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Call me  作者: 壬生一葉
第1章
4/45

【4】


家具の前に家を何とかしないと、と彼は言う。

和田主任が二ヶ月契約をしているマンスリーマンションがあと二週間で契約が切れるらしく、あたしは彼の新しい住まい探しを土日手伝う事になった。但し、二人でマンション探しをしていた事が公けになれば、週明け会社で血を見る事になりかねない。あたしは自分は勿論、彼にも帽子や眼鏡と言うアイテムを身に付けて貰った。普段とは違う互いの姿にあたし達は顔を見合わせて笑う。


男女と言う組み合わせのせいか、行く先々の不動産屋で「新婚さんですか?」と聞かれ「同僚」と律儀に答える主任が面白かった。あたしが正直にそう言うと

「曖昧に笑おうとうて、分譲マンション紹介されたらどないすんの?」

真剣な顔してそう答える彼が又面白く、あたしは大笑いをした。彼の話し方が余りにも巧みで、あたしは終日笑っていた気がする。腹筋を使い過ぎたのか、夕方にはお腹が引き攣って僅かに痛みさえ感じた。


「五件も見たら疲れたわ。何食べる? 精でもつけに焼き肉でも行こか?」

不動産屋巡りを付き合うお礼に食事を驕ってくれるという主任の申し出で、あたし達は馴染みのない町を宛ても無く歩いていた。

「居酒屋で良いですよ、で飲みながら今日見た物件、チェックしましょうよ。駅前に個室居酒屋ってのありましたよ?」

あたしはこの駅に降り立った時に目にしていた看板の方を指差し、彼を振り返る。

「…今日はこんなんしてるし、会社近ないし、わざわざ個室にせんでもええんと違う?」

主任がそう言いながらハンチング帽を目深に被り直したから、あたしも思い出したようにつばの広い帽子に触れた。

「あ、そう言えばそうでしたね。じゃぁ何処の居酒屋に行きます?」

歩き出したあたしの背中に「自分、ほんま」と聞こえ、もう一度彼を振り返る。するとつばを手で押さえたままの主任が立ち止まっていた。

「主任?」

「……」

「焼き肉が良いんですか?」

「…ぁあ、くそっ、めいいっぱい食ったる! あの寂れた店入んねんぞ!」

急に顔を上げ歩き出した主任を追い、あたしは

「寂れたとか言っちゃ駄目ですよ!」

と突っ込んだ。




その翌日の日曜日も不動産屋をはしごして、主任は最終的に土曜日に見た物件の一つに決めた。会社まで電車一本で、駅からも五分圏内、少し行けば地元の商店街がある築十二年の物件は2LDKで家賃、十五万円。町の探索に再び訪れたその地で商店街を二人並んで歩く。小さな八百屋に、コロッケの良い匂いがする精肉屋、酒屋、金物屋。地元に根付いた商売人達は客の入りが少なくても笑顔ばかりだ。


「主任、きっと夜も遅いだろうから定食屋さんが有ると良いですね? 駅の方もう一回コース変えて歩いてみます?」

「何や自分の方が乗り気やんな?」

ちょっと茶化す言い方に、自分が張り切っている事を気付かされて口を閉じ彼から視線を逸らす。

「悪い意味とちゃうで? 自分俺に対して構えとったやん。何考えとんねんコイツ、みたいに」

思ってた、けど…主任がそんな悪い人に思えなくなって、それに物件探しとかした事なかったから楽しくなっちゃって。

「俺としては有り難いで。東京に居たんも中学上がる迄やったから、知り合いらしい知り合いもおらんし」

「え? 東京出身なんですか?」

「生まれはオーストラリア、小学校で東京、それから大阪行って十七年か」

「へぇ…良いですね、あたしなんかずっと東京で。引っ越しとかもした事ないんで、実は昨日今日と楽しんでるんです」

主任は進行方向をあたしに指差しながら、眦を緩め

「そうやんなぁ俺より不動産屋に食いついとったもんなぁ?」

両肩を軽く掴むと行くべき道へと身体の向きを変えさせた。

「…呆れてます?」

「そういう意味に聞こえた? そやったら悪い。こっちはそんなつもりないねんけどな」

悪びれてもない言い方に、我慢して、と言われてるみたいで小さく笑った。シバが、ただの優男じゃない主任を見たら吃驚するだろうな。あたしとしては白馬に乗った王子様より、関西弁の主任の方が人間味に溢れていて親近感を感じるけれど。




「一人暮らしなのに、あの広さは贅沢ですね」

駅前の個人経営の居酒屋で小上がりに通され、あたし達は今日の労を労い合った。主任もビールを美味しそうに半分程一気に煽る。

「せこいの嫌いやねん」

その一言で片付ける事が出来る辺り、高給取ってるだけの事はあるなぁと妙に感心してしまった。

「良いなぁ、あたしもあんなとこ住んでみたい」

あたしは汗をかいたサワ-グラスを両手で包み、昨日見た物件の間取りを思い返しながらお店の天井を見上げる。リビングにはどんなソファーを置こう、そんな事を頭の中で巡らせているとふいに主任が言った。

「ほな一緒に住もか?」

お得意の冗談かと思って笑おうと顔の筋肉を緩めていたあたしとは対照的に、主任の顔には笑みの欠片も見えない。彼に合わせる様に表情を硬くしたあたしに、主任は意地の悪い笑顔を浮かべた。

「家政婦おったら助かるし」

「…家政婦って何ですか!」

「承知しました、とか言うてみ?」

又何時もの冗談だった。一瞬でも彼の瞳に熱を感じ、息を詰めた自分を恥じる。あたしの心臓がやけに煩い。



「今度の土日で荷物運ぶよって、家具屋行くんはその次の休みにせえへん? 自分予定空いとる?」

携帯を取り出して、スケジュール表をタップし画面をスクロールさせる。

本当は、確認なんかしなくても解り切っているあたしのスケジュール。シバに買い物に行こうと誘われているのに今月は無理かもしれない等と断って、何処かで主任と過ごす時間を優先したいと思っている自分が居る。



彼の素を知っていて優越感を味わいたいのか、彼との秘密の共有をただ楽しみたいのか、それとも…―――――。





   ◇




「失礼します、情報システム部です」

「すみません、このパソコンなんですけど」

「ちょっと見てみますね」

始業から三十分も経たない内に営業一課の事務職の女性から内線を受けたあたしは営業部にやってきた。起動は何時も通りだったパソコンに発注入力をしていたらフリーズをしたという内容の電話。未だ早い時間だったせいか、営業部員達は殆ど席に着き事務作業をしている。其れは和田主任も然り。社内ではあたし達に関わりが有るのを知ってるのは唯一あたしの後輩の牧野だけで、営業(ここ)に居る人達は誰も主任とあたしが呑み友達等とは知らない訳だ。

やはり、優越感は否めない。


先程一瞬視界に収めた主任は、ノートパソコンに集中しテンキーを叩いていた。その真剣な眼差しに王子様と言われる所以を見た気がした。


「直りますかねぇ?」

事務職の女性の椅子に座り、IDカードを何時もの様に背中へ回しあたしは複数のキーを押し込んで、作業へと意識を戻す。

「はい、大丈夫だと思いますよ」


暫くマシンの相手をした後、稀にフリーズを繰り返すと言う彼女の訴えを手帳に書き留めて営業部を後にした。エレベーターホールで、エレベーターの到着を待つあたしの横に人の気配がして其方に顔をやる。

「!」

ファイルを脇に抱えた和田主任だった。あたしが彼の存在に気付いた事を理解してる筈なのに、彼は此方を見ようとはしなかった。彼に倣う様にあたしもエレベーターの扉を真っ直ぐに見つめて沈黙の時を過ごす。

ポンと電子音がし扉が開くと空の機械の箱にあたしが先ず乗り込み、情報があるフロアの八階のボタンを押し其処に留まった。主任はボタンを押す気配すらなくて奥の壁まで進んだらしい。「何階ですか?」と尋ねると

「八階でお願いします」

と社内仕様の言葉が返ってきた。

機内のデジタル表示がもうすぐ八階と変わる時、背中に動きを感じて顔を少しだけ其方に向ける。足音が一歩あたしに近付き、主任は背中側へと回していたあたしのIDカードをゆっくりと正しい位置へと戻した。


そして優しく、微笑んだ。




  ――― 鼓動が大きく耳に伝わって




其処から暫く動けなかった。












お読み頂き、お気に入り登録、評価有難うございます。

WEB拍手へのコメントお礼は活動報告でさせて頂きます。


壬生一葉。。。



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