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 結論から言おう。

 僕は無事だ。

「渕東くん、具合はどう?」

 病室のカーテンが開かれて、看護婦の桂木さんが中に入ってくる。

「はい。おかげさまで、だいぶ良くなった……と思います」

「そう。後遺症の影響がどれくらいか心配だったけど、大丈夫そうね。安心した」

「はい」

「じゃあ、検診始めちゃおっか」

 CTの結果、大きな異常はなかったそうだ。

 でも、一時的に神経が麻痺していたらしくって、念のために検査入院をすることになった。

 それからは検診とリハビリの繰り返し。やっぱり大事はなかったようで、身体の感覚もだんだんと良くなった。ただ、前よりもほんの少しだけ、神経系の伝達が遅くなったみたいで、簡単に言えば、のろま、ぶっきになった。

 僕は覚束ない手つきで、検診に使う『レヴェリー』を被る。どうやらこのバイザー型の装置、脳波とか神経とかのメディカルチェックもできるらしい。もちろん、市販されているものじゃなく、医療用に特化開発されたものだけど。

「接続よしっと。それじゃあ、起動してくれるかな?」

「はい。……オン・シンパシー」

 僕の発声コマンドによってシステムが起動し、《レヴェリー》を介して僕の五感と医療機器が接続。桂木さんの手元にあるモニターに、僕のバイタルが表示される。

「もう勝手は分かるよね? さっそく始めるよ」

 《レヴェリー》というのは元々、データ上の平行世界を可視化して、立体的に見えるようにする装置だ。バイザー越しに視えるのは天井の白いタイルじゃなくて、モデルルームの一室とか、大草原とか、予め用意されたバーチャル世界。そこに映ったものに対する脳の反応、神経の反応をチェックする――それが僕がやってる検診の内容だ。

 僕の本当の身体は今も、病室のベッドに横たわっているだろう。でも、僕の脳が、体が感じているのは、現実のそれじゃなくて、仮想世界のそれだ。つまり、ここではないどこかにいると脳が錯覚している。

 これを巷ではフルダイブと呼ぶらしいけど、僕は初めて知った。

 今回のバーチャル世界は、大空がどこまでも続いている綺麗な高原だ。ここでいくら体を動かしても、現実の僕の身体はまったく動かない。だから、現実のそこにないものに触れてみたり、動き回ったりできるので、神経系の調子を確認するのにもってこいなのだそうだ。

 僕は桂木さんの指示に従って、手足を動かしてみたり、飛んでいる鳥の影を目で追いかけたりした。こういうことを三十分から一時間も続けるので、けっこう退屈だ。

 ちなみに、桂木さんの声は遙か上空から唐突に降り注ぐ。

『そういえば、渕東くん。ご両親はお見えになった?』

「いえ……。検査入院の話をした時が最後だと思います」

『そう……』

「仕方ないですよ。父さんも母さんも働いているし、それに弟が中学受験を控えているんです。忙しいはずなのに、無理をして見舞いに来られても困ります。申し訳なくて」

『そう。はい、じゃあ次は……』

 雑談を交わしながら、次々と手順を踏んでいく。

『渕東くんも、中学三年生だよね。受験勉強はどう? はかどってる?』

「いえ……僕は、」

『うん?』

「…………………。僕は、一貫校に通ってる、ので」

『そっかぁ。あ、だから弟くんも受験するんだ。同じ学校に通うのかな』

「さ、さぁ」

『でもよかったね。目立った後遺症が残らなくて」

「あ、はい」

『『転んで寝たきり』なんて、十代で経験することじゃないよ。君はこれから、明るい未来を歩くんだから。……そうそう。渕東くん、もうすぐ退院できるって。正式に決まるのは今日の結果次第だけど、大丈夫そうだし』

 ――嘘だ。

 湧き上がる言葉を、寸でのところで抑え込む。

『さて。残りの検診も終わらせちゃいますか』


   ***


「どうだ? 調子の方は」

「今回の検診も異常なし。主治医の先生から太鼓判もらえたわ」

「しらばっくれんな。質問の真意を取り間違えるお前じゃあるまい」

「ほんと、冷たい奴ね。自分が連れてきた子でしょう。少しも心配じゃないの?」

「そうだな……あのガキを利用できるかどうか、有効かどうか、は心配だな」

「最ッ低」

「そう怒るな。せっかくの美人が台無しだぜ?」

「茶化さないで」

「至って大真面目なんだがな」

「……はぁ。なんでこんな外道が政府のお抱えなんだか」

「その外道のおかげで、あのガキは手厚い待遇を受けたはずだが?」

「……」

「で、どうなんだ?」

「……そうね。条件は満たしているわ」

「含みのある言い草だな」

「だって、あの子はまだ十五歳なのよ? これからって子をアンタなんかに預けるのなんて、気が気じゃないわ」

「最もな意見だ。が、アイツは道を見失っている。オレは新たなレールを提供してやるんだぜ? むしろ慈悲深い行為だと思わないか?」

「それが人に誇れる道だったら、ね」

「ほう。ならどうする? お前はあのガキが望むレールを用意できるのか?」

「それは……」

「綺麗事で何もかもが上手くいく……そう思っている奴は決まって現実を見ていない、或いは現実に生かされているに過ぎない。お前はそういう人種だったか?」

「……」

「出来もしねェ未来を語るな」

「……ええ。あなたの言う通りだわ」

「アイツはもう社会の庇護から外れた。無理に脚光を浴びせたって生殺しにしかならねェよ」

「ええ……」

「ま、本当の意味で道を踏み外さねーよう、せいぜい祈ってな」

「そうならないようにするのが、アンタの役目でしょう」

「……ご最も」


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