14.REW(能力)へのトライ
「谷原君、このコップは今、どうなっている?」
直人は、先ほど浅原が置いたままの水の入った状態のコップに視線を向けた。
「え?落ちて割れたはず…いえ、今、刑事さんが持ってこられて、そこに置かれたそのままの状態ですね。水も入っています」
「私の名前は浅原だ、浅原でいいよ。そうだ。私がここに置いたそのままの状態だ。君は今からこのコップの状態に意識を集中させるんだ。DVDで言うなら、記憶した戻りたい場所、そのシーンを覚えておくように、今のこの状態を覚えておくんだ。まずは、この場所、この時間に帰ってくるということを頭に刻み込むんだ」
直人は言われるままにそのコップに意識を集中させた。
「いいか?」
そう言ったかと思うと浅原は手でコップを払い退けるように机の下に落とした。コップは粉々に割れてしまい、水は飛び散った。
「何を…」
「常にこのコップの落ちる前に戻ることを意識するんだ、この位、インパクトがあった方が、頭には刻みやすいからな」
直人は小さく頷いた。
「じゃあ、行こうか?」
「え?どこへ?」
「情報収集だよ」
浅原が、直人を連れてドアの外に出ると、そこには片倉と下山が並んで立っていた。
「浅原さん、俺たちチームにも何かできる事ないんですか?…ん?誰ですか?この若いもんは?」
「この若いもんは?ってそんなにあんた年上じゃないだろう?」
直人はそう思いながらも警察内部、ましてや、部外者でもあるわけだし、捜査に協力するなんてことは、初めての体験だ。どう自分が振舞って良いかもわかるはずはなかった。
下山が谷原直人のことについて口を出そうとすると、
「甥っ子だ。捜査に協力してもらう。彼はよく探偵小説とやらを小さい頃から無我夢中で読んでてな、今までにも私は彼からアドバイスをもらったこともあるんだよ」
直人も下山もびっくりして互いに顔を見合わせた。突拍子もないことをこの人はまた言い出したな。誰がそんなこと信じるんだよと、その言葉を否定しようと
「いえ、実は…」
だが、ここにいた。
「やっぱりそうだったんですか。浅原さんがあまりにも先々物事を言い当てれるもんだから、私はこの人は神様か何かかな?なんてことも思っちゃってましたから、これで謎は解けましたよ。へぇ〜探偵小説か。そっか君、浅原警部補の甥っ子さん?すごいな〜、そんなにたくさん読んでるの?で?結構、当たっちゃったりするわけ?」
急に調子を合わせ、肩を組んできたこの人はなんなんだと思いながらも、直人は「えぇ」と頷くしかなかった。
「それは本当なのか?」
中川部長が背後にいると自然と聞こえてきたので、口を挟んだ。勿論、そうは言っても信じてはいないのだが。
「ま、浅原の言うことだから、疑いはせんが…」
そう言うと浅原の耳元で
「だが、部外者だ。くれぐれも警察内部での情報の漏れには十分に注意したまえ」
浅原は理解してますよとでも言いたげに優しく微笑んだ。彼は本当に皆から慕われ、信用されている人物だった。勿論、これまでの実績が物語ってのことではあるのだが…。
「あのねぇ、あんた達、いつまで私をこんなとこに座らせておく気よ。もしかして私、忘れられてるの?」
吉澤茜は除け者はずれにされているようで…、自分の存在は無視されているようで我慢できなかった。
「浅原さん、すみません。母に電話1本入れてきていいですか?」
直人はふとこんな夜更けにまで連絡も入れず、待っていてくれてるであろう母の事が気になった。
「ま、戻る時間はさっきの時間だから、入れても入れなくても同じことなんだが、気がすむのだったら入れてこい」
直人は軽くお辞儀をして携帯電話をポケットから取り出し、その場を離れた。
「戻る時間って?」
吉澤茜はなんにでも興味をもち、少しでも彼等の話を聞き逃すまいと耳を傾けていた。
「なんだ?このお嬢さんは?」
片倉も吉澤をどこかで見たことあるなと思い出そうとしているのだが、思い出せずにいた。
「下山」
浅原は下山を呼んで少しその場を離れた。
「悪いが、谷原直人の生い立ち、身辺に何か気がかりになるようなことがないかを、探ってくれないか?」
「え?私、また除け者ですか?」
「すまんが重要なことだ。それと、吉澤茜を家までお送りしろ。今日はもう遅いから後日に…とでもなんとか言ってな」
「あ、調べます。やります。私に任せて下さい。至急ですね?」
下山が嬉しそうに茜の方を見ると、茜は聞こえたのか、イヤーってな顔をしていた。
「とりあえず今の情報をまず整理して、共有しようか」
浅原は片倉、松島、直人と共に、自分の席の場所まで戻ると、松島に状況報告を求めた。
「まず、警視庁に入った犯人からの要求を説明しますと、明日の午後3時までに例のコンテナの荷物と仲間の釈放を要求しています。コンテナは神奈川県警の協力により、すでにこちらに到着していまして、我々の24時間体制の警備下にあります。コンテナの大きさは一般的な長さ40フィート、幅8フィートの海上コンテナが使用されており、コンテナフルロード積載が可能な3軸トレーラーがこれを牽引する予定です」
「彼等が釈放を要求している場所はどこですか?」
片倉が松島の説明を遮った。
「品川区八塩三丁目、大井税関前交差点を指定してきています」
松島は、周辺の地図を広げながら、尚も説明を続けた。
「そして、釈放の時間、この周辺一帯、1km圏内を封鎖せよと」
「この場所は…こんなとこ封鎖すると、大混乱する場所じゃないですか」
「そうだ。東京湾の物流の拠点、湾岸道路、国道357号線が隣接してありますし、周囲には、三菱倉庫、ジャパン倉庫、大井物産、また、みなとが丘ふ頭公園と…その時間には通常、かなりの行き交いがある場所です。管轄の我々、湾岸警察署と大井警察署が中心となって動く手筈になっています」
「SAT、爆弾処理班の動きはどうなっている?」
浅原が重く口を開いた。
「SATは、現在、周囲の建物、待機場所を確保するように上から指示されています。…が、1km圏外ということであれば、この場所を監視できる所となったなら、難しいでしょう。また、爆弾処理班ですが…奴らは日本の世界に誇れる施設の爆破と通告してきておりますので、東京タワー、東京スカイツリー、東京都庁、靖国神社など、ありとあらゆる施設に地元交番と連携して捜査にあたってます。また、防犯システムの解析も各所轄にてあたっていますが、人手が不足していて間に合うかどうか…」
「こんな場所で解放といっても、奴らは高速、もしかして、船?一体、どうやって逃走するんでしょうか?」
「わからんが、鉄道という手段は?」
「いえ、それは考え難いです。大井競馬場前や、東京モノレールを利用するんでしたら、もう少し西を指定するはずでしょうし、今の所、想像もつきません」
「とにかく、今は思いつく色んなことを考えておくしかないな。よし、わかった」
浅原は時計を気にして、谷原を手で呼び出した。
「どうだ、おおよそのことはわかったか?」
「はい」
「あれから、すでに1時間だ。先ずはあの場所に君だけがリウィンドするんだ。君は再度、同じ場面を繰り返し見ることになるが、それも頭に入っていいだろう。向こうについたら、私にどこからのトライかを伝えるんだ、俺が次の指示を出すから。やってみろ、できるな?」
「やってみます」
直人はいつものように眉間に指を持って行き、先ほどのコップへと意識を集中させていった…。




