表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

04

   ***


「退院、かぁ」

 どうも実感が湧かない。僕の体は正常だし、そもそも異常なんてなかったわけだけど……日常に「戻る」という感覚が掴めない。

 僕の日常は二週間前くらいに終わった。それも、僕の未来が閉ざされる、という形で。

 明日から僕は、何をして生きればいいんだろう? 何を生き甲斐にすればいいんだろう?

 もし神様がいるのなら、僕に教えて欲しい――この問いかけに答えはあるのか、答えを示せる人はいるのか、と。

「入るぞ」

 ぶっきらぼうにカーテンが開かれて、スーツを着崩した男性が現れる。全体的に細身のシルエットで、身長も高い。室内にも関わらずブラックのソフトハットを被っており、つばの影から見せる切れ目の眼光は正直、恐い。

 僕はこの男性に見覚えがある。神経麻痺によって動けなくなった僕を、この市立病院まで運んでくれた人だ。

 あの時といい、今回といい、現れるタイミングが良すぎる。とにかく怪しい人物だ。

「あの、なんの用件ですか?」

「ほう。自分を救ってくれた人間に対する態度がそれか。まずは言うべきことがあるんじゃないか?」

 なんて図々しい。でも、たしかに今のは僕が無作法だった。

「……すみません。その節は、どうもありがとうございました。おかげで大事には至らず、無事退院できるみたいです」

「クックッ。殊勝なこった」

「何が可笑しいんですか? 人に強要しておいて」

「いや何。道理で道に寝そべる奴だ、と思ってな」

「道……?」

「目先に提示されたものしか見えていない。実におめでたい野郎だぜ」

「それってどういうっ」

「あん時、テメーを助けたのは誰だ? まさかオレだなんて言い出すまい?」

「……そうだ、あのは!?」

「何を今更。テメーと違って自分の足で立っている奴が、どうこうなるわけねーだろ」

 あれ、あのってたしか車イスに……?

 ――違う。そういう意味じゃない。

「やっと理解できたようだな」

「……」

「ただの腑抜けが美人看護婦の接待を受けて、病人を気取っている姿は実にお笑いだったぜ」

「っ」

「身体に異常は見つからなかったんだろ? そらそうだ、あん時テメーはテメーの意思で動かなかっただけなんだからな」

「憶測でものを語るのは……止めてください」

「大人を見くびるんじゃねーぞ。まさか、病院側がテメーを腫れ物みたいに扱った理由がわからねーのか?」

「……」

「甘ったれるなよ、クソガキ」

 何も言い返せなかった。棘があって乱暴で、けど事実をストレートに表している。

 僕があの時、動かなかった……いや動けなかったことは間違いない。それは「一時的な神経麻痺」という診断結果が証明している。

 でも、たしかに僕は途中で一度、諦めてしまった。それを僕の意思で動かない、と表現されても反論はできない。

 悔しいけど、この人の言っていることは正論だ。

「テメーの泣き言に他人を巻き込んでおいて、挙げ句ソイツの命を天秤にかけたんだぞ? その癖テメー自身はいつまでも被害者ヅラ。オレはさっき外道と罵られたが、テメーの方がよっぽど外道だ」

「…………違います」

「ほう?」

「あなたの言う通り、僕は腑抜けです。挫けたまま何もしなかったことを責められるのは当然だ。でも、被害者面をした覚えはありません」

「どの口が言ってやがる。今テメーが置かれている状況そのものが、被害者ヅラしてる証拠だろうが」

「いいえ。僕は病人です。どういう経緯であれ、状況であれ、あの時僕は……本当に自由が効かなかった。『逃げて』の一言すら言えなかった」

「言わなかった、の間違いだろーが」

「僕はそこまで身勝手じゃありません。無関係の人を巻き込んでいいだなんて、ちっとも思ってない。諦めたのだって僕一人の命です」

「高尚なこった。が、仮にオレ以外の車があそこを通っていたら、どうなっていた? 仮にテメーが動いたとして、あの少女ガキと同じ行動が取れたか?」

「それはっ」

「結果が全てだ。テメーは自分テメー可愛さ故にあの小娘を犠牲にしようとした」

「……っ!」

「テメーがいくら御託を並べたところで、そんなモン後の祭りだ。どうとでも取り繕える。あの瞬間、心の奥底ではこう思ったハズだ――身体障碍者(彼女)よりも健常者(自分)の方が価値がある、と」

「違う!」

 自分でもびっくりするくらいの怒号。たった一言叫んだだけなのに、肩で息をするほどのエネルギーを使った。

 僕は今でも、心の片隅で燻っている。消えた未来を引きずって、いつまでも二の足を踏んでいる。そういう意味じゃ「図星」だったから、咄嗟に怒鳴って誤魔化そうとしたんだろう。他ならぬ、僕自身を。

 だから僕がいくら見下されようが――それが人を小馬鹿にするような奴に、だったとしても――心底悔しいけど、仕方がない。所詮、僕はちっぽけな存在だから。誤魔化さなくったって、自分でよく分かってる。

 でも違う。

 僕が怒ったのはそれじゃない。


「あの娘は僕を、命懸けで助けようとしてくれたんだ! そんな人の命を、僕のなんかと比べるな!」


 気高くて、貴くて、勇ましい。あの娘の魂と僕のそれを対等に並べられることが、どうしても我慢ならなかった。そんなの失礼すぎる。

「……そう来たか。とんだ資源ゴミを拾ったかもしれん」

「は?」

「合格だ、渕東はじめ

「なっ……、どういう」

「テメーには下克上する資格があるってことだよ」

「は、え?」

「理不尽に将来を潰されて、途方に暮れているテメーに、チャンスをやろうって言ってんだ」

「何を言ってるんですか? あなたに僕の、何を変える力があるんですか?」

「オレに他者を変える権限なんざねえさ。だが、他者テメーが変わるきっかけを作ることはできる」

「これは?」

「ルーサーウィーブズ・オンライン。VRMMOだ」

「ぶ、ぶいあー……。なんですかそれ?」

「今時のガキがVRMMOも知らねェのか。ゲームだよ、ゲーム」

「馬鹿にしてるんですか?」

「至って大真面目だ。オレは今ソレをゲーム、と言ったが……ソイツはただの遊戯ゲームじゃねえ」

「え?」

「答えが知りたけりゃ、レヴェリーにインストして自分の目で確かめてみろ。ソレは体験版だから大したこたァできねーが、オレの言葉が本当であることは証明される」

「……ゲームで僕の、何が変わるっていうんですか」

「真面目なこった。そんなんだから視野が狭まる」

「どういう意味ですか」

「受験をミスっただけで腐ってるテメーみたいな奴を井の中の蛙って言うんだよ」

「なんでそれを!」

「一。テメーは馬鹿じゃねぇ。ただ知らないだけだ。そんなんでテメーの人生、終わっちまっていいのか?」

「それは……」

「クソッタレな社会に下るのか、それとも自分の足で新たな道を歩むのか……後はテメー次第だぜ、一」


 パッケージにはこう書かれている。

 Loser weaves Online ~敗者が織りなす物語~。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ