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1話 悲しい友情

何時かこの日が来ると知っていた。

 ケイミス=フォン=アクエリアスは目を閉じる。

 ここ数日、マラカス王国内にて頻繁に民衆蜂起が起こっていた。

 当初は散発的な運動だったが、日が経つごとに巨大化そして組織化され、領主レベルでは対処できない事態となっている。

 現在では国が総力を挙げて事の対処に当たっており、各領主内において王国軍と革命軍における激しい戦闘が頻発していた。

 その内乱は私に無関係ではない。

 私はフォン地方を収める領主。

 革命軍にとって目の敵にしている領主の一人である。

 いつか必ず革命軍が来る。

 今の時世、影響を受けない領主などいない。

 島を丸ごと呑みこむ津波が迫って来ている際、何処にいれば津波の被害を逃れられるかという議論と同じだった。


「ガスターク=ヴァズナブル、久しぶりだな」

 玉座に座った私は対面に立っている古い友人の名を呼ぶ。

 久しぶりの再会、出来れば何時間でも語り合いたいが今はその時でないだろう。

 何せこの場にはガスタークの他に武装した革命兵が何十人も私を取り囲んでいたのだから。

「こうまで私の城の兵を買収していたとはな。やれやれ、この調子では遅かれ早かれ城は落ちていただろう」

 私に刃を向けているのは全て見知った兵。

「バズル、ギラン、コルザーク……お前達も私を見限るのか」

 思わず口を継いで出た言葉に彼らは咄嗟に目を伏せた。

 昨日、ガスタークは一人で来た。

 武器も付き人もいないということで城内に招き入れたわけだが、まさかこんな手段を取っているとは。

 恐らく私の友人であり、ガスタークの伴侶であるアンナフィリア=ガールミーツの策だろう。

「……」

「笑ったらどうだ?」

 ガスタークが仏頂面を崩さないので私はそう笑いかける。

「私の記憶が正しければ、学生時代のお前はいつも不敵な笑みを浮かべていたぞ」

 少なくとも無表情はなかった。

「それともなんだ? 革命軍の幹部という地位は荷が重すぎるのか?」

 ガスタークの表情を奪っているのは、その立場のせいなのかと問いてみる。

「昔のお前ならどんな汚い手段を取ろうと不敵に笑っていた気がするぞ」

「ケイミス……お前は本当に変わらないな」

 ガスタークは重い口を上げる。

 心なしか青ざめているようである。

「俺の、俺達のやっていることは裏切りそのものだ。俺達が国にとって危険因子だと弾圧されていた時、俺達を匿ってくれたのはお前だけだ。なのに俺達は恩を返すどころか仇で返しているのに、お前から敵意が感じられない」

 ガスタークの言っていることは真実。

 危険な思想を持つ集団として弾圧されていたガスターク達を領内に匿ったのは他でもないこの私。

 ガスタークを含めた彼らと夜通し語り合ったのは良い思い出だ。

 その後、ガスターク達は国の転覆を目論む革命軍の傘下に入ったと聞いて以来音沙汰がなかったが、こうしてまた出会えたのは素直に嬉しい。

「? どうしたケイミス」

「なあに、昔を思い出してな。ガスタークがよく私に言っていたよな『この腐った体制を壊す。これ以上奴らに搾取されてたまるか』とそれはそれは熱かったなあ」

「っ!」

 私のその言葉にガスタークは初めて表情を崩した。

「ケイミス……お前は領主になるべきではなかった。お前ほどお人好しな人間は見たことがない、何故そこまで人間を信じられる? お前の全てを奪わんとしているこの俺が憎くないのか?」

「まさか、何故お前を憎む? ガスタークは私の大切な友人だ。当然アンナフィリアもな。革命軍だろうが王国軍だろうが俺とお前、そしてアンナフィリアとの間にある友情は不滅だろ?」

 裏切ったから友人を止める。

 自分に利益があるから友人だ。

 そんな一言で表せるような友人など友人ではない。

「ケイミス、お前は馬鹿だ……」

 ガスタークは私に背中を見せる。

「ケイミス=アクエリアスを捕えろ。この瞬間を以てフォン家の領土は革命軍が支配する土地となった」



 ガスタークは過去を思い出す。

 それは学生時代、寮において将来のことを語り合った時である。

「ケイミス、俺はこの国を変える。苦悩にあえぐ民衆とその上に立つ支配者。生まれによって決定される生き方を是とするこの国を認めるわけにはいかない」

「この国を変えるか。民衆のためになるなら良いことだ」

「ケイミス、お前は本当に変わっているな。支配者側に立つお前が何故俺を応援する?」

「民衆のためだからね。少なくとも、君の理想の方が今の支配体制よりも民衆が暮らしやすそうだ」

 ケイミスは不思議な奴だった。

 全てにおいて民衆を念頭に置き、その姿勢は民衆出身の俺でさえ感心するほど。

 あいつと革命話をする際、自身の無知さに赤面することもしばしばだった。

「ガスターク、この国を変えたいのだったら、もう少し人を許す必要がある。このまま大きくなると、君は狭量な理想主義者となり、民衆に害をまき散らすだけの存在となる」

 ケイミスの言葉は的を射る発言が多かった。

 もしあいつがいなければ俺はどうなっていただろう。

 少なくともあいつの予想通り、血も涙もない人間に成り果てていたな。

 今の俺があるのはケイミスのおかげ。

 もし全知全能なる神がいて、その神が否定したとしても俺は肯定し続けよう。

 だからこそ、もし神がいるなら頼みがある。

「では、ケイミスをどう処断するか会議を始めよう。議長はこの俺、ガスターク=ヴァズナブルが行う」

 恩人であるケイミスを裏切った俺に永劫の責め苦を。


「当然処刑だ」

 ガスタークの発案に新参の幹部――バグズが意見を述べる。

「ケイミスは憎む領主の一員だ、奴らのせいでどれだけ苦しめられてきたか」

 バグズは俺が革命軍に入ってから知り合った仲。

 ケイミスと俺とを繋ぐ線の理解が薄い。

「バグズの感情もわかるが」

 そう制するのはガスタークと共にケイミスに助けられた幹部――ケビン。

「かつてガスタークや我々が苦境に陥った時に我々を匿い、そして様々な便宜を図っていただいたのは他ならぬケイミス。この場所で、同じ鍋からスープを取り飲みながら未来について語り合ったこともある。私事になるが、大義のためとはいえ恩人の領土を奪っただけでも心苦しいのに、更に命まで奪うとなるとわしは良心の呵責に耐えられん」

 その通りだケビン。

 お前が俺の気持ちを代弁している。

 議長である俺は公平無私な態度を取らなければならないため、ケイミスの生存に肩入れすることは許されない。

 だからケビンに託す、どうか俺の友人を助けてくれ。

「だからといって生かすのか? 俺達革命軍にとって領主は討伐すべき対象。ここで下手を打てば、折角のこの手柄を台無しにしてしまいかねないぞ?」

 そうなっては意味がない。

 ケイミスが育て上げたこの土地を俺以外の誰にも触らせるものか。

「しかし、ここでケイミスを殺してしまえば彼を慕う民衆が我ら革命軍に敵意を抱く。一度敵だとみなされると相当面倒なことになる」

「ならば秘密裏に殺してしまえばいいではないか。そして民衆に対しては軟禁していると言っておけば良い。そしてケイミスの隠していた悪行を広めれば自然と彼から離れていくさ」

「嘘をついて事実を捻じ曲げて敵対者の評判を落とす方法、まさしく我らが憎む領主共の常套手段だ。バグズは同じ場所に落ちろと言っているのか?」

「それは違う。見習うべき点を見習うだけだ。我等と領主共は根本的に違う」

「どの辺が?」

「決まっている。領主は自分のためにやっているが、我等は全て民衆のためにやっている。民衆のための行為なら全て許されるはず――」

「クハハハハハ!」

 バグズから出てきた言葉に俺は笑い声を抑えきれなくなった。


 民衆のためなら全てが許される。

 

 ケイミスも似たようなことを言っていたな。

 しかし、バグズが言うと言い訳に聞こえ、ケイミスが言うと名言になってしまうのはやはり器の違いだろう。

 どんなに譲歩しても、バグズがケイミスより上などありえなかった。

「すまんな、つい笑ってしまった」

 気分を害したバグズに俺は喉を鳴らしながら非礼を詫びる。

「バグズ、お前は新参だから知らんのだろうが、ケビンを含む俺達はケイミスから尋常ならざる恩を受けている。正直に言うと、俺はこうしてケイミスの処遇について議論することさえ心苦しい」

 そう、出来ることならケイミスを無罪放免にしたい。

 これ以上あいつを苦しませたくない。

 しかし、状況はそんな悠長なことを言ってられない。

 近い将来、この国は革命軍の国となり、旧領主はその土地を全て剥奪される。

 その際、どこぞの馬の骨にケイミスが育て上げた土地を任せてなるものか。

 必ず俺が手に入れてやる。

「さて、バグズは大義のために彼を殺し、ケビンは良心ゆえに彼を赦したい。だったら折衷案といこう。すなわちケイミスと取引をする『この国に二度と戻らないと誓えるのなら、フォン地方の領民と官吏には一切手を出さない』との内容だ。これなら後顧の憂いとならず、俺達の良心は痛まないと考えるだが」

「その決定は温すぎるのでは?」

「黙れバグズ。この土地を手に入れたのは俺の功績だ。上が何と言おうともこの決定を押し通す」

 俺はもうケイミスに顔向けが出来ない。

 謝ることも嘲ることも全てが俺とケイミスに対する侮辱となる。

 だったらせめて、お前が愛したこの土地を俺が守り切ってやるからな。


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