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 僕――渕東一えんどうはじめは受験に失敗した。

 珍しいことじゃない。世の中の多くの人がそうやって挫折を味わって、折り合いをつけながら生きている。成功するのなんて、ほんの一握りしかいない。ただ僕が、その拳からこぼれ落ちてしまった。それだけの、ありふれた、些細なこと。

 だけど僕の場合、ちょっとだけ「特別」だった。僕は試験に失敗したわけじゃない。遅刻や不正行為で失格になったわけでもない。

 あることがバレてしまったのだ。

 僕は中高一貫の私立中学校に通っている。当然、そのまま高校に進学するのが普通……なんだけど僕は、両親にも学校の先生にも内緒で、塾の先生にも嘘をついて、高校受験の勉強をしていた。

 それがつい二週間前、親にバレてしまった。僕のちょっとしたミスが原因だった。

 母さんと激しく言い合いをした挙げ句、次に戻ってくる模試の結果が「A判定」なら、受験を認めてもらえることになった。

 だけど、その模試は今の僕の学力よりも低い、過去の僕の結果だ。もちろん必死に勉強してたけど、死に物狂いってほどでもなかった。一昨日返ってきたその結果は「限りなくAに近いB判定」だった。

 僕の受験は、人生の転機は、それに挑む前に終わってしまった。



「ただいま」

 自分の声だけが木霊して、なんだか虚しい。土曜日の昼下がり、両親は弟の試合の応援にでも行っているのだろう……リビングには「食べなさい」とだけ書かれたメモ書きと一緒におにぎりが二つ置いてあった。二者面談(本当は三者面談だった)が終わった後で、心がとにかく重い。同じく胃も重たくて食欲なんてないんだけど、残すわけにもいかないので、僕は米の塊を頬張った。

 冷め切っているのに、コンビニのそれよりもなぜか重たい食感は、どうも好きにはなれない。具はぜんぶ昆布。弟は好きだけど、僕は苦手だ。

 味を誤魔化すためにテレビをつける。しかしこんな時間に面白い番組などやっているはずもなく、「次世代マシーン『レヴェリー』とは!?」という、どこの局も一度はやったであろう「定番の特番」が放送されていた。

 ここ数年でネットワーク技術――特に電脳分野は飛躍的に進歩した。どこかの国の天才科学者が『ゲイザーシステム』なるものを発明したおかげで、世界中のあらゆる電子機器をネットワーク上で管理できるようになったそうだ。家庭レベルまでは普及していないものの、各自治体や有名企業なんかはこのシステムを導入して、中には商品化されて試験的に売り出されている物・サービスもある。

 これからの時代を先取りするならレヴェリー! なんてコメンテイターは言っているけど、そんなのは嘘っぱち。日本というシステムに生まれて、そこで暮らす以上、決して避けては通れない道がある。

 学歴、だ。

 昔ほど露骨ではなくなった……なんて世間では言われているけど、学歴社会はしっかりと根付いていて、これで人生が決まると言っても過言ではない。いつからか存在するエントリーシート制度によって、大学のレベルがたかが知れていると、それだけで大手企業への就職は不可能だ。

 また、「数値上は上向いている」という経済状況が続いているため、中小企業の実態は目も当てられないほど悲惨だ。これまで何度も社会問題として取り上げられ、国も対策を講じてきた。でも現状は変わらなくて、最近ではとうとう「解決した」ムードが漂い始めている始末。

 つまり、結局は大企業に就職しない限り、生活が苦しくなるのは目に見えている。そのためには一流の大学に進学する必要があって、そのためには受験勉強をする良い環境が必要で。

 だから僕は、必死で高校受験の勉強をした。周りの人みんなに嘘をついて。ちょっとだけ抜け道も使って。身も心も削りに削って、やっと志望校に手が届くレベルまで偏差値を上げたのに、今日でそれもおしまい。


 僕の人生は、一体、なんなんだろう。


 僕はまだ十五年と数ヶ月しか生きていない。そのなかで受験勉強に費やしたのは、中学受験の分も含めて五年くらい。平均寿命が85歳と言われている人生の中の、ほんの僅かな時間。

 でも、僕はその時間のすべてを勉強に捧げた。同級生が楽しい学生ライフを送っている横で、両親の愛情が弟にしか向いていない横で。

 その努力を、僕が生きている証を、なんの前触れもなく取り上げられた。「現実」の意味を、手遅れになってから思い知った。

 僕はどうしようもない気持ちになった。怒りでも、悲しみでもない、やり場を失った不快感がエネルギーを持て余して、全身を駆け巡っている。どこかに吐き出したい、でもそんな場所はない。堂々巡りで、苦しくて。

 ――もう、いやだ。

 僕は家を飛び出した。


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