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8話 ぶつかり合い

「あの、ケイミス様」

「うん? ああ、カランか。どうした?」

 呼ばれたことに気づいた僕は顔を上げる。

 すぐ横には無垢な容姿を不安で染めたカランがいた。

「はい、キャランが踊っているのに、ケイミス様は上の空でありましたから」

 確かに壇上ではキャランが扇情的な踊りで皆を魅了している。

 今は祝宴会。

 僕がここに赴任して一周年の記念パーティの真っ最中であった。

「素人の私から見てもケイミス様の施政は大成功です。もうララリア地方が蛮族の場所だと蔑む者はいないでしょう」

 僕の施政は成功。

 下の区画が一になり、中の区画が六になった。

 この街を手本としてほかの町や村も実行‐‐成功。

 この業績を以って僕に指図できるのは今やギランバール国王しかいないだろう。

 そう、国内では。

「……ガスタークが国家を樹立した」

 僕が元いた国をガスタークが攻め滅ぼし、新たな国を打ち立てたという一報が僕の元に届いてきていた。

 そしてそれに伴って本国から召集、恐らくガスタークの国に使者として赴く内容だろうね。

「かつての親友、そして郷土を奪った簒奪者、複雑な心境をお察しします」

「いや、ガスタークはそれだけの実力があったから別に驚くべきことじゃない。しかし、時が速すぎる、このままではガスタークは為すすべなくギランバールに敗れ去るだろう」

 戦争に次ぐ戦争で民は疲れ切っている。

 加えてギランバールは現時点においてガスタークを凌ぐ英雄。

「戦えば確実にギランバールが勝つ。そして、敗北した親友、ガスタークの前途を考えると僕は胸を締め付けられるんだ」

 今の僕にガスタークとその仲間を庇う余裕はない。

 今度こそ、彼は再起不能な状態に陥り、二度と表舞台に立てなくなってしまう。

「ケイミス様……」

 僕の心境をようやく理解したのか、カランはそっと僕の背中に額を押し当てた。

 僕としてはそのままカランと共に憂いに浸りたかったのだけど。

「な~に辛気臭い顔をしちゃってんのぉ!?」

 僕の右肩に加わる衝撃とカラッとした高い声。

「ケイミス様ぁ、前を向きましょうよぉ」

「キャランか、君は相変わらず明るいね」

 ニコニコと笑うキャランの笑顔に僕は肩を竦めるしかなかった。

「ケイミス様ぁ、ケイミス様はガスタークとギランバールが対決するのが嫌なんですよねぇ」

「うん、まあね」

「二人が対決するのは後顧の憂いがないから。だったらそれを作れば問題解決じゃないんですかぁ?」

「簡単に言ってくれるね」

 言うは易し行うは難し。

 出来たら苦労しない。

「私にいい考えがあるんですよぉ」

 キャランはにんまりとした笑顔のまま僕の耳に赤い唇を寄せる。


「ララリア地方で独立宣言すればいいんですよぉ。そしてガスタークと同盟を結べばそう簡単に戦争は起きません」


 ――確かに悪魔の提案だった。



 分かっちゃいたんだけどねえ。

 悪魔の誘いに耳を傾ければどうなるか。

 答えは簡単、目を背けたくなるような惨劇がやってくる。

 ララリア地方の代表としては傍観を決め込むべきだった。

 それが民衆を護る者としての務め。

 しかし、僕は判断を誤らせる。

 代々受け継がれてきたフォン地方が荒らされるのを、親友のガスタークが討ち死にするのを見るのが忍びなくて僕は独立を宣言した。

 結果は予想通り。

 ギランバール国王以下国はガスタークとの戦争準備を見合わせ、ガスタークに時間の猶予が与えられた。

 これで僕の目的は大方達せられた。

 後は頃合いを見測って僕の首をギランバールに届ければフォン地方もララリア地方も傷を最小限に済ませられる。

 それで全てが済んだ。

 まあ、この計画における唯一の落ち度と言えば。

「自身の力量を見誤っていたことかな?」

「「「ウオオオオオオオオ!! ケイミス様バンザーイ!! ギランバールに死の鉄槌を!!」

 崇拝を通り越し、狂信とも取れる士気が最高潮に高まった民衆達を僕は複雑な思いで見つめていた。

「もう逃げられませんよ、アクエリアス国王。陛下はララリア地方の希望なのです」

「クラリス……」

 クラリスは完全に乗り気である。

 初対面時の、公平無私な監察官は何処へ行ってしまったのか?

「私も人だったということです。無味乾燥な日々よりも刺激的な一日を選んでしまうのです」

 大分感化されてしまったらしい。

 張本人の僕が言うのもなんだけど、もう少し踏み止まろうよ。

 と、僕は現実逃避をしたかったのだけどそれは許されない。

 すぐにでも国は討伐隊を派遣してくる。

 まずは彼らを撃退しなければ。

「ラファンを呼べ、彼女を司令官として迎撃に当たらせる」

 こっちが優勢ならラファンが適任。

 一気呵成、なるだけ損害を最小限に抑えてもらおうかな。

「お呼び預かり参った」

 珍しくラファンはシャロウばりの敬虔さを見せる。

 それは内心の激情を抑えるためだろう。

 この中で最も好戦的なのはラファンだからね。

「ラファン、やってくる討伐隊を撃退しろ。遠慮はいらない、二度と歯向かえなくなるぐらいに徹底的に痛めつけて欲しい」

「委細承知、承った」

 僕の命令にラファンは喜色満面の表情を見せる。

 ああ、これは勝ったな。

 と、僕は犠牲となる討伐軍の兵達を憐れんだ。


「なんと情けない報告か!」

 わし――ギランバールは討伐隊と反乱軍との戦闘結果を聞いて怒鳴り散らす。

「何が完膚なきまでの敗北か! 貴様ら! それでも栄誉ある我が王国の兵士か!?」

 送り出した討伐兵の内三割死亡、三割重軽傷を負った結果、無事に帰還したのは一割にも満たん。

 紛れもなく我が王国に残る汚名の歴史じゃ。

「驕りに高ぶった結果じゃ。通常通り戦っていれば大勝利はいかなくとも勝つことは出来る。ケイミスがいるとはいえわしらは紛れもなく奴らを征服しておるのだぞ」

 要素の一つにケイミスが入った程度じゃ。

「そのケイミスが問題なのです」

 わしを窘めるように宰相が口を開く。

「前回はララリア地方を束ねられる頭首がいなく、各個撃破の戦いを繰り返していました。しかし、今回は多種多様な彼らを纏め上げる名君がいます。その名君を慕う将に率いられた彼らは決して侮れない軍団と化すでしょう」

「なら、どうすれば良いと思う?」

「ギランバール陛下が直接指揮を執り、最低限の兵のみを残して討伐するのです」

「そ、そこまでするのか!?」

 それは余りにやり過ぎではないのかと考える。

「そうでないと勝てません。ケイミスは将を束ねる将、百万の兵を引き替えにしても得たい人材なのです」

「……」

「父上、私に任せてくれませんか!?」

「おう、息子よ。よく言ってくれた」

 沈黙が満ちた中、張り上げる勇ましい言葉にわしの胸は高鳴る。

「ガーゼルフォン、お前に十兵団の内五兵団を授ける。それを以てケイミスの首級を上げてこい」

「犠牲を増やすだけだと思いますが」

 宰相の不吉な呟きはすぐさま現実のものとなる。

 一か月後、物言わぬ躯となって最愛の息子が帰還してきよった。


「もはや許さん! わし自らが出向いてケイミスを叩き潰す」

「お待ちなさい陛下。それよりも先にケイミスに礼を述べなくては。王子は討ち取られたのではありません、敗北して逃走中、味方の裏切りによって殺されたのです。その骸に死化粧を施し、変換されたのは他ならぬケイミスではありませんか!?」

「ならぬ! そもそもケイミスが乱を起こさなければ息子は死ななかった。盗人猛々しいとはこのことじゃ!」

 もうこうなればわしもしかるべき手を打つ。

 ケイミス一人だけでは済まさん。

 ララリア地方に住む奴らを皆殺しにしてやるわ。

「直ちに戦闘準備をせい! ララリア地方の大地を地に染めるまでわしは帰ってこんぞ!」

「――と、ギランバール国王は怒り狂っております」

「うん、分かった」

 クラリスの報告に僕は来るべきものが来たと観念する。

「ギランバール……やはり戦わなければならないか」

 出来ることなら彼と相対することは避けたかった。

 宰相と話し合い、僕の首を差し出す代わりにララリア地方に戦禍を持ち込まない方針で行きたかった。

「くそ、どうして王子が死んだ?」

 最大の誤算はギランバールの息子の死。

 彼だけは殺してならぬと劣勢の中必死で戦った報酬はこれ。

 まさか腹心の裏切りによって殺されるとは思わなかった。

 悪あがきとばかりに死化粧を施し、丁重に弔ったけど焼け石に水。

 遺骸を返上して日を置かずにギランバールは立ち上がった。

「皆殺しかあ……僕は地獄の底に落ちても仕方ないな」

「アクエリアス様、弱気なことを仰らないで下さい」

 クラリスはピシャリと言い放つ。

「むしろあの宣言によって皆の気持ちが高まったのは事実、これなら十分戦えるでしょう」

 クラリスの目論見はこうだ。

 カザノハ王国はギランバール国王の武力によって急激に膨張した国。

 軍事力によって拡大したため各地には不満が渦巻いている。

「各地の蜂起を待つのです。一ヶ月も持てばあちらこちらで反乱が始まり、ギランバールは撤退せざるを得ないでしょう」

「うん、そうだね」

 クラリスの戦略に間違いはない。

 それしかないため僕は頷く。

「ではクラリス。元の職務に戻ってほしい」

 僕の言葉にクラリスは一礼した後下がって行った。

「……」

 その後ろ姿を見つめながら僕は沈み込む。

 クラリスの戦略はすぐに破たんすると踏んでいる。

 何故ならギランバールは化物。

 化物に天才の目論見など通用しない。

 ならば……

「人払いは済んだよ、出てきな。ええと、ケビンだっけ?」

「……」

 暗がりから現れた壮年の男性。

 用心深いガスタークが信を置く数少ない臣下の一人。

「ガスタークに伝えてほしい。もし立ち上がるのなら僕が持つ大国カザノハ王国に干渉する権利を全てガスタークに譲ると」

 化物を倒すには同じ化物をぶつけるしかない。

 将来はギランバールを越えうるであろう化物の手を借りることにした。


「シャロウ、戦況はどうかな?」

「一言で述べると厳しいです」

「やっぱりね」

 シャロウの沈んだ言葉に僕は肩を竦める。

 ギランバールの戦法は覇王の行進。

 立ち塞がる全ての物を屠り、後には何も残さない。

 ギランバールに率いられた兵は忽ち死兵と化すため一人を相手するのに三人もの兵を必要としていた。

「しかし、本当に奴らは無駄死にを恐れないのでしょうか? これはあまりにも……」

「命を軽く見ていると言いたいのだね?」

「はい」

 彼らは死を恐れない。

 何がそこまで駆り立てるのかシャロウを始めとした皆には理解できないのだろう。

「一言で言えば恐怖。ギランバールに逆らうと死より恐ろしい目に遭うと本能で嗅ぎ取っているんだよ」

 死を上回る恐怖とは何か。

 金、家族、信仰等、人によって異なるけど、ギランバールはそれを見事に掴んでいる。

「恐ろしいね、彼は」

 僕は思わず震える。

「よくもまあここまで命を軽く見れるのかと怖くなるよ」

 頭では理解できる。

 しかし、それを実行できるギランバールの胆力に僕は恐怖する。

 あそこまで苛烈と冷酷が合わさった人間などそうはいないだろうね。

「ケイミス様、これからどうなさるのです?」

 僕を現実へと引き戻すシャロウの言葉。

「このままだと私達は敗北です」

 そして彼女は純然たる事実を僕に告げた。

 そう。

現状のまま推移すると僕達は間違いなく敗北する。

「大丈夫、安心して」

 なのに僕はその事実を恐れない、それどころかシャロウを落ち着かせるために微笑む。

「闇が深ければ暁は近い……日の出はすぐそこまで迫っている」

 と、そんな言葉と同時に緊急を告げる報告が現れる。

「報告します! ガスターク=ヴァズナブルが急きょ参戦! 手薄な陣を突き破り、ギランバールへと迫っています」

「うん、どうやら光明が見いだされたようだね」

 僕は膝を打つ。

「さあ反撃だ。残った兵――負傷兵も全て戦場に出して。全てを終わらせよう」

「――っは」

 突然の展開に驚いたものの、シャロウはすぐに気を取り直して胸に手を当てる。

「さあ、賽は投げられた。僕が勝つか、それともギランバールが勝つか見届けようではないか」

 後は神のみぞ知る。

 運命にこの身を委ねようか。


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