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Call me  作者: 壬生一葉
第3章
36/45

【2】

2013/12/15 誤字訂正しました。。。




大間里利子さんの工房に写真撮影に行く今日は土曜日で、あたしは会社でユキさんと待ち合わせをした。社用車を利用し、ディデザインの大間さんをピックアップする為に車は走り出す。


「其れ自前なん?」

運転席のユキさんが、後部座席に座るあたしが大事に抱える一眼デジカメに、視線を寄こし訊ねた。

「違いますよ」

「会社の何処に置いてあるん? 俺も今度其れ現場に使いたい」

「総務です」

「へぇ知らんかった」


狭い空間に二人っきりで居るのにも関わらず、車内の空気は些か硬い。


普段あたしは他部署の人とプロジェクトをやり遂げると言った事は無い。だからこそ、今回は会社の為に誰かと協力し、行動出来る事を喜んだ。ユキさんは「気負わんとやり」と声を掛けてくれた。

けれど、あたしは自分の作品(ウェブサイト)に、新たな ―― 誰かの作品 ―― 物を取り入れる事の重大さに程無くして気がついた。


新たな物、其れは大間里利子さんを始めとする職人達だ。

我が社のシミュレーションにデスクやスツールの画像を組み込む事が決定したのだが、一課が扱う現場は様々だ。カントリー調の戸建てであったり、モードなオフィスであったり、スタイリッシュなレストランであったり。其れに応える為には結局のところ、大間さんの造る木材一辺倒のファニチャーでは不足となる。スチールやアイアン、カラーバリエの豊富さが必要となる事も有る訳で、素人カメラマンであるあたしは此処最近多忙な日々を過ごしていた。


メーカー数社のショールームに行き、大間孝之氏が手掛けたお店の何店舗かに足を向けた。見て触れて、感じるべきだとあたしなりに思ったからだ。けれど、其れを知ったユキさんは「其処までやる必要が有るのか」と問うた。


ユキさんがそう言った真意、あたしの身体を気遣っての事だとは解る。

一つの事に集中してしまいがちなあたしが、通常業務以外の仕事に没頭し寝食を忘れる事を懸念しての事。有り難く思うし、其れがあたしを想っての事だから嬉しくも思う。でも、やるからにはしっかりとやり遂げたいのだ。中途半端な真似はしたくない。


その事で、あたしとユキさんは少しばかり言い争いをした。



「着いたで」


ユキさんの一声にあたしは顔を上げ、車の外を見た。とあるビルの前に、カーキ色のモッズコートを羽織り強い風に身を縮める四十代半ばと思しき男性が立っている。社名がプリントされたこの車を見つけると彼は相好を崩し、車の停車と共に助手席に素早く身体を滑り込ませた。

「おはようございます大間さん、お待たせしました?」

「いや今直ぐ其処のカフェに居て温まっていたから…今日は少し冷えるね」

大間孝之さんはシートベルトを締めると後部座席のあたしを振り返った。すかさずユキさんがあたしの事を簡単に紹介し、大間さんが笑顔を見せる。

「里利子の所に着いたら名刺交換といきましょう」

少しだけ白髪の混じる彼は、パッと見”設計士” とは想像もつかない風貌だ。細い眼は常に笑っている様だし、休日のせいかカジュアル過ぎる服装は彼を頼りなさそうな男性に見せた。 



車は今度は西東京へと向けて走り出す。

元々里利子さんのお父さんが家具職人で、同じ道を歩む里利子さんの住居と工房は隣接していると言う。

ユキさんは既知の事実をあたしにして聞かせた。大間さんがその話を補足しつつ、車は順調に流れ目的地、大間工房へ予定通りに到着した。


東京都とは言え木々に囲まれるこの地は空気が美味しく感じられて、あたしは大きく息を吸い込んだ。土の上を落ち葉が踊る様に移動して行く。

「芳野」

あたしはユキさんに呼ばれ、大間さんの後を追う様に歩き出した。


大きな間口のアコーディオンドアを開けると、木の匂いが香る。

「里利子、和田さんと芳野さんが来たよ」

大間さんの声に、スツールの脚部分に鑢を掛けていたベリーショートの女性が顔を上げた。大間さんと歳は同じ位だろうか。従兄である大間さんとは似ていない。然して大きくは無いがぱっちりとした二重で、とても意思が強そうだと感じた。

「初めまして」

ユキさんが発した声にあたしは慌てて頭を下げ「今日は宜しくお願いします」と続く。里利子さんは、手袋を脱ぎ去り近くの作業机に放るとユキさんに右手を差し出した。

「どうも、大間です」

ユキさんとの握手を終えると今度はあたしの方へとやって来て同じ動作をする。彼女の手を握ると、指先が少しカサついていて、あたしが知るどの女性よりも手の皮が硬かった。


物を生み出す手、なのだとあたしは思った。


「遠くまでわざわざ有難う。正直言って此れは孝之が勝手に言い出した事で、あたしが特別望んだ事じゃないって事だけは言っておくわ」

「おい里利子、そんな言い方は失礼だ」

「本当の事よ。あたしはネットでなんて自分の作品を売り飛ばそうなんて思ってないの」

「和田さん、すみません。コイツは頑固者で…」

眉を此れでもかと下げ大間さんがユキさんに振り返ると、彼は「いえ」とだけ短く答えた。


勿論だ、此処にあるツール然り、デスク然り、写真だけでその魅力は語れまい。だがうちの社のシミュレーションの中に、大間里利子の作品が載ればイメージは更に具体化し、グッと雰囲気が出るのは間違いない。大間さんは、里利子さんの作品のアップデータ先を探していたに違いないが、彼女の利益に繋がる見込みは極めて低いと理解している。ユキさんも其れは解っている。解っているからこそ、そんな事の為にあたしのプライベートを削る必要は無いのだと再三あたしに言って聞かせたのだ。


そしてあたしも『やり遂げたいのだ』と再三、反論に及んだ。


やり遂げたいと強く願うのはあたしが培った社会人としてのプライド、それと…―――――。



朝見さん(かのじょ)” の様に、ユキさんの役に立ちたい、と言う浅はかな意地だ。




「早速お写真撮らせて頂いても宜しいでしょうか」

「孝之、あっちに有る奴を勝手に撮って。あたしは此れの仕上げで手が離せないから」

「…了解。じゃぁ芳野さん此方へ」




出荷前の木製家具は、誰の手にも触れられていない、正に無垢な姿で其処に在った。




家具の善し悪しが解る玄人では無い。けれど、今このスツールを目の前に、触れてみたい、腰を掛けてみたいと言う願望に駆られる。里利子さんが手掛けているのは、そんな作品なのだ。

決して、パイプを太くする為だけに利用して良い物では無い様に思う。


うちの社が扱う店舗やオフィス、住居に見合う様な幾つかの作品を様々な角度で何枚もカメラに収める。静まり返ったアトリエでは、あたしが切るシャッター音だけが響いていた。

「―――――ですね」

掛けられた声にあたしは手を止め「え?」と近くに居る大間さんを見上げた。

「あ、いえ良いんです、続けて下さい」

「? はい」


全ての撮影が終わると画像数は百枚を超えていた。居る筈の大間さんが見当たらず、あたしは先程通された工房の方へと戻った。其処にはやはり鑢を掛ける里利子さんが居るだけだ。

「…終わったの? 随分と時間が掛かったわね」

「…あ、すみません。お邪魔でしたか」

「別に。ただ男等二人は暇を持て余して、家の方で一服してるよ」

「そうですか。あの…里利子さんの作業しているお姿を撮らせて頂いても宜しいでしょうか」

「…は? あたし自身は関係ないでしょ」

首には汗拭き用のタオルが巻かれて、着ているTシャツも随分と着込んだ色合い、腰のエプロンも年季を感じさせる。其れが彼女のスタイルであり、彼女の生き様なのだろう。

「記念に、一枚良いですか?」

あからさまに溜め息を吐いた彼女は、渋々ながら先程と同じ様にスツールの脚を仕上げて行く。あたしは約束通り、その里利子さんを一枚だけ撮影した。

「オッケーです、有難うございました」

「貴女も隣でお茶でも飲んで行けば? 孝之が何か淹れてくれるわよ」

彼女は左手の親指を立て、住まいの方をクイっと指差した。あたしは小さく頭を振り答える。


「帰社して早く、作業に取り掛かりたいので」


里利子さんは両手を天へ向け、首を大袈裟に竦める。その姿が彼女の気質と余りにもそぐわない物だから、あたしは笑ってしまった。









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