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Call me  作者: 壬生一葉
第1章
7/45

【7】


「久住さん、経理ソフトのバージョンアップ、回覧して下さい」

「あ、はぁい有難うございまぁす」


総務部から自席へと戻って来るとうちの部長があたしを手招きしていた。少し頭が寂しい権藤部長を見下ろす形になったあたしは、彼が目を通している書類が最終頁になるのをじっと待った。

「これね、四部コピーして。十七時にね、営業部とミーティングするからね」

”販売管理ソフトについて” と言うタイトルの資料だった。あたしがソフトに必要な機能等を簡単に文章に纏めたものである。

「もう少し営業部と話詰めてね、要求仕様書作成してね、何社かに声掛けるからね」

「はい、畏まりました」

あたしは五歩程歩いた自分の席に戻り、会議室を押さえる為に設備を確認する。空きをクリックして、メモを入力。

「部長、営業部の出席者判りますか?」

「一課の和田君とね、二課の野々山君ね」

その名前に、マウスに乗せていた右手がピクリと動く。まさか彼と一緒に仕事をする事になるとは。

「メール入れておきます。ミーティングS1でお願いします」

「了解ね」

情報(うち)の二人と営業部の二人に一斉メールを送り、あたしはメーラーを閉じた。すると、キャスター付きの椅子を動かしてあたしのデスクの前へと牧野がやって来る。何だかニヤニヤとした顔を引っ提げて。

「俺、牧野ですつって挨拶して良いんスよね?」

「…望むなら芳野ですって言っても良いわよ」

牧野は肩を揺らしながら自分のマシンへと戻って行った。まったく、と思いながら手の中の資料にもう一度目を通す。久し振りにソフトウェア開発に関われる事を楽しみにしている反面、鈍っているであろう感覚を危惧している。



楕円の形をしたテーブルの短辺部分に権藤部長が座り、その両端に情報システム部、営業部毎に着席しミーティングは始まった。

「このチームで販売管理ソフト開発についてね、やっていくのでね宜しくね。チームのリーダーは一応ね、僕なんだけどね、実際に色々動くのは芳野君で、補助に牧野君。営業部のお二人にはソフト開発についての理解を深めていって頂きたいかなと思ってますので宜しくお願いしますね」

「はい」

和田主任と二課長の野々山さんが同時に声を発した。


資料を元にざっと説明した後、営業側からの要望と質問を受け付ける。野々山さんは、致し方なくミーティングに参加した感がありありで「はぁ」とか程度の発言に留まった。対して和田主任は疑問に思う事が的確で、要望に関してもハイクオリティで此方がたじろぐ場面も有った程だ。

この人は自分の持ち場でもこんな風に人を惹きつける様な仕事振りなのだろう。


無事にミーティングが終わり権藤部長が席を立った。野々山さんも我関せずと言った風にそそくさとミーティングルームを後にした。

「芳野さん、俺煙草吸ってから戻って良いスか?」

ファイルを持って立ち上がった牧野があたしを見下ろしながら言った。

「吸い終わってから三十分は帰ってこないでね」

「出た」

牧野は顔を顰めた後、未だ其処に居た和田主任に「お疲れ様でーす」と軽い口調で頭を下げた。主任は万人受けする笑顔を浮かべて

「今日は有難うございました」

と牧野に向かって言った後、あたしの方へと視線を移す。

「芳野さん、すみません、ちょっと質問があるんですが未だお時間大丈夫ですか?」

「あ、はい」

そんなやり取りを見ていた牧野が生温い視線を送ってきたので、軽く睨みつけると彼は手をひらりと返し退室して行く。牧野が出て行った扉から、手元のファイルに目を落とし「ご質問とは?」と和田主任に問うた。暫く何ら音の無い時間が過ぎ、あたしは訝しげに目の前の彼を見る。すると彼は右手で口元を隠しながら身体を震わせて、笑い声を上げた。

「あはははっ、”このソフトはね” ”一応ね” ”宜しくね” って何や! めっちゃウケんねんけど!」

笑いながらも発してくる言葉で彼の笑いのツボを理解し、あたしは苦笑いを零す。

「権藤部長ですね…面白い喋り方しますよね」

「うははっあかんっ、俺めっちゃ必死やったもん、笑たらあかん! って!」

関西の生活長い割にこの人は笑いの沸点低いよね。未だ笑ってるし。

「主任、もしかして質問て無いんですか? 笑いたかっただけ?」

「そうや…うははははっ」

あたしはファイルを大きな音を立てて閉じ、立ち上がる。すると主任は顔を上げ「待て待て」と引き留めた。彼も資料と手帳を片手に収め立ち上がって、あたしの居る方へと回って横に並んだ。見上げれば未だ緩んだ表情が其処に居る。さっき迄の真剣な営業マンの顔は何処に行ったんだろう。この人の切り替えスイッチって高性能だな。

「引越し、終わってん。今度の土曜日空いとんのやろ? 迎えに行くよって後で家の場所、メールしといてや」

和田主任は左手の腕時計をちらりと見遣ってあたしよりも先に一歩を踏み出す。「はい」と答えたあたしの声が聞こえたのかも怪しい程に素早く、彼はドアの向こうに消えていた。

「…強引な人」

あたしはそう呟きながらミーティングルームの空調と電気を切った。





   ◇




「車、持ってたんですか?」

「借りてん」

「わざわざ?」

助手席に座る様促され乗り込み、開口一番彼に訊ねる。長身の彼には窮屈そうな軽自動車。彼の髪が天井に付いてしまいそうだ。

「せや? まさか誘った相手に車出せなんて言われへんやろ」

あたしは変な人だなと思いつつシートベルトを引っ張り所定の金具に押し込んだ。

「自分今、絶対”主任て優しい人” …なんて事は思わなかったやろ?」

「…何でですか?」

「ぶっ…何でと来たか。顔や、顔に”何言ってるのコノヒト” て書いてある」

ちょっと違うけど、概ね正解。

「主任って強引に飲みに誘ったり、出掛けたりする割りには気を遣ったりする人ですよね」

主任は運転席と助手席の間にあるセンターアームレストに左腕を乗せ、ナビが行く先を指示をしているのを耳で捉えながら右腕一本で簡単にハンドルを回す。あたしがそう答えたのに対し、此方を見て意味有り気に微笑した。


半ば脅しで飲みに誘われた時、指定されたお店は個室だった。彼が素を出すには丁度良い場所でもあったのだろうが、あれはあたしに対する気遣いもあったんだろうなと思うのだ。何て言ったって、王子の誘いを断る理由が穏やかな社会生活を望むからだ。恐らく主任は其れを良く理解していたのだろう。


そのあと車はスムーズに加速し高速に乗って目的地へと向かう。主任が無言で後部を指差すので振り返ると、彼が購入したと思われる商品が入ったビニール袋がリアシートに置かれていた。其れを開ける様指示されて、中に入っていたコーヒー二本をドリンクホルダーに挿す。あたしは幾らか汚れてるであろう飲み口をハンカチで拭き取り、彼の分も同様にしたあと元に戻した。

「飲んで良いんですよね?」

「あぁ俺のも開けてくれると助かんねんけど」

「了解です」

そう答えて彼の分のプルタブを引いてホルダーに置くと、主任は笑う。

「仕事か」

少し顔を向けて運転席の彼を見る。彼の無邪気に笑う姿は本当に楽しそうで、あたしもつられて笑った。

「主任って案外、子供っぽいですよね?」

「男は皆、少年や」

三十も間近なこの男前がそんな事言うから、あたしは笑い出してしまった。一頻り笑うあたしの声が収まりかけた頃、主任は言う。

「自分かてクールビューティとちゃうやんけ」

「…クールビューティ?」

何の事を話しているのだと口を『い』の母音状態を保ちあたしは首を傾げて彼を見た。するとあたしのその疑問に彼が訝しそうな顔をする。

「自分、営業(こっち)辺りじゃ、そう呼ばれとんで?」

「あたしが、ですか?」

「そうや言うてるやんっ」

二度の質問に主任は苦笑いをしながら答えた。それから思い付いた様に

「俺は王子なんやて? 伊藤君が何や言うてた」

と言いながら、ゆっくりとドリンクホルダーへと手を伸ばす。あたしは慌てて缶コーヒーを取り上げ彼の手に持たせた。

「王子、らしいですよ? 皆言ってますよ」

「せやけど自分は俺の事、王子やと思うか?」

「思いません」

「ぶはっ即答やなっ」

左手に缶コーヒーを持ったまま、手の甲で口元を抑える主任。その缶コーヒーがやけに小さく見えて、あぁこの人手が大きいんだなと思う。

「俺も自分をクールビューティとは思わへんけどな。あーほんまの所を自分等しか知らんて何かおもろいな」


主任ってやっぱり子供みたい。

手品のタネを知っていて、周りの反応を楽しんで心の中では笑ってる、そんな子供みたい。


「主任て、どうして王子の仮面を被ってるんですか? そのままでも充分魅力的なのに」




正直にそう言ったら、彼は驚いた顔をして数秒あたしを見ていた。









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