付を照らし出していた。

「何時ですか?」

「7時だ。腹は減ってないか?」

 そういえば、久しくご飯を食べていないような気がする。もちろん、気分がそうさせているだけで、体はそんなことないはずのことは理解していた。

「とりあえず、行きつけの定食屋でいいか?腹ごしらえして、捜査に加わるぞ」

「わかりました…」

 直人はまだ不思議な夢から目を覚ましきってはいなかった。



「おいこら、なんでこんな日に遅刻するんだ」

 吉澤茜は、きちんとした化粧もできずに家を飛び出し、最寄りの駅からタクシーに乗り込んだかと思うと、いつもの通勤時間の2倍ほどの時間をかけて、アナウンス部へと飛び込んだ。

「お前、昨日、警察とともに出て行ったんだよな?何か情報を掴んできたのか?」

 茜は、目覚めてから櫛も入れることの出来なかった、そのとかしていない髪をヘアゴムで一括りに後ろで束ねたかと思うと、身を乗り出した。

「いえ、掴めてません」

 局長ははあ?と呆気に取られていた。

「なんで情報も掴めていないのに、そんなに自慢げに答えるんだ?」

「もう、朝から電車も止まってるし、通りも大渋滞だし、ガミガミ言わないで下さい」

 膨れっ面でデスクに向かおうと振り向くと、そこには茜の先輩、松下咲がキリッとした面立ちで立っていた。

「よく、こんな時に熟睡して来られたわね?」

「あ、すみません、先輩」

「局長、だから言ったでしょ。私がこの事件を担当します。ヘリには私が…」

「え?ヘリって?」

「あのなー、東京のどこかに爆弾がしかけられているやもしれんのだ。それに、品川では今日昼頃からは封鎖される場所があるっての情報だが…よくもまぁこんな時に…」

 局長の頭からは湯気が立ちこめそうだった。

「私も一緒に…」

「駄目よ、この事件、私が引き継ぐわ」

 そう言うと、不敵な笑みを浮かべてツカツカと去っていった。

「本当に美人な人って大っ嫌い」

 茜は松下咲の後ろ姿にあかんべーをしていた。

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