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13.REWの正体

「君はこの力のホストではない」

 浅原のこの言葉が直人の頭から離れなかった。

「君はこの力をいつ頃から使い始めたんだ?」

 浅原はどことなく力無さげにそう問いかけた。

「あれは確か…最初は小学2年生の時です。ジャングルジムで友達と遊んでいて、その友達が落ちて大怪我をしてしまいました。打ち所が悪くて、頭から血を流してた。その光景から目を背ける時に何気なく目を覆うようにしたら、時間が巻き戻っていて…。何が何だかわからなかったんですが、すぐに友達にジャングルジムから降りるように言いましたよ。あの時は夢でも見たのかな?って思ったんですが、何気なくその後もこうすると、時間が巻き戻ることに気が付いたんです」

 そういって、眉間に指を充てるいつものポーズをしてみせた。

「しかし、君はこの力のホスト、つまり宿主じゃない。おそらく、それ以前の何らかの出来事の時にその力は他人から授かったものだろう。これまでにこういったケースは2例ほど見かけているが、どれも偶然で起きたものでもないらしい。与えられるべきして与えられたとでも言っておこうか。もし、生まれた時からリウィンダーであるなら、今のこの現象も本能的に理解しているはずだし、戻れる時間は、私の知る限り、1日であることくらいは知っているはずだ」

 そういって、絡まり、使い物にならなくなったテープを取り出して見せた。

「リウィンダーって?」

 直人は初めて聞くその単語に興味を示した。浅原はポケットから、ペンと小さな紙切れを取り出して、そこに次のような文字を書いてみせた。

「こういった文字を君は見たことがあるか?」

 そこには、「REW」と書いてあった。

「えっと、どこかで…あ、古いビデオデッキとかについてた機能、巻き戻しっていう意味ですよね」

「そう、これはRewindの略だ。つまり、その力を(よう)するものをリウィンダーと呼んでいる」

「リウィンダー…」

 直人は言葉が出なかった。今まで自分だけが特別な存在であって、この力は誰にも理解されないし、誰かに勘付かれでもしたなら、奇人として扱われ、自分の身の危険があるとさえ思っていたからだ。今、目の前に少なくとも自分と同じ力を扱える者がいる、そして味方でいてくれる、そう思えるだけで、何か一人で抱えたきた重荷を安心して預けられる…そんな気持ちになっていたのだ。


「君には少し、この力を理解してもらう必要があるし、この力を最大限に利用してもらわないと、この相手には太刀打ちできない」

「この相手って誰です?それはどうやって?」

 直人はそう言われても何をすればいいのかなんて、わかるよしもなかった。

「もちろん、今回のテロ事件の犯人だが、稀に見る凶悪犯だ。我々は力を合わせてそれに立ち向かうんだ。まず君に理解して貰いたいのは、これだ」

 そう言ったかと思うと、谷原の腕を強く掴み、反対の手の親指でダラー硬貨を上空へと弾いた。直人はその直後、何かの力に引っ張られるかのように意識が遠のいていった。


 10分前…


 直人に遠のいていた意識が戻ると、浅原は尚も直人のその腕を掴んだままだった。

「何かさっきと変わったことに気付きやしないか?」

 浅原のその問いにまだしゃんとしない意識の中で、取り敢えず言われたこと、何か変わったことがないかと辺りを見回してみた。

「ん?コップが机の上に…あれ?さっき、床に落ちて割れたはずなのに…」

 見れば机の上には、最初、浅原が置いたままのコップに水が入った状態で置かれてあった。無論、どこにも水が飛び散った様子もなければ、他に割れたようなコップも存在していなかった。

「こうやってリウィンダーと繋がっていさえすれば、繋がっている者も一緒に過去に戻ることが出来るんだ」

「そんなことが出来るんですか?知らなかったな」

「君はさっきもう一度、この場所からリウィンドしようとしたね。この力は繰り返し出来ても恐らく2回程度だろ?1回で24時間も戻ろうものなら、かなりの体力消耗になる。だから、一昨日や、1週間前に戻るなんてことはほぼ不可能なんだ。少なくも私が知る限りはな。神様もそこまでは許さなかったのだろうな」

 浅原は掴んだその腕を離すと尚も続けた。

「先ほど見せた傷ついたテープ。あれを人間だと仮定してみるとどうなる?私みたいに体の内部がやられているくらいなら、せいぜいそこに負荷がかかるようなもので済まされる。それでもいつかは、耐えられなくなるやもしれん。が、外部に傷、即ち、外傷を負っていたとするとどうなる?その傷が引き金となり、身体は耐えきれなくなり、恐らくは消えてなくなってしまうだろう」

 浅原は右手でまるで何かが爆発して粉々になるとも言わんばかりのジェスチャーをしてみせた。

「実際にそんなことがあったんですか?」

「いや、これはこの力のホスト、宿主が感覚的に知っているだけであって、私もどうなるかなんてこと体験したことも、見たこともないから、わからんよ。だが、試さないほうがよいことだけは、理解しているつもりだ。君がそういった事を知らずにこの力を使う事がなかったというだけでも強運と言うしかないな。いいな、絶対にしてはならん」

 浅原はくれぐれもと念を押すように言った。

「でも僕がホストでないとしたら、いつ、誰からこの力を?何故、僕なんかに…」

「それは今の段階ではわからん。ただ言えるのは、正義感を持った君がその力を擁していてくれて、私は良かったなと思っている。が、君にはまだその力を十分に活かすことが出来ないこと。それだけは、わかった。(ちな)みに、君がその力を使用する時はどんな時だ?今までどんな時に使用してきた?」

 直人は今までの自分の行動を思い返していた。

「誰かが怪我をしたり、不幸なことが起こったり、たまには自分のちょっとしたことにも…」

 直人は急に自分が告白できない理由について、恥ずかしく思えた。

「そう、人間っていうのは、何かの不幸に見舞われたり、しなきゃ良かったなんて思うと、ああ、あの時に戻りたいとか、時間が巻き戻せたらなんて思うんだ。が、ほら今この瞬間だって…ほら、数秒前の過去になる。時間は一定の同じ量が、一定の同じ方向にしか流れないんだよ。私たちみたいな者以外は、そんな中で暮らしているんだ」

 そう思うと自分達に与えられた能力は、本当に特別なものに感じられてきた。今まで、どうして僕が他の誰かと違う生き方をしなきゃならないんだって悩んでいた事、苦しんでいた時もあった。ただ、これからも与えられた使命感みたいなものからは逃げられそうにはないが、少なくとも自分だけが悩んできたもんじゃない…そう思えただけでも少し気持ちが軽くなったような気がした。

「君はDVDとか見るかね?」

「はい」

「もし君が、見逃したくない大事なDVDを鑑賞している時に、突然の来客があったとする。若しくは、例えば火にかけて忘れてたやかんの湯が沸いたことを君に知らせたとする。DVDを停めている時間はない。さあ、どうする?」

 直人はその時の状況を想像してみた。

「おそらく、そのDVDのシーンを覚えていて、用事を済ませた後、そこまで巻き戻して再生すると思いますけど」

「そう、巻き戻そうとする意思の働きには2つの出来事が作用する。一つは事が起こってからの巻き戻しだ。後悔して未来を変えたいって思うことがその例だ。あともう一つは最初から巻き戻すことを想定してからの巻き戻しの動作だ」

 言っている意味はわかるが、直人にはそれがこのリウィンドという力を利用するのにどう関わっているかはまだ、理解出来ずにいた。

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